第十八節 戦う理由 ⑥
「そんなこと……手を汚すなんて……」
違う。今更なにを言っている。彼は一般人ではない。戦士だ。敵を討った。今は戦争だ。だから連れていくことを許可した。
そう思う半面、戦争とは縁遠い世の中で育った少年時代の彼を知っているから、この事実に動揺してしまった。こうなる可能性が少しでもあるということを受け入れて、ここに連れてきたというのに。ああ、どうして私はこんなにも──。
「……俺は、ユリアを守れた。この一件で、ようやくユリアたちの隣に立てたような気がする──だから、後悔はしていない」
「隣に……立ちたかったから……?」
「言っておくが、武功を立てたかったわけじゃない。当然、殺し合いがしたかったわけでもない。戦ったのは、無防備にならざるをえない仲間に危険が及ぶ可能性があったからだ。今は戦時中だ。少しでも被害が出るのを防いだほうがいい──そう思ったからだ」
呪いを浄化するには、それに一点集中する必要がある。それは彼にも伝えていた。
「だからって、私は──」
「『自分には治癒能力や不老不死の力があるから、敵がいても無視しても良かった』とでも言いたいのか? ……ふざけるなよ。なんで自分の身をそんなにも軽々しく扱うんだ。──二度とそんなことは思うな」
怒りを向けられたユリアは、身体を強張らせた。
そういえば、前にも同じようなことで彼に怒られた気がする。
「……なんだかんだ言いながらも、お前がここに連れてきてくれたということは、俺を戦士として認めている部分はあったからじゃないのか? だから、俺が連れて行ってほしいと言った時に、なんで力づくで止めたりもせず、『認めない』と言い切らなかったんじゃないのか」
ユリアは黙り込んだ。図星だ。やがてユリアは、少しずつラウレンティウスから目をそらしていく。
「平穏な現代で生まれた俺には、お前が戦士として戦う覚悟も苦しみもほとんど判らない──だから、それを知りたかったという気持ちがあったことは認める。でも、それ以前に、この世界で生き抜くためには、どこかで『人殺し』か『星霊殺し』になる決心をしなければならないとも思っていた。ユリアたちが守ってくれるとしても……。だから、もう決心はついていたし、そのおかげでそこまで心は揺れていない」
ユリアは口を閉ざし続け、俯いている。その後、ラウレンティウスは息をつき、天を見上げた。
「……今なら判る──ユリアが何を抱えて生きていたのか……」
「……」
「……俺のこと、幻滅したか?」
そう言われた瞬間、ユリアは顔をあげて彼の顔を見た。その言葉は、私がかつて彼に言ったことがある。まさか、こんなときに言い返すことになろうとは。
「……いいえ。……しないわ」
話していると、少しずつ気持ちが整理できてきた。取り乱したのが初めて誰かを殺めた当人ではなく、自分とは──中途半端な精神であることは、いまだに変わっていない。彼が受け入れたのであれば、私も受け入れなければ。師として、戦友として。そして、彼を知る家族として。
「幻滅なんてしない……。だって、あなたは私を助けてくれた。……私は、あなたが背負うものを一緒に背負うわ」
「背負わなくていい。ユリアが罪悪感を持つ必要もない」
「わかっているわ。それでも……私は勝手に背負う」
「俺は、全部わかって選んだんだ」
「……これだけは忘れないで。誰かに何かを言われても、私はあなたの味方よ──これは罪悪感から言っているのではないわ」
同じ戦士としての精神。だから、彼がなんと言おうとも、私はラルスの味方。
やがて、ユリアは片手でラウレンティウスの手をすくい上げ、優しく握った。ラウレンティウスは拒絶することなく、ユリアの手をしっかりと握り返す。
「……敵を、排除してくれてありがとう。あなたは間違いなく戦士よ」
今言うべき言葉は、これだろう。
「……ああ」
「強くなったわね……。本当に──」
出会ったばかりの頃は、現代に生きる十七歳の普通の少年だった。十年後、そんな彼は、肩を並べられるほどの戦士に成長した。これが、彼の望んだことだった。
その時、音が聞こえた。草を踏む音。
