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議会長マサキの紙幣

 人間は星間移民した惑星メタフォーでも地球人だった。だから……。

 ポニーテールを揺らして、幅の広い襟付きブラウスにスカーフをつける久美が、pyupyapyoタウンビルの暗い通路からテラスへ現れる。

(翼竜が見られるね)

 遊び気分だが、一応は仕事。膝小僧が見えるフレアスカートを虹色の蛸鞭でベルト代わりにした、惑星管理局vwxy企画室の調査員だ。

 久美へ声をかけるのが、テラスの舗道側に座る同級生の綾香。長い髪は緩く束ねている。

「久美も聞いて。お金ができたよ。モーケル紙幣って簡単に手に入る」

 必要なものは手に入るタウン生活だから、貨幣を使う場面は今までなかった。惰性で生きる人々の姿も見てきている久美は、お金で経済が回れば人々もやる気がでる、とニュースで知っている。

「活気が。出るらしいね」

 人間付き合いは苦手だがテーブル席へ近づく久美。今年で二十歳を過ぎる同級生たち4人が座っている。久美は仕事柄、薄化粧で紅を引くが、同級生たちが大人っぽい。久美の童顔は隠せないらしい。今まではビル内の交流センターで集まっていた。皆がホットパンツに開襟シャツという、この惑星メタフォーでは標準の服。長い髪は、後ろでまとめたり様々だ。綾香が説明する。

「すぐ、手に入るよ。植物や動物をペットの餌として買い上げるところがあるの」

「ペット。大きいの」 

「okanedayoタウンのマサキ議会長が飼っている鳥の餌なのよ」

 なるほど、仕事と関係あるらしい。それなら翼竜のアホタレと思う久美。

「翼竜。だと思う」

 マサキの飼う翼竜や屋上の使い方を、調べるように依頼されている。

「そうともいう。お金になるから良いのよ。雑草は久美がいつも行く広場にも生えているし」

 綾香は生物に大らか。久美の言葉を端折った喋り方にも慣れているほうだ。このように綾香は久美へ絡むことが多い。

「いいよ。考えておく」

 今は貨幣というのが必要ない。補助脳は、ペットの与える心理的効果と問題点やお金の利用価値を並べてみるが、無視する術も心得ていた。

 ダラー貨幣というのがタウン間の取引では使われるが、一般大衆には無縁なもの。それで一般大衆にモーケル紙幣は流通しだしている。


 しかし、綾香はもっと話したいように眉も下げて笑顔で話す。

「どっちの、いいよ、なの。久美はいつも、言葉を節約しているね」

 幼児期のころは喧嘩をするほど仲良しだった二人。良いこと、だと意味は分かる。人との付き合い方が久美とでは正反だが、綾香は気づかないらしい。お喋りというのが億劫な久美は、笑顔を向けただけで済ます。

(餌か。それかな) 

 今日はvwxy企画室長のジャンヌから言われた、異常な植物伐採の原因を調べるのが仕事。綾香の言葉で植物伐採との関係を予想する。

 でもさ、と久美と親交もある、ツインテールの髪にする月乃が話す。

「okanedayoタウンから発行されている紙幣みたい。久美の調査と関係ないかしらね」

「そうか。そうだね」

 調査済みのことだが、タウンの外で会った杏樹の言葉も思いだす。

(仲間を作る必要か)

 お喋りをする時間も必要なのかも、と思う。しかし、言葉を選んで話すのは、考えるほど難しくなる。今では補助脳の垂れ流す情報も煩わしい。

「綾香は。何か買うの」

「イヤリングをするのが流行るらしいよ。でも、お金が必要なの」

 地球から惑星メタフォーへ移住してきて20年。欲しいのは、ただで手に入るタウン生活だが、贅沢の風潮も生まれてきている。そして貨幣で経済を回す考えが出てきた。

「とくにカジャイという店は有名よ。でも、まだお金は足りないから」

「そうなんだ。それじゃ行くね」

 補助脳はカジャイ日用品店の情報を脳裏へ並べるが、他の同級生の思惑も文字の嵐になり応答に戸惑う久美。長居したらストレスも溜まりそうで、テラスから出て行く。

 マサキの考えは、タウン間交流を目指す道路の整備に伴い、みんなで経済活動を活発にしようということ。マサキは新しい形のリーダーとして注目されて、各地のタウンで講演もしている。

