第十九節 必然の出逢い ②
「みんな、首尾はどうだい? ボクたちも手伝いをしにきたよ。あと、敵との現状報告も兼ねてね」
その後、劇場の扉が開いた。入ってきたのはエトルフィーたち。そして、ラウレンティウスもいた。
「こっちは相変わらず前進しとらんわ~……。つーか、エトルフィーたちって、ついさっきまで敵側の〈きょうだい〉と戦ってたんやろ? 手伝ってくれんのは嬉しいけど、疲れてないん?」
「今はもう少し頑張りたい気分でね。それに、休んでいるといろいろなことを考えてしまうんだ」
そう言う彼女の心にユリアは共感する。身体を動かしていないと、〈きょうだい〉を倒したときの記憶や後ろ向きなことばかり考えてしまうのだろう。
「未回収の欠片がある場所までは、どれくらいあるんでしょうか?」
「そのことなんだが……エアルツによると、各地で戦争が起きていそうな気配がいくつもあるらしい。そこで欠片の気配があるとのことだ。それをキミ達に報告しようと思ってここに来たのだよ」
刹那、ユリアは目を見開く。
「チェフェロの思惑どおりのことが起こっている──」
「でもね、おかしなことがひとつあるんだ。その気配は想像以上の早さで肥大化していて、そのうえすごい速さで移動しているらしい。そして、しばらくしてから離れた場所で発生した戦場と重なったらしいんだ」
「それは……まさか、〈黒きもの〉では……」
〈黒きもの〉の気配は独特のものだ。生物ではなく、ユリアが呟き、テオドルスは頷く。
「ああ。十中八九、〈黒きもの〉だろうな……。やがて、オレたちの時代にも現れるものだろう」
「ということは、それを倒したらキミ達の時代の歴史がおかしくなるのか……」
──そもそも、欠けた〈黄金の杯〉でも倒せるかどうかじゃねえかな……。なんか、呪いの力が異様に膨れ上がってる気がするんだよ。このまま近づいてもいいのかってオイラは思ってんだけどよ。
エアルツが魔力を介して意思を伝える。
──……あ。
「どうしたの?」
──いや……なんか、一部の気配が消えたような……。かなり不審な動きをしてやがるぜ……。
「しばらくは様子見をしたらどうだ? できることを中途半端に残したまま他の不安因子のことを考えるよりも、できることを達成して精神的な負担を軽くしたほうがいい」
セウェルスが提案すると、ユリアは外の状況を気にしながらも頷いた。
「まずは、お前達が時を渡るための力を手に入れるぞ」
「……そうね。やりましょう」
◇◇◇
魔力が渦巻く。
エアルツの体内に作られた異空間に風が起こることはない。ここは舞台がある建物の中。だが、その空間に強風が吹き荒れ、空間自体が歪んでいた。
「くッ……! 想像以上に厄介だな……! 欠片が増えれば干渉しやすくなると思っていたが、抵抗力が余計に増えたとは……。ただ立っているだけでも体力を削られる──エアルツ! いけるか!?」
数多の術式を支えながらエトルフィーが叫ぶ。
──オイラにも多少はその影響が届いてっけど、気にせず続けてくれ! たぶん、それはオイラたちの『親』がかけた防衛術の一種だ!