「──……ユリアが呪いの浄化を放り投げるほどのこととは、いったい何かと思えば」
離れたところから届いたのは、テオドルスの声。
その瞬間、ラウレンティウスは素早くユリアから手を引いた。彼女と手を繋いでいたため、妙な勘違いをされないようにという理由だろう。
やがて、テオドルスが近くにまでやってきた。そこで彼は、ラウレンティウスの斧槍が敵に突き刺さっている光景を目にする。
「ん? ラウレンティウスの槍……──ああ! なんだ、そういうことだったのか!」
彼はそれだけで即座にここで何が起こったのかを察し、満足げに微笑んだ。
「君が最後の一撃を背後から食らわせたのかラウレンティウス!? やったな! すごいじゃないか!」
その言い方は、まるでスポーツでいい記録が取れたかのような雰囲気だった。テオドルスはそれを言いながら、敵に刺さった斧槍を抜き取り、先端に付着した血を魔術で払ったあとにラウレンティウスへと手渡す。ラウレンティウスは血がついていた箇所を見たあと、武器を光の粒子に姿を変えた。その光の粒子は、彼の体内に吸い込まれるように消えていく。
「しかし、やっぱり他にも敵がいたんだな」
「ああ。ふたりも他にも敵がいるかもしれないことを気にしていたから、俺も気を付けていたんだ。そうしたら、原因不明の足音や、風もないのに揺れる草を見つけた。オレは何もしていなかったから、これくらいはな──」
「おお……! さすがはオレの弟だな! 慢心しないのはいいことだ」
「テオ。この敵は、ラルスがひとりで倒してくれたのよ。彼がいち早く気づいてくれたおかげで、浄化に集中していた私は怪我をすることはなかったの」
彼は、おそらくユリアとラウレンティウスが共に戦ったと思っている。だからユリアは、戦士として彼を称えるべく真実を伝えた。その刹那、テオドルスは顔を輝かせると、感情が高ぶると無意識に動く性質がある三つ編みが荒ぶる。
「なんだと!? そうだったのか!? 成長したなラウレンティウス! お兄ちゃん感激だぞ!」
「落ち着け。特に三つ編み。感激しすぎだ」
「──テオ。欠片は?」
ユリアが問うと、テオドルスの三つ編みはピタリと止まり、魂が抜けたように垂れ落ちた。そして、彼はいたずらっぽい笑みをしながら手に持っていたものを差し出す。そこには、隠蔽術で魔力の気配を誤魔化している黄金色の欠片があった。
「大丈夫。ここにあるぞ。ユリアの読みどおり罠があったが、オレにかかれば造作もないものだった」
「……? 呪いは? 欠片についていなかったの?」
「ああ。隠蔽術と封印術で誤魔化しているのかと思って解いてみたんだが、なかったな。おそらく、あのふたりが偽物に移したんだろう。あの呪いだけはコピーされたものではなく、本物だったというわけだ」
そして、テオドルスはユリアとラウレンティウスの片手に手を置いた。
「なにはともあれ、ふたりに怪我がなくてなによりだ。ユリアが残りの浄化を終わらせたら、これで任務完了だな。早く呪いがあるところへ戻って浄化を済ませて、皆のもとへ帰ろう。みんな心配しているだろうから、元気な姿を見せて安心させないとな」
と、テオドルスはふたりの肩を何度か叩き、呪いがある方へと歩いていった。ラウレンティウスも歩いていく。
ユリアは、ラウレンティウスの背中を見つめた。彼は、この一件をいとこたちには言わないだろう。テオドルスがうっかり話してしまうかもしれないが。
(ラルスがしたことは──あの三人には隠しておいたほうがいいのかしら……。でも、その一件を知っても、誰も動じないかもしれない。あの三人も今の状況を理解しているから)
ラウレンティウスだけでなく、あの三人も肝が据わっている。『ラウレンティウスが選んだことだから』と受け入れるかもしれない。そう思っていると、いつの間にかそうなる可能性のほうが高そうな気がしてきた。なにせ、己の獣性を隠しもしなかったテオドルスのことを、恐れるどころかいつの間にか受け入れていたほどなのだから。
そういえば全員、元からどこか普通ではなかったわね。だから、そんな不安はいらないんだわ。