 それを思いだしながら、久美は開拓管理室の裏にある格納庫からグライダーを呼びだす。

「目的地okanedayoタウン。出発」

 久美は、タウン間道路の生物の調査と、それに伴う犯罪の早期発見を、任されている惑星調査員の一員だ。それよりも、少年期から興味があった生物を楽しみにする。タウンの外へ行ける遊びができるから調査員になったともいえる。


 okanedayoタウンD地区の広場へ降りる久美。循環道路で囲まれる畑作エリアを広大な池にしている。風で飛散しているのだろうが、微かに腐った魚の匂いがする。グライダーで様子を見てもいたが、タウンの周りを囲むハーブ類は刈り取られて、さび付いた柵が剥きだしになっている。

「これも、あの紙幣のため」

 呟く久美。自然界が遠のくような状態が好きではない。少し待つと、男性体形で、後ろに団子を作る標準的な髪形の、マサキが後ろ脚で跳ねる兎車に乗ってやってきた。

「君が調査員かな」

 ここで待ち合わせたのだ。相手の年齢は30代ぐらいか、眼鏡を掛けている。

「はい。調査員の久美です。えっと。この池は何です」

 主食の芋や野菜、果実などが植えられる場所だが、広すぎるプールみたいになっている。マサキが眼鏡に手をやると、目の玉は大きくなる。

「屋上の貯水所を移転した。このほうが便利だ」

 久美の質問に答える準備はしてきたらしく、畑に水を云々と喋る。

(別にいいじゃん。緊急時のスプリンクラーが効けば)

 vwxy企画室の上層組織、惑星管理局が状況を聞いて判断はする。マサキは兎車に乗ったままで愛想笑い。何かを警戒するふうでもある。

 久美は池より翼竜に興味もあるし、ペットとしての餌のやり方を確認するのが仕事。補助脳の大量な情報は無視して、頭に浮かぶことを伝える。

「それで。翼竜を見たいのだけれど」

 翼竜は人類が住むニューガイア大陸では見かけない生物。ニューパンゲア大陸に棲んでいるはず。経緯も、ちょっとは話題になっている。

「なーんだ、見学か。良いだろう」

 マサキは単純な子供の考えと思ったらしい。安心して饒舌になり、卵を離島で手に入れたと話す。

「ヘリコプターを使えば、どこでも行けるからな」

「タウンの外は。面白いよね」

「そうだな。みんなが幸せになれるのを探している」

 久美は、自慢するマサキと兎車を並ばせてタウンビルへ向かう。


 ときどき飛んでくる鳥もいるが、翼竜が注目されるきっかけはマサキが作ったのだろう。研究者たちがokanedayoタウンを訪問して、惑星メタフォーで発見された初めての翼竜だと分かる。アルファ・テホゾー種と認定されて、習性からクサクソタレと名付けられた。通称はアホタレとして人々に知られている。