「やはり、この力は〈黄金の杯〉が持ってる防衛機能か……! 純粋に望めば叶えてくれるが、権能を奪い取る意思を示せば抵抗してくる……!」
何もしなければ、ただの黄金色をしている杯の欠片。しかしイヴェットが干渉した途端、抵抗するように力が溢れ出てきて妨害してきた。
イヴェットたち曰く、欠片の数が少なかったときはここまでひどい抵抗ではなかったという。
「僕たちの『親』が作っただけあるよ──作った物からも傲慢さが垣間見える……!」
「ええ、本当に……! 生きていた頃はさんざん力づくで奪っておきながら、自身が奪われる立場になったら抵抗とは──。『望まれたら叶える』という〈黄金の杯〉の機能も、きっと神様気取りに違いありません……! 自己顕示欲の極みです!」
シノとミュニケは、苛立ちながら〈黄金の杯〉が持つ防衛機能に立ち向かう。
今の〈黄金の杯〉の欠片は、『内部構造はおおよそ再現されたが、欠片が不足しているため、願望を叶えるためのエネルギーも不足している。しかし、内部機構にある標準機能は別のエネルギー供給源からも動かせるため、外部からの干渉を受けたことでそれが動いている』ということだろう。
「イヴェット……!」
冷や汗と唸り声を垂らすイヴェットに、ラウレンティウスが案じる。〈黄金の杯〉の欠片は、権能を再現されることに抵抗しているようだ。
「心配しないで……! あたしだって、まだやれるんだからッ……! 神様の力がなによ……! あたしにしか出来ないなら、やるに決まってるじゃない──!! 神様なんかに負けたくないんだからッ!」
イヴェットは苛立つように吠えた。そこにはいつもの真面目で優等生らしい彼女はおらず、負けず嫌いな素の彼女がいた。
「あぁぁもぉぉお! さっきよりも簡単には情報に触れさせてくれへんくなったし、やっぱいろんな情報ありすぎぃぃぃ!! 明らかに不要なモンもあるってことは、情報を抜き取られる可能性見越して複雑怪奇に作られとるでコレぇ!」
一見するとアシュリーはいつも通りに見えるが、顔が赤い。彼女も身体に異常が現れているようだ。
「ッ──あぁッ……! クソったれ……!! オレが一番弱いってか……!?」
クレイグにいたっては鼻血が垂れてきた。彼は十五歳の頃まで体内で生み出された魔力が巡らないという特異体質を抱えていたこともあり、現代人の中では魔力の耐性が低い。彼の鼻血は、おそらくそのせいだ。
「クレイグさん──!」
ルキウスが止めようとするが、クレイグは鼻血を拭って不敵に笑った。
「まだやれる……! ルキウスは手伝うな……! 時空超越の術を使うのだって、だいぶ消耗するだろうからよ……!」
たんに時空超越をするだけなら簡単だろう。しかし、どこの時間軸で、どの場所に降り立つか──その微調整をしなければならない。
「はははっ! よく言ったクレイグ! それだけ吠える力があれば、まだまだ大丈夫だ!」
テオドルスが楽しそうに言葉を紡ぐ。彼にとっては、今の状況は楽しい絶叫マシンに乗っているような感覚なのだろう。
「なんだい……。なんだかんだ全員元気じゃないかい」
「そうよね……ある意味、神に立ち向かっているというのに……」
イヴェットとアシュリーの補助に回っているヌエメラとゼリオスカが零す──もちろん、ふたりもかなり苦しさに耐えている──と、同じ役割を果たしていたユリアが笑った。
「みんなは負けず嫌いなんです。だから、私たちが諦めないかぎり──勝利の可能性を引き寄せることはできると思います」
引き寄せてくれる。幻想のヴァルブルク王国で助けに来てくれた、あの時のように。
「……こーれーやーなぁぁぁ!?」
刹那、アシュリーの目が見開き、にやりと口角を上げる。そして、まるで鬨を上げるかのように大声を出した。
「クレイグ! 頼むで!」
「ああ──!」
解析された情報が乱雑に刻まれているアシュリーの魔力を受け取ったクレイグは、情報を整理してルキウスに流していく。ただ情報を整理して他者に流す作業だけでもかなりの集中力を使う。だから、アシュリーは弟にその役目を頼んだのだ。
ルキウスに大きな力が吸い込まれていく。すべきことをやり遂げると、場内に吹き荒れていた風がピタリと止んだ。
「……時空、時間、座標──これが、時空超越……。これで、未来から来た皆さんが元の時代に帰れる──」
ルキウスは目を伏せながら呟き、やがてまぶたを開いて深呼吸した。
「できるか。ルキウス」
セウェルスが問う。
「うん、できる。この力は、もうおれのものだよ」
「よ──よかっ、たぁ……」
気が抜けたイヴェットが床にへたり込む。誰もが安堵を浮かべ、ミュニケが術の影響で鼻血を出したクレイグに治癒術をかける。




