第十九節 必然の出逢い ⑥
「少し前までは減っていき、今は元に戻ろうとして増えている。そのうえ、精神的な高ぶりが落ち着いてきた──ということは、星が大気中の魔力を逆に吸い込み、今は吐き出しているのかもしれないな……。吐き出した魔力に、精神を落ち着かせる作用がある『何か』があるのかもしれない」
「このまま何もしないでいると、この世界に生きる者たちの精神の在り方が少しずつ変わっていく……? やっぱり、チェフェロか敵側の〈きょうだい〉が星の内界にいるんじゃ──」
ルキウスがそう言うと、セウェルスは目線をそらし、目を閉じた。
「まだ俺の憶測にすぎないことだ。……だが、このような事態になったという事実は変わらない。〈裁定者〉の役割を持った俺が動かないといけない──」
「ところで、〈裁定者〉の役割というのはなんだ? オレたちが戦った女性と小さな星霊は、〈きょうだい〉間に問題が起こったらそれを裁定する役目を持っていると言っていたんだが」
テオドルスが問う。
「そのままの通りだ。俺は、明確な意思を持つようになってしまった〈きょうだい〉たちが、欲に溺れた時に止める役割とその力を持っている。その力というのが、〈黄金の杯〉がなくとも星の内界で自由に権限を行使できるというものだ」
「つまり、星の管理者権限を持っているってことなのか?」
「そうだ。俺ひとりだけでも、星の在り方を変えることができる。今のように、星の表面にある魔力を減らすことも造作もない」
そして、セウェルスはゆっくりと息をついた。
「……だからこそ、俺は……自分の名前をつけなかったんだ。名前とは、『この世界に生きる個性ある存在』だと認めるようなもの。たしかに俺もこの世界に生きてはいるが、その人生は普通ではない。〈裁定者〉という役割を持った俺には、相応しくない立場──そう思っていたから、俺は自身の名をつけなかった。そんな俺に模していたからこそ、ルキウスも己の名をつけようとはしなかったし、俺も名付けようと思うことはなかった。……本当は、親代わりのような立場だった俺がしてやるべきことだった。ルキウスは〈裁定者〉ではないというのにな」
まるで自白するかのようにセウェルスは言葉をこぼす。ルキウスは異論を抱くかのような目で兄を見ていたが、何も言わなかった。やがて、セウェルスはため息をついてユリアたちを見る。
「……〈裁定者〉だからこそ、俺はアイオーンになれるんだろうと思う」
彼は静かに告げた。
見た目が似ていることから、初めのころのユリアたちはアイオーンとなんらかの関わりがあるのではないかと思っていた。だが、ここにきてその人物がアイオーンと同一人物になろうとしている。アイオーンという存在は、『最初から存在していた』ことや『結果的に生まれた』のではなく、『なろうとしてなった』──そのことへの驚きと困惑、そして、なんとも言えない胸騒ぎが生まれた。
「……ってことは、意図的に記憶喪失になんの? 未来との帳尻合わせるために?」
アシュリーが問う。
「何も起こらなければそうなるだろう。しかし、さっきエアルツがこの星の魔力の異変を感じ取ったとおり、星の内界にはすでに敵側の〈きょうだい〉が入り込んでいる可能性がある。入り込んでいなくても、いずれ入り込む。──アイオーンが記憶喪失なのは、もしかしたら星の内界で相対した時になんらかの妨害が入ったからかもしれない」
「本当に……アイオーンになれるの……? それって、痛くないの……?」
イヴェットも疑問を言う。
「俺達〈きょうだい〉にとって、星の内界というところは『胎内』のようなものだ。生まれる前はただの魔力の塊だったが、そこで情報を形成し、やがて地上に上がってからその情報に沿ったカタチとなり、ひとつの存在として生まれる。ルキウスだけは地上でからも長く魔力の塊のままだったが、本来ではそのような生まれ方をする」
「だから、耐えられるってこと?」
「……肉体は溶けるな。痛みを感じる時間もなく溶けるだろう」
「そんな──!」
