海へ行く途中で、見逃した草原
久美の住むpyupyapyoタウン。A地区のテラスで同級生たちが集まるときは多くなっている。久美はリュックを胸の前に持ってきて、レーワから昨日貰った割引券を取り出す。
「久美。何なの、それ」
リーダー的な存在の亜由美が気づいて声をかける。亜由美が居ると同級生の人数も増えるようだ。
「割引券。貰ったから」
久美はみんなの集まるテーブルへ,モーケル紙幣の割引券を並べる。一人だけにあげる性格ではない。
綾香はカジャイ日用品店のものだと気づいた表情だが、周りを窺う。私のもの、とは言えない。
亜由美は雰囲気を感じ取る。いつも気配りをするタイプだ。
「私が預かっておくよ。必要な人はいるかしら」
割引券を手にして話す。まだモーケル紙幣は普及もしてない。綾香は、自分の出番だと、話す。
「それじゃあ、私が試しに使ってみるか」
新しいのに飛びつく性格はみんなも知っている。
「良かった。店に行ったら貰えるから」
久美は言うと、ゆっくりしても居られない。
「久美。ありがとう」
綾香が礼を言う。
月乃は予定を聞かされている。
「今日は海へ行くの。面白い話が聞けそう」
同級生が一緒の時は、皆の様子を観察しているらしい月乃。久美もそっけない、というより言葉を選べない。大勢いると嵐みたいな感情の圧力を感じるから。
「それじゃあね」
あどけない笑顔が言葉の不足を補う。付かず離れずの関係が久美の付き合い方だが、これでいいのか、と考えてしまうときもある。
いつもは久美も平穏に担当地区を見回り、珍しい植物や動物を探して楽しんでいる。襟巻龍はよく見かけるし、ハニャーも岩場で日向ぼっこをしている。 グライダーに乗り巡回を終えると、pyupyapyoタウンのl地区から海岸線の見える方へ向かう。タウンを離れると同級生たちのことを思いだすときもある。ネットではSNSも試したが、付き合いが鬱陶しいし、友達の意味も何か違うと感じている。
(同級生は同級生として付き合えばいいか)
友達という言葉よりは中身と思うが、やはり、感情の波を相手に感じてしまうと上手く話せない。だから距離を置いてしまう。
l地区から木立の群れを抜けると、草原が広がる。
「タウンを囲むのと似た植物だね」
久美は珍しいのを探している。それに、雑草や、石ころの転がる川は、歩きにくい経験もした。
「海ならね。海岸は砂があるはず」
歩きやすいし、海というのを直接に見たい。青い海と白い砂が広がる海岸線へ。
久美は、この場所へ興味を持たないで、グライダーを旋回させてしまった。
岩の窪みに浜昼顔が群がる広場。砂が盛り上がるが、向こうに斜面が海へ続く。グライダーから降りる久美。
「これはっ。海の匂いってものだね」
植物群落とは違い濃厚に鼻をくすぐる。歩き始める久美だが、乾いた白い砂は足を沈ませる。歩きにくいが、面白い経験だ。熱いのが好きなハニャが、太陽に照らされた白い砂で足を広げるが、石の上に上がり、干し蛸みたいな格好に広がる。
「遊んでなさいね」
久美はブーゲンビリアが垂れ下がる岩へ近づく。惑星メタフォーに地球の常識は通用しない。
波が打ち寄せる音も耳を心地良くくすぐるが、ブーゲンビリアの葉のなかから、がさがさ、と現れたのは大サソリだ。
「えっ。こんなに大きい」
海サソリに近いのだろうか、大きな複眼が見える。背中は久美の腰あたりまでの高さ。針のある尻尾が揺れている。毒針だろう、と予想する久美。
「凄い。流石ね」
大サソリはハサミのある腕を広げる。ちょっと横から通れない、と波打ち際へ小走りで逃げる。 腕を揺らせて近づく大サソリ。海藻が膝まで絡む海の中へ入る久美。
「ここまでは来ないか」
それなら。大サソリの視界から逃れるように横へ進む。海の中は歩きにくい。浴槽ぐらいしか水の中は経験がない。
相変わらず大サソリは追ってきている。見るとブーゲンビリアは崖から垂れ下がり、内側に隙間があった。
「ここに棲んでいるんだ」
久美は、そこに、様子を窺う小ぶりなサソリを3匹みつける。
その時、水面へ何かが落ちる音で、背後へ身体を向ける。
