第二十節 未来の約束 ②
「なんで……!?」
「呪いに耐えうる身体さえあれば、たしかにお前にも頼むことはできただろうが……お前にはそれがない。ユリア・ジークリンデはただの人間だったが、アイオーンの血を──星霊に生まれ変わった俺の血を飲み、そして、その星霊の核を体内に埋め込まれたことで、その身体は人間でも〈きょうだい〉でもない特殊なものへと変質している。そのうえ〈黒きもの〉を浄化する能力も会得した。……だから、それはユリア・ジークリンデにしかできないんだ。神の末端であっても、できないことはある」
セウェルスが説明した後、ユリアは自分の手のひらを見る。死に至るほどの拒絶反応を起こすことなく、他者が持つ能力をそのまま得られるという自身の特異体質が、まさか世界を救う可能性を秘めていたなど思いもしなかった。
「……じゃあ……なんで〈裁定者〉が、兄さんひとりだけだったんだよ……」
その後、何もできないことがわかったルキウスは悔しそうに言葉を零した。やがて、セウェルスは異空間の夜空を見上げ、目を細めていく。
「……俺達を作った神は、安易に力を与えたくなかったのかもな……。俺達を作った神は、自分が一番でありたがっていた。世界の平和ではなく、自身がこの星の『王』でありたいという意思があったから、星と融合するという狂った行動に出た。その後、世が乱れると、それを鎮めるために〈きょうだい〉を生みだした」
セウェルスたちを生み出した神は、星と融合してからしばらくは星の内界で魂だけの存在となり、この星の『王』として『統治』していたのだろう。セウェルスたちの話によれば、古い時代に生み出されていた〈きょうだい〉たちは、全員が個性のない人形のような存在だったという。『王』の命令どおりに動く人形ゆえに、反発する者たちは力づくに鎮められていたのだろう。
しかし、時が流れ、神の魂が星と完全に混ざりあってからは、生み出される〈きょうだい〉に個性が生まれた。それがセウェルスやルキウスたちだった。
「……セウェルスは、これまでにいろいろなことを見聞きしていたと思うけど、それでもこの世界はこのままのほうがいいと思ってくれているの? だからこそ、こちら側の陣営にいてくれているとは思うけど──」
それからしばらくして、ユリアがそう問いかける。セウェルスは、先ほど彼女に問いかけたことの返事を急かすことなく答えてくれた。
「正直に言えば、愚かゆえの欲深さ──特に権力者の欲深さは目に余ると思っている。争いが起こる理由も『欲深いから』だろう。その点は、敵側の〈きょうだい〉の意見と類似している。……だが、俺達〈きょうだい〉の意見を押し付けることは力ある者ゆえの傲慢だ。権力者の欲深さとそう変わりない」
セウェルスは続ける。
「そして──未来がそうなるのであれば、俺はその未来を守ろうと思った。だから俺は、こちら側の陣営にいる」
「今のセウェルスは、そう思ったのね」
アイオーンならば、同じ立場でも戦う理由は少し違うだろう。あのヒトであれば、今の時間を奪われることが癪だから戦うと言うはずだ。
種族や国籍がどうあれ、『一気に変われ』というのは無理な話だ。それこそ魔術などの外的要因がないかぎりは。だが、ヒトは変われる可能性を持っている。そのチャンスを掴むことができれば、少しずつ変わっていける。
私も変われたと思う。『自分の声』をずっと殺し続けた結果、『自分』を見失っていた。だが、今では素直に『自分の声』を見つけられるようになった。
「私は……正直、死ぬのは……もう……。でも、戦わないと、未来にいるお世話になった人たちや友達がいなくなってしまう。それは絶対に嫌だわ。──たしかに、良くない感情があるから争いが生まれてしまうけど、負の感情があってこそ『その人』よ。それがなくなったら、もはや別人。だから私は、あいつらの目的を打ち砕きたい。それから、結果が報われないものだったとしても、自分でやろうと決めた道だった。だから、これまで私が頑張ってきたことが無意味だと言われたような気がしたからムカついた──」
ユリアは、まるで『自分の言葉』を探すように次々に発言した。
