第二十節 未来の約束 ①
ユリアとルキウスが劇場から出ると、セウェルスはそのエリアに隣接する中庭にいた。
「セウェルス」
背を向けるセウェルスに、ユリアは声をかける。
「……」
だが、なにも答えないうえに振り返ろうともしてくれない。その背中からは、なにやら後ろめたい気持ちがあることをユリアは感じた。
「……どんな方法なのか、教えてくれる?」
そう聞いても、彼は何も言ってくれない。
「そこまで過酷なものなの? 私は……それなりに地獄を見てきた人間──だとは思っているけど」
ユリアは、自身の人生を『地獄』と称していいのかという少し悩ましげな口調で言った。だからこそ苦しいことに耐える力はある、と彼女は言いたいらしい。
神の化身として生まれてきたこと。人間らしい精神を持ちながらも、英雄になることを望まれていたことから、その精神を封じて教育を受けていたこと。幼い頃から戦争に参加していたこと。〈黒きもの〉によって精神崩壊し、文字通り『怪物』へと変貌しようとする戦友たちを手にかけたこと。そして、両親と元婚約者をも手にかけなければならなくなり、自害を選ばざるを得なかったこと──。元婚約者は戻ってこられたが、それでも彼女が過ごしたその二十年の歳月は過酷そのものだ。
「……だからこそ、言いにくかったんだ」
そんな彼女に呆れたような、そして、罪悪感を持っているかのような声色でセウェルスは言う。それからやや間を開けてから、彼はユリアとルキウスがいるほうへ身体を向けた。
「お前が持つ『身体を竜のよう変化できる能力』──それは〈裁定者〉である証だ」
「この能力が? ということは、セウェルスも持っているの?」
「ああ」
と、セウェルスは黒い手袋を脱ぎ、袖をまくり上げて腕を見せた。やがて、彼の腕や手の皮膚からは白銀の鱗が生え、手の爪が鋭く尖っていく。ユリア自身やアイオーンが持つ竜化能力と同じ現象だった。
「俺達の『親』にあたる神は、飛竜に近い姿を持った存在だった。その『親』に近い力を持っているからこそ、その姿になれる。だから、これが〈裁定者〉の証だ。〈きょうだい〉であっても〈裁定者〉でなければ、こうはならない」
「そう……。あなたは、本当にアイオーンなのね──……でも、私が持っているこの力は、アイオーンの核に影響して持ってしまったものよ。だから、私自身には『神のような力』はないとは思うけれど……」
「いや。お前が気づいていないだけだ。お前は『神のような力』も複写し、その力を持っている。〈裁定者〉であるからこそ、俺には判る。お前の肉体は、『星霊として生まれ変わった〈裁定者〉の核』の力に耐え、そのうえこんな能力まで複写できる力を持っているんだ」
その後、セウェルスは深く息をつき、目線をそらしながら言葉を紡ぐ。
「……そのうえ、呪いへの耐性とそれを浄化する能力を後天的に得た。星の内界で肉体を失っても、精神体として存在を保つことはできるだろうと俺は思った」
「ち、ちょっと待ってよ兄さん……!」
その瞬間、静かに聞いていたルキウスが焦った声を出しながら一歩前に踏み出す。
「……わかっている」
目線をそらしたままセウェルスは零す。
「──」
ユリアは感情を表さないままセウェルスをまっすぐに見つめ、こう言った。
「……なんとなく……判ったわ。……未来にいる〈黒きもの〉を倒す方法は、力で消滅させるのではなく──私自身が〈黒きもの〉を吸収し、私の内側に閉じ込めて……その後は、星の内界で肉体とともに消えてほしいということ……?」
ユリアの声は冷静だった。肉体を失う──『世界のために死ね』ということ。それでもユリアは取り乱さなかった。そんな彼女を案じるような目で、セウェルスはようやく目線を合わせる。
「……遥か未来にいる〈黒きもの〉を倒すには、それが安全かつ確実ではないかと思った。〈黒きもの〉を取り込んでも発狂しないお前なら、周囲の者たちに怪我を負わせることなく倒せるのではないかと──。そして、星の内界へ行くことは、お前を普通の人間に戻せる方法でもある」
セウェルスは苦しげな目で言葉を続ける。
「この時代の〈黒きもの〉は誰も倒せないだろう……。戦って力を削いでも、アレが完全に消滅することはない。〈黄金の杯〉の欠片が半数。そのうえ呪いもあり、さらには飲み込まれた〈きょうだい〉たちの力──それらの力が合わさってしまったせいで、〈裁定者〉である俺でも封じることで精一杯だと感じた」
「では、〈黒きもの〉が遥か未来にいた理由は──」
「この時代では倒せない〈黒きもの〉を倒すには、まずは『星の魔力生成力が衰える時代』まで待つ必要がある。どれだけ強力な能力を持っていても、それを出力できる限度を決めるのは大気中の魔力濃度だ。だから、その時代まで〈黒きもの〉を封じ、未来で倒す。未来にアレがいたのは、ここにいる俺達がそう決めたから……だろうな」
そして、セウェルスは目線を下に向けた。
「だが、俺の封印は長くもたなかったんだろう……。ユリア・ジークリンデとテオドルスが生まれるよりも少し前の時代で復活したのは、そのためだと考えられる」