「あらっ杏樹。ここまで来るのね」
「当然であろう。自然界へ踏み込むなと言っているはず」
杏樹は相変わらず、格好つける話し方、今のところは。
「サソリが、ここにも居るよ」
「呑気に構えてる場合じゃないの。ほんとにあんたは」
さすが感情表現の巧みなAll weather typeのヒューマノイド杏樹。久美とは溜口になる。
「久美はなー。サソリの縄張りに入り込んだの。サソリが怒るのは当たりまえでしょ。狂犬が迷い込んで来た時を忘れたの」
タウン間道路へ狂犬が来たのを、追いだした久美。今度は逆の立場だと気づいた。
「それで。サソリは怒っていると」
状況を飲み込めた。
「それじゃ。帰るから。退いてくれない」
大サソリに言うが、意味が通じるわけがない。尻尾の毒針を前後させて威嚇する。
「貝を砕く力があるから。ぶつかるとかは無謀だよ」
杏樹が忠告する。
「それじゃあ。この岩を」
ブーゲンビリアがある崖を回りこもうと考えた。海中の片足で探りながら進む。急に太腿まで海水が迫り身体が傾く。
「あわわっ」
慌てて身体を反対へ傾けて足を戻す。砂が柔らかすぎて足が沈んだのだ。それならと逆方向の横へ進んで行く。じゃぶじゃぶ、海水が跳ねるし、波が膝上まで濡らしてくる。
さささ、と砂を蹴って大サソリがついてくる。それなら、と久美はスカーフを外した。フレアスカートも外し、頭から脱ぐと、スカーフを風呂敷にして包む。この風呂敷を虹色の蛸鞭に結ぶ。吸盤の背中側は巻き付かないで、まっすぐに伸びるから。
「猫じゃらし作戦」
久美は右手で蛸鞭を揺らして、大サソリの前へ揺らして見せる。ハサミが掴もうとするところで、引き上げる。
「よしっ。いける」
大サソリの注意をスカーフの風呂敷へ向けながら、砂地へ近づいていく久美。
「生き抜く才能はあるけれどねー。グライダーを呼ばないの」
杏樹が呆れたように言う。
「呼べるの」
久美は知らない機能へ驚く。
「マニュアルを読んでないんだー」
杏樹はふざけるように言う。
「あとから読むわよ」
久美も今は、ここから抜け出すのが先と思う。
サンドベージュの濡れた砂地へ動きやすくなった足を伸ばすと、一目散に逃げる、乾いた白い砂に足が滑るというか走りにくい。後ろを振り返ると、追ってくる大サソリ。振りかざして襲ってくる大サソリのハサミ。
「あわわわっ」
慌てる久美は横へ方向転換。大サソリのハサミが風呂敷を跳ねて揺らせる。諦めない相手も追いかける。
「素早いわね」
久美は蛸鞭を大サソリの顔へ向けて振り上げる。ハサミが追いかける。毒針も、すすー、と伸びて来て風呂敷を突く。
ハサミの内側へ、大サソリのすぐ前にくる久美。足を挟みそうに大きな鋏角が蠢く。
「こんにちは」と挨拶する暇はない。大サソリの背中へ飛び乗る。毒針で久美を襲う準備で、尾を立てて狙う態勢。
久美は大サソリの背中を小走りで、尻尾のほうから飛び降りる。今だ、と一目散で走ろうとした足に衝撃。
「痛っ」石に爪先がぶつかった。ハニャーが、くにゃくにゃと、慌てて動く。
「逃げてえー」
痛めた足は踵で支えて、ハニャーの足を一本だけ引っ張る。
大サソリが何かに警戒して動かない。
「どうしたんだろう」
久美は立ち止まり、観察する。危機感がないのか、好奇心が勝るのか。
「がぁー」低く響く。
砂を舞い上がらせて久美の前に大きく開いたのは、鋭い歯の並びも頑丈なワニの口。
「わにっ!」わっ、ワニだ、と叫ぶ間もない。
久美は横へ飛ぶと転がり逃げる。
「ばふっ」自動車のドアが勢いよく閉まるような音。ワニが口を閉じたのだ。
ハニャーが足を伸ばして転がりながら近づく。いつの間にか落とした蛸鞭を1本の足に絡めている。
「はぁーにゃ」
楽しいというように、短い足を振る。
「真似しているのね」かわいいやつ、と思う。
こうしていられない。大サソリとワニみたいな生物が対峙している。石が動いて浮き上がる。ウミガメの足が4本。ワニガメというより、ワニの胴体を頭に持つ亀。惑星メタフォーで地球の常識は通用しない。大サソリは、相手の大きさに気づいて、ブーゲンビリアの反対へ逃げる。亀は足をついっと伸ばして、スケートのように滑る。