自分だけができること。自分が決心しなければ世界が変わってしまうこと。やらなければ今の世界が壊れてしまうことは解っている。それでも、心のどこかで『そんなことは、もうたくさん』と感じる自分がいる。さまざまな感情から板挟みになってしまっていることから、ユリアは『自分はいったい何が言いたいのか。何がしたいのか』がわかっていなかった。
「お前も苦しみ、もがき続け、誰かに助けられ──その結果、今の自分がここにいる。あいつらからすれば、『誰かが苦しむ世界が間違っているから、もう頑張らずともいい』と言いたいんだろうが……だからといって、頑張りを無かったことにされてしまうのは腹が立つな。たとえ『お前を救済するためだ』と言われても」
「ええ……それは余計なお世話というものよ。私がそれを選んだのは、状況に流されたからとか、誰かに命じられたからでもない。苦しくても『やる』って、自分で決めたからよ。だから、『私が選んだ』道を勝手に潰されるのは──他人の感性で、私の選択の是非を決めつけられるのは嫌だわ。争いがなくならない世界であっても、私には思い入れがある世界よ。美しいものだってある。だから、私は……それらを守るために戦おうって決めたの」
「……そうだな。俺も、勝手に決めつけられたくはない」
そんなことを言うということは、星の内界に行く決心がついたのか──ユリアの言葉は、そう捉えられてもおかしくないものだった。しかし、セウェルスはそれを言及しなかった。今の彼女は、自分の中にあるさまざまな感情をただ連ねているだけだ。今の彼女に必要なのは、感情の整理。セウェルスはそれを感じ取っていた。
「……ねえ、セウェルス──。『星霊アイオーン』となっても、あなたも普通の人間に戻れるのよね?」
「うまくいけばな……。だが、お前のことは必ず助ける。記憶喪失だった未来の俺が、お前をこんな道に追いやってしまったからな」
「うまくいけば……?」
「……」
「私だけでなく、あなたもまた復活することができるのよね? 肉体が失っても再構築できて、記憶もそのままで」
セウェルスは黙ったままだった。すると、ルキウスが何かに気づき、口を開く。
「……兄さん。おれも星の内界に行く。兄さんが気にしてることは、『〈裁定者〉でも限度がある』──そういうことでしょ? 〈黒きもの〉のことだけでなくて、ヴァルブルクの異変にヒノワの怪異の異常……少なくとも、これらは〈黒きもの〉が何かをしたからだろうし。未来の世界でも、星の内界でいろいろとすることがある。だから、もしも姉さんの魂に問題が起こったら対処できない──だったら、おれが姉さんを守るよ」
「待て。生まれてからまだ数年のお前が──」
「生まれてからまだ数年で、なに? そもそも、時間超越の力を持った人間なんて普通なわけがないじゃないか。全部終わったら普通に生きたいから、それを捨てにいきたいだけだよ」
弟は兄の言葉を遮り、淡々と話す。そう話すのは恐怖を抑えているからではない。覚悟があるからだ。
「……ルキウスは怖くないの?」
ユリアが聞くと、ルキウスは微笑んだ。
「おれにも、怖い感情はあります。でも……なんていうか、〈きょうだい〉は星の内界から生まれたようなものですから、ある意味、実家に帰るような感覚でもあります」
「実家……? ……そういう考え方があるのね──。……あなたたちの実家、か……」
「それに、敵側の〈きょうだい〉の目的が個人的には気に食わないという理由もあります。怖さに目を向けるのではなく、負けたくないって気持ちに目を向けています」
ユリアはわずかに頭を下げて考える。やがて、ある答えを出した。
「……どの感情と向き合い、何に重点を置いて考えるか──意外と大事ね、そういうこと……。それに、ルキウスたちの実家だと考えると、意外と怖くないかもしれないわ」
「……本当か?」
セウェルスが問うと、ユリアは少しだけ目線をそらす。
「正直に言えば、また生死をさまようことになるなんて、という感情は強くあるわ。でも、また帰ってこられるのなら……。それに、もうひとつ強い気持ちが私のなかにあるのよ。〈黒きもの〉に負けたくないという気持ち……その感情の根本にあるは──『憎しみ』よ」
そしてユリアは、少しだけ目線を上げた。