「ヴァルブルクの戦士たちが──普通の人間や星霊であっても、頑張れば〈黒きもの〉を撃退させることができたのは……星の魔力生成力が衰えていた時代だったから、ということ……?」
「そういうことだろうな……。俺の封印術がまだ枷となっていた可能性もある」
セウェルスによると、大気中の魔力が減少するという現象は必ず起こるものだったという。本来であれば、ユリアとテオドルスが生まれた時代で、大気中の魔力が完全に無くなっていたはずとのことだ。つまり、神の一件がなけらば、今いるこの時代あたりからすでに減少が始まっているはずなのだろう。それが〈きょうだい〉たちを生み出した神の影響で星の魔力生成力が増し、魔力が減少していく時代が大きく後ろへずれこんだ。
すべての始まりは、セウェルスたちを生み出した神。
やがて、セウェルスはユリアを見つめる。
「──話を元に戻すが……お前だけを星の内界に行かせるつもりはない。俺もそこへ行く」
セウェルスは続ける。
「星の内界に辿り着いた瞬間、〈きょうだい〉や〈裁定者〉であろうとも、痛みを感じることなく肉体は消える。たとえ不老不死と竜化能力があるお前といえども、星が持つ力には逆らえない。当然、俺もだ」
「肉体が消えるなら、魂も……?」
「いや。魂だけは、しばらく残り続ける。だが、お前は純粋な〈きょうだい〉ではない。だから、ぼんやりとした夢の中で、何もできずに漂っているかのような感覚になるだろうな」
「セウェルスは動けるの?」
「俺達〈きょうだい〉は、この星と一体化した神の子どもといえる存在だからな。星の権能の一端を使うことはできる。ましてや俺は〈裁定者〉だ。ひとりで多くのことができる」
敵側の〈きょうだい〉たちが星の内界を目指していたのも、その権限を持っていたからだ。それは〈黒きもの〉に変貌しても変わらない。だから今、この星に異変が起こっている。人間と変わらない姿や精神をしていることから、つい普通の人間目線で考えてしまうが、人間の物差しでは測れない別の存在なのだ。
「魂だけとなった後、俺は星が持つ権能を使い、お前の魂を護りながら〈黒きもの〉を完全に消し去る。そして、〈黒きもの〉の影響下にあった星を正す。お前の肉体を再構築できるようになるのは、星を正常に戻してからになるだろうな──不老不死も竜化能力もない人間としての肉体にな」
「治癒力は? それも普通の人間が持つものではないけれど」
「持っていることがおかしくとも、その治癒力は持っておくべきだと思う。お前は、その治癒力頼みで行動するときがあるからな」
そう言われたときに、ユリアは少し前のことを思い出す。敵側の〈きょうだい〉を殺したラウレンティウスとの会話──あのとき、人間離れした治癒力を持っているから手を汚す必要はなかったのにと言ってしまった。セウェルスもその悪癖を見抜いていた。
「……以上の方法が、世界を救い、そのうえでお前を普通の人間に戻せる方法だ。〈黒きもの〉がいなくても、お前を普通の人間に戻す方法はこれしかない」
一度、肉体を滅ぼして再構築する。それが、不老不死と竜化能力を取り除ける唯一の方法。
また死なないといけないのか。ユリアが抱いた素直な感想がそれだった。
「──ユリア・ジークリンデ。お前は、どうする……?」
すぐには答えられなかった。英雄になることを求められていた〈神の化身〉だったのに。死が怖いわけではない。痛みもなく魂だけとなり、いつかはまた復活できる。そう言われても、首を縦に振ることはできなかった。
(私……やっぱりただの『人間』だわ。英雄なんかじゃない……。普通の人間──)
嫌だった。世界のためとはいえ、また自分が犠牲にならないといけない。非常に高い自己回復力で死なない程度のものであればまだやろうと思えるが、どうあがいても死を経験しなければならない。
どうして。過去にも、私はたくさん頑張ったじゃない──。どうして、また死なないといけないんだろう。
絶対にやりたくない、ということではない。やらないといけないことだ。
しかし、生き返ることができると言われても、『また死なないといけない』ことが嫌だと感じる気持ちがユリアの中にいた。昔は、そんな自分を殺すことができて、すぐに『私がやる』と言えていたのに。
「兄さん……おれがやる。姉さんに頼もうとしていることは、おれにもできるはずだよ。おれだって、神から生まれたんだから。不老不死と竜化能力を取り除く方法だって他にもあるかもしれない」
ユリアが口を閉ざしていたその時、ルキウスが代わりに役目を果たすことを名乗り出た。刹那、ユリアはビクッと身体を強張らせた。
違う。駄目だろう。やりたくないからといって、生まれてまだ数年しか経っていないであろう少年にこんなことを言わせてしまうなど。
「無理だ。〈黒きもの〉を吸収できたとしても、お前では呪いに耐えられない」
しかし、ユリアが『やめて』という前に、セウェルスが『代わりになれる可能性』を否定した。