 飼育係の女性体形と一緒に貨物エレベーターで4階に上がる。開け放たれた屋上。腐った魚の匂いは強くなる。

「シャッターは外したの」

 久美は尋ねる。タウンの安全基準なら、すぐに脳裏に文字が並ぶ。

「ヘリコプターを作る材料だ。台風のときはドアを閉めるから大丈夫だよ」

 マサキはタウンビル安全基準に違反してないと、眼鏡に手をやり、目の玉を大きくしてみせる。 文句があるか、と威嚇しているような態度だ。歓迎しない訪問者と思っている。

 久美は何気に胸を反らしてシャッターの外された部分を眺める。ネームプレートの録画機で映すためだ。

「良いけれど。アホタレは。あっちだね」

 網目の粗い金網が設置されている。高さが10メートルぐらいか、この側の屋上がほとんど占められる。

「ヘリコプターの発着場としても有効活用している」

 マサキは屋上の反対側に格納されているヘリコプターを見せる。整備ロボットたちが動いているところだ。

「アホタレに餌をあげましょうか」

 早く仕事を終わらせたい飼育係が尋ねる。マサキが承諾すると飼育係は真面目な顔で、隅のボックスを開き、麻袋の中でくねくね蠢く、両手で抱える大きさの生物を取り出す。

「貸しなさい」

 マサキが受け取り、金網の間から、高く設けられた棚へ麻袋の口を開けて放り投げる。巨大ヤモリだ。惑星メタフォーで地球の常識は通用しない。

 遠くに腐った魚の匂いの元らしい藁の山。その前の岩陰にいたアホタレが長い足で立つと、乾いた藁の上から、羽を広げて近づく。

(放し飼いだね。ペットの虐待にはならないけど)

 住み着いたというのが正解だろう。餌付けしているのだ。

「これが。翼竜」

 久美は、その風貌を身近にみて驚く。翼竜アホタレは白鳥に似ているが、片翼2メートルぐらいの羽を持つ。3本の爪が,翼竜の証として生える。長い足は人間の背丈より高いし、太腿まで筋肉が付くように太い。飛べるのかと思うほど丸々とした体形。アホタレは羽を折り曲げて、爪も使い、しゃがむと人間の肩ぐらいの高さ。

「これが野生動物なのね」

 久美も、台の上で繰り広げられる豪快な食事に複雑な思い。生物が他の生物を食べるのは仕方ない。

(だけれど、必要なことかしら)

 他人へ見せるのは趣味の悪い演出だと考える。しかし、自然界に憧れるから、これも参考にはなる。

 マサキは何か言いたそうだが、遠回しにする。

「襲われたら大変だぞ。わかるかな」

「襲われたら。怖いね」

 翼竜はたまに飛来する。最初は渡り鳥の種類と思った。

「だから、タウン議会長たちにも見せている」

 つまり、マサキは怖がらせて喜んでいる。こういうとき自慢する人は昔からいたらしい。

「俺に逆らうタウンは、アホタレが襲うこともあるだろう。調査員も、あまり深入りしない方が良い」

 マサキは、また眼鏡を触り、目を大きくして見せる。

(余計なことはするな、ということね)このように答えはしない。

「なるほど。わかった」

 久美が同意したわけでもない。マサキの考えが分かった。武器として使うつもりだろう。

(思ったより大変なことじゃん)

 惑星管理局では、タウンビルの安全管理に不備があると考えている。それを確かめに来た久美。それ以上に危険思考のマサキ。

「管理局へ報告はする」

「貯水所もあるし、ペットを虐待もしてないのが分かっただろう」

 マサキは惑星管理局から指摘された問題点をクリアしたと考えている。

「そうなんだ。良いけれど」

 久美は、もう終わり、との素振り。マサキを説得しようとしたら、膨大な情報が必要だし、それを話すほど話術が上手くはない。それが天然とか惚けていると思われる要因。

 しかし、あまり深入りしない方が良い、というマサキの言葉が気になる。何か企みがあるのだ。実際に反対するタウンを敵対視している。

(危ない人だね、マサキって議会長は)

 思うのは、付き合わないでおくか、と自分流のやり方をするつもりだから。

 異常な植物の伐採と小動物の行動を変化させるのは、久美の嫌いな、自由を勘違いした地球人の行動だ。


 久美はD地区の広場へ戻り、乗ってきたグライダーへ乗り込む。 胸ポケットの翻訳機能はいつもオンになっている。

「久美です。資料を送ります」

 ネームプレートをモニター機器に差し込み、録画された記録を送信する。調査員のネームプレートへ内密に備えられた機能だ。

「さあ、終わった。遊びに行くよハニャー」

 言うと背もたれの後ろで、はにゃん、と答える陸棲蛸のハニャー。言葉は分かるはずもないが、気持ちを感じ取れるらしい。昔の犬や猫のように、言葉を暗号として理解しているのかも知れない。

「ちょっと、今日はsorenaiタウンへ行ってみよう」

 隣のsorenaiタウンが経済活動は盛んと聞かされている。綾香がいうカジャイ日用品店もあるはず。

(イヤリングか。ピアスを鼻に付けるとかもやってたらしいけど)