「がぁー」開けた口。ワニ部分がすっぽんの首みたいに伸びる。「ばふっ」閉じた口。大サソリのハサミが二つ、砂地に転がる。
「食べちゃった」
あの翼竜も豪快だが、一回で飲み込むのも野性的と思う。亀かワニか分からない生物は、ごちそうさま、とは言わないが海の方へ滑りながら去って行く。
きっと、この亀ワニの動きをハニャーが封じていたと気づく。
「ありがとうねハニャー」
陸棲蛸の丸い頭を撫でる久美。すっかり砂だらけになった服、汗で砂が体中にこびりつく。
「久美は何をしているよ」
いつの間にか杏樹が来ていて声をかける。
「何って。調査だよ」
久美は砂を落としながら答える。
「違うでしょ、遊んでたね。タウン間の道でやってればいいの。それに、今は大変だよね」
杏樹がタウンの情報を知っているのは、マザーコンピューターと同期できるから。
「知っているんだね。うん。アホタレの餌らしい」
スカートを履きながら、杏樹の話は自然界に関することだろう、と答える。汗と砂で、ごわごわする布切れは、早く風呂に入りたい思いにもさせる。
杏樹も用件だけを述べたいのだが。
「いくつも注意したいことがある。あのワニ頭の亀は、何日も餌を取るため待機していた」
砂を被り石に見えたのだ。
「大サソリは子サソリを守るため、巣から出てきた」
「なるほど。サソリには悪いことをしたよね」
久美もしおらしく反省する。杏樹は別の見方もする。
「亀ワニにとっては、久しぶりに餌が摂取できた。久美に感謝しているから」
「これが弱肉強食か。正義ってあるのかなー」
少なくても、独りよがりの正義は自然界で通用しないと気づいた久美。生きるため食べる。食べるために生きていた、昔の地球人もいたらしい。
杏樹は正義も不義も自然界にはないとの考え。
「生物は命を懸けている。だから、生半可な気持ちで自然界に踏み込んだら、怖いからね」
「マサキも怖いよ。アホタレで他人を脅すつもりらしい」
久美は、脅したり暴力で支配するのが好きではない。杏樹が首を横に振る。否定よりは、確かに危ないやつ、と同意するふうに見える。
「あの議会長は、あんなやつだ。今度会ったら、自然界へ踏み込んだら命はない、と伝えてくれ」
「卵を盗んだからなの」
久美も、杏樹が黙っているわけがないと分かっている。
「それもある。あいつは、タウンを完全と思いすぎている」
まわりのハーブ類が虫よけにもなっていたらしく、効果は地球のより高い。なにより、蚊や害虫の畑への侵入を防ぐのだ。
それをマサキの翼竜のためだと、刈り取ってしまった。
「病原菌も持ち込むと」
久美は、害虫が何をもたらすか知っている。たまに発生する伝染病のニュースを聞いている。
「タウンは自然界と違って脆い。密室状態だからな。火事でもあったら大騒ぎになる」
「スプリンクラーがあるから」
要所に置かれた消火器もある。久美は大丈夫と思う。しかし、貯水池が無い屋上が気になる。
「杏樹はkanedayoタウンを見たことあるでしょ」
「あれで安全基準を満たすと思うのは、惑星管理局の怠慢だよ」
さすが、惑星のprincessだ。すべてを格下にみている。
「杏樹は。タウンのこと。心配もするんだね」
「ずっと人類を押し込めて置きたいからさ」
マザーコンピューターの最終目的を知るヒューマノイドの杏樹。ただ、惑星メタフォーの自然界を守るだけではないらしい。
思いだしたような杏樹。
「久美も早くタウンエリアへ帰れ。グライダーの使い方にも慣れたほうがいいよ」
「わかった。今日は帰るね」
「また来るつもりか。ほんと、正直なのか、とぼけているのか」
杏樹も今では久美のやり方に慣れて来た。
杏樹が腕を組み、監視しているところだから、久美は素直にグライダーへ乗り込む。ハニャーがいつものように座席の後ろへ滑るように入ってきた。
「良いこと聞いた」
マニュアルを見直す。なるほど、座席のまま降下できるし、離れて指示ができるらしい。
「もっと楽に自然界を楽しめる」
久美の考えはタウンの外で快適に活動したいということ。調査はついでにのつもりだった。