「だが、星の内界は『欲深き者たちの理想郷』でもある。肉体を失ったならば、また作ればいい。不老不死がこの世にないのなら、肉体を再構成する際にその特性を組み込めばいい。〈裁定者〉である俺や、力を持った〈きょうだい〉にはそれができる。その場所で魂だけとなっても、〈きょうだい〉であれば魂が消滅するのを防ぐことができ、それゆえ元の記憶を持ったまま生き返ることも可能だ」
肉体を作り、不老不死を作る。ありえないことを現実にする場所。生まれ変わることもできる──本当に何でも叶う場所。あまりにも現実離れしたところが本当にあるのか。神の端末であり〈裁定者〉の役割を担っているセウェルスが言うのであれば、そうなのだろう。ほかの〈きょうだい〉たちも否定していない。しかし、ユリアは心のどこかでまだ信じることができないでいた。
「ただし、長く留まることは無理だ。俺達を生み出した神は、欲望が深すぎたあまり星の内界で融合したが、いつの間にかその精神は星に溶けていったからな。その残滓ともいえる意思は、今となっては星の機構の一部となっている。そのせいで、心を持つ〈きょうだい〉──俺達が生まれるようになったんだ。心を持たない〈きょうだい〉が生まれていた時代は、アイツの精神はまだ完全に溶けていなかった」
そして、彼は仲間たちを見渡す。
「──俺は行く。〈裁定者〉としての使命を果たすためにも。そして、未来がそうなるのならその歴史を守る必要がある。個人的にも、奴らが目指している世界はどうにも気味が悪いからな」
「……まあ、な。敵が目指してる世界ってのは、なんか無色透明な物事しか生まれねぇ世界になりそうな気がする。それはさすがに気味が悪ぃよな」
その後、クレイグがそう言うと、
「オレもクレイグと同じだ。『無色な世界』はつまらない」
テオドルスも同意しながら笑った。
「今の世界には争いがあって、どこかで誰かが理不尽に死んでいってしまう酷い世界だとは思うけど……あたしたちはそこで生まれて、そこで失いたくないものを見つけた。そこで人生を歩んできた──だから、壊されたくない」
イヴェットは正直な気持ちを吐露する。
「ああ。だから、世界の平和を望まない悪人だと思われても、俺は今の世界で生き続けたい。俺は、『俺』として生き続けたい──」
ラウレンティウスは抗う意思を。
「家族も、友達も、いまだ見ぬウチの彼氏もこの世界におるからな……! この世界、全員で守るで!」
そして、アシュリーは妙な決心を口にした。
「あれ? 彼氏いたっけ?」
「『いまだ見ぬ』って言ったやろ。イヴェットもおらんやろ」
アシュリーが不貞腐れたように答えると、
「いなくて悪かったですね」
イヴェットも真顔で唇を尖らせた。その瞬間、困惑を感じるささやかな笑い声が周囲から聞こえてくる。
「──未来での……にも……が必要か……。……の……が眠る、……の地で……。そうすれば、あそこに眠る者たちの未練も、少しは……」
そんなやりとりのなか、セウェルスは何かを考え続けていた。ぶつぶつと小声で何かを呟きながら。
「……?」
ユリアはセウェルスに目を向けた。刹那、彼と目が合う。が、何も言わない。ユリアを見据えたまま、少しの時間が流れた。
「……方法なら、ある」
セウェルスが言う。
「何の……?」
「〈黒きもの〉を倒す方法と、お前が持つ不老不死と竜化能力を取り除くこと。そして、アイオーンが持つ不老不死の消滅──それらが一度にできる方法だ」
それを聞いたユリアは静かに目を見開く。周囲の仲間たちも驚いた。
「だが……俺はいいんだが──」
そう言った後、テオドルスは口を閉ざし、目線をそらす。
「デメリットがあるのか?」
クレイグが問いかけるも、セウェルスは答えなかった。
「……やはり、もう少し方法を考える」
やがて、セウェルスはそう言ってその場を出て行った。
「……」
その場に残された者たちが、セウェルスの意味深な言動を不思議に思う言葉を紡ぎはじめる。そんななか、ユリアはしばらくセウェルスが消えた扉を見つめていた。
「──少し休憩にしましょう。いろいろなことを話し合っていたから、気分転換に外に出てくるわ」
少人数でなら、話してくれるかもしれない。
ユリアは仲間たちに声をかけると、劇場の外へと出て行った。
「……すみません。おれもちょっと外へ行ってきます」
それから少し経った後に、ルキウスがユリアの背を追った。