 人類主導期の21世初期までのことは久美も補助脳とネット検索で熟知している。タウンの生活に関しては疎いというか、興味がない。

 グライダーでsorenaiタウンへ着くと、いくつも準備されている中から一台の兎車に、カジャイ日用品店まで、と告げる。やがて後部の脚で跳ねながら舗装路を、ぴょんぴょん、と進む。


 sorenaiタウンビルk地区のテラス前で降りる久美。さすがに腐った魚の匂いはしないが、風向きでは匂いが流れて来る日もあるらしい。

 カジャイ日用品店の前では何人かが集まる。

「苦手だなー」

 久美が呟く間も、買い物を終えたらしく離れて行く人たち。

「あの。ちょっとだけよ」

 ひとこと断る久美に店主らしい、ふくよかな女性体形は笑顔で頷く。

「調査員だね。支給品もあるから」

 急になにかが必要になったと思ったらしい。pyupyapyoタウンでも、生活に必要な小物を手に入れる場所が日用品店。今は、少しづつ有料と書かれたのもある。

「うんと。知り合いが。イヤリングの値段を知りたくて」

「最近、若い子に流行りだねー」

 言うと陳列された場所へ案内する。

 イヤリングは100モーケルとう値札が一番高いが、価値を知らない久美。ちょっとほかの場所も調べてみる。

「これが4モーケル」

 無料支給と並んで、有料と表示されている生理用品のことだ。イヤリングが高い物で100モーケルなら、贅沢品として妥当だろう。

「ありがとう。モーケルは持ってないから」

 久美は店主にいう。値段が判れば、綾香に話も合わせられると思う。共通の話題がないから同級生のお喋りへ溶け込んで行けない久美。

「ちょっと待ってね」

 店主は何枚かの紙を持ってくる。

「私はね、モーケル紙幣が楽しいことに使われるのが嬉しいんだよ」

 なぜか饒舌になる店主。レーワ小母さん、と名乗り、ちょっとは有名人らしい。

「店へ来た人には割引券をあげてるから、友達にも教えてあげてよ」

「半額ですか」

 受け取って戸惑う久美。友達って、同級生のことだと思う。半額で良いのか、経済に詳しくもない。

 レーワは話すのが楽しいように言う。

「儲けよりも、マサキを応援したいんだよ。マサキは頑張り屋でねー。ただ。今はやりすぎかな」

 なにやら親しいように思われる。okanedayoタウンとは1キロメートルと近いから、前から交流はあった、と久美も聞いている。

「あの。会ってきました」

「そうかい。マサキは何かやらかすとも思ったけれど。根は真面目な子だよ」

 調査員が、なにかを調べる惑星管理局員だと分かる人もいる。マサキの悪さを調べに来た、とレーワが思うのも当然。

(なんだろう。この考え方は)

 レーワの考え方が理解できない久美。確かに、議会長としての振る舞いが不適切だとジャンヌも調査をさせている。それを知っていながら、マサキを受け入れているように見えるレーワ。

(親しい。悪いことを許せる。うーん)

 久美は補助脳で人類の歴史から、レーワとマサキの関係性を予想する。

(あれっ、それなの)

 ある言葉を思いだす。21世紀から重要視されなくなった関係。

「家族」

 しかし、レーワが入ってきた客へ対応しに離れて、久美の呟きは聞いていない。

(家族ねー。やっぱり、心の奥には何かが有るんだよ)

 体外受精と保育機械の使用で親子関係も無いことにしている。人間関係のしがらみや上下関係が争いを招くと判断したのだ。特別なときを除き、敬語も使わない。

 合理的に快適で安全な生活を人類は実現したと思っている。

(それでも、快適じゃないときもあるし、本当に安全なのかな?)

 人間同士の交流は必要だと、心のふれあい、とかをタウンで標語にしている。煩わしい人間付き合いと、見え透いた嘘の綺麗ごとだけで溢れる惑星メタフォーのタウン生活。

(タウンの外。自然界は生きるのに必要な本当のモノがあるはず)

 だから久美は、調査より自然界へ赴くのを優先している。


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