第十八節 戦う理由 ⑤
「……戦いになったら爛々とした目をするわね、テオ。相変わらずだわ」
ふと視線を感じたユリアがテオドルスを見て、そう表現した。
「いや。これは戦闘でテンションが上がっているというよりも、ユリアの戦神のような戦いっぷりを見ることができたからだよ」
嬉しそうに言った後、テオドルスは感慨深そうに目を閉じる。
「もしも、幼い頃のオレが両親から見捨てられて勘当されて、狂った獣と成り果てて、君と敵対関係になっていたら──きっと、〈神の化身〉と成り果てていたユリアと心躍る愉しい戦いができていただろうなと思う……!」
なにを言い出すのかと思えば、最低最悪な『もしもの話』だった。
「あ、あなたね……。そういうことを思ったとしても、普通は口にしないものなのよ……!」
「でも、ユリアはそんなオレを見ても引かないし、嫌わないし、怖がらないよな?」
「その代わりに引いて呆れているわよ。もういろいろと今更過ぎて驚かないというか、驚けないというか……。本当にあなたは、誰かがストッパーになっていないとダメすぎるわよ……」
デリカシーがなさすぎるということ以前の問題だ。本当にとんでもない倫理観をしている。普通ではなく異端。愛していると伝えた女に向けて言う言葉ではないし、言われて喜べるわけがない。
「あはは。ごめんごめん」
「本当にわかっているの? 判ってないわよね?」
「まあまあ。それよりも、気にしないといけないことがあるだろう? オレが妙なたとえ話をしたことには謝るから、まずはすべきことをしよう」
と、テオドルスは笑顔を引っ込めて、泥が蒸発した地を見つめた。戦いの最後に、二人は膨大なエネルギーの衝撃波を放ち、それによって敵を蒸発させたのだ。
「オレたちは〈黄金の杯〉の欠片を飲み込んだ敵と戦ったというのに、普通の〈黒きもの〉のよりも想像以上に早く倒せた。そして、倒したというのに〈黄金の杯〉の欠片がどこにも見当たらない──ユリアも、何も気配は感じないよな?」
「……ええ。彼女が飲み込んだ欠片の気配は、たしかに〈黄金の杯〉のものだったというのにね」
「オレは欠片を持ってはいたが、いざというときが来るまで使わないでいた。だから、オレたちの攻撃で一緒に消えたということはない。欠片とはいえ、〈黄金の杯〉は古い神が造ったものだしな……。人の力で神が造ったものを破壊できるわけがないと思うんだが──う~ん……」
それからしばらくして、テオドルスはあることを思いつく。
「──まさか、あの人たちは、オレたちに『欠片ごと倒してしまった』と思わせるために偽物を用意して、それに呪いをまとわせていたのか?」
「たしかに、どちらかが複写術が得意だったという可能性はあるわ。それらしい鉱物を用意して、〈黄金の杯〉の欠片の気配や形をコピーし、その偽物を飲み込んだ──。呪いは、無機物だろうがなんだろうが、なにかが触れればそれに纏うものだし、複写術をかける必要ない……。ここにないということなら、本物の欠片は封印を施されて、どこかに隠されているのかもしれないわ」
「だな……。欠片があっても、敵も欠片を持っていたら負ける可能性を見越していたからわざわざそうしたのか。あるいはこれも計略のうちなのか──。ともかく、ちょっと探してくる。それまで、ユリアはこの地に染み付いた呪いの浄化を頼む。欠片は本物じゃなかったが、呪いは本物だ。放っておけば近くに住む民が大変なことになるからな」
〈黒きもの〉は、攻撃を放つたびに呪いを撒き散らしていた。この地が広範囲に黒ずみ、植物が軒並み枯れてしまっているのは、その呪いに侵食されている証拠だ。
「それに、あのふたりは躊躇することなく自らの命を投げた。オレたちが強敵に見えたからこそ、命を使って戦いに挑んだようにも見えるが──オレたちを油断させるために自分たちの命を駒として使ったという線もある。目的のためなら呪いすら使うような連中だ。これで終わりという可能性は低いかもしれない」
「ええ。欠片を隠しているところにも罠かなにがあるかもしれないわね」
「なに。そこは心配ご無用だ。ユリアと違って、オレは罠の解除が得意だからな」
と、テオドルスは得意げに笑った。言い方が『ユリアはそういうの不得意だもんな?』と指摘されたように感じたユリアは、「悪かったわね」と唇を尖らせる。やがて、テオドルスは踵を返し、〈黄金の杯〉の欠片を探しにいった。わずかでも術の気配があれば、それを頼りに探すことはできる。
「──ラルス。無事? 怪我はしていない?」
女性と星霊との問答に、そのうえ戦闘もあったため、ついてきていたラウレンティウスのことを気に掛けるタイミングを失っていた。だが、彼ももう子どもではない。初めての戦争でも、適切な判断はできるはずだ。
「……? ラルス?」
だが、返事がない。あの女性や星霊でも見破れなかったほどに気配と姿を完全に隠しているため、近くにいるのか判らない。気配と姿を消しているとしても、透明人間になっているわけではないため、なにかに当たって音を出せばそこにいることは判る。だが、音すら出さない。まさか、そばにいないのだろうか。
「ちょっと……ラルスったら──。こんなときにどこへ行ってしまったの……」
こうしているうちにも、呪いの浸食が進んでいる。彼を探すべきなのか──いいや。ラウレンティウスがひとりでおかしなことはしないはずだ。彼だって、戦争の恐ろしさを実感している。
(……呪いを浄化することが先決ね……。これ以上、広範囲に浸食していったら、さすがに手が回らなくなってしまう)
ユリアは、これ以上呪いが浸食していかないよう、魔術で呪いを地面から剥ぎ取った。次に、それを一ヶ所に集めた。最後に、それに触れて浄化をはじめる。ユリアが呪いに触れている手から、白い煙のようなものが漏れ始めていった。浄化し終えた純粋な魔力だ。
浄化は簡単なことではない。浄化は、体力よりも精神力を酷使する。呪いに触れれば、どれだけ拒絶しても心の中で負の感情が強制的に芽生えてしまうためだ。それを芽生えさせるために、呪いは触れた者が持つ負の記憶を思い出させようと心を揺さぶってくる。それを制御し、心の力で呪いを砕いていく必要があるのだ。
「──……っ……」
ゆえにユリアであっても簡単な術ではない。脳裏に流れる『悪夢』に苛まれながら、浄化を進めていくしか方法はない。
少しずつ、ゆっくり──。
「──!?」
刹那、術式の気配が現れた。そして、〈黄金の杯〉の欠片の気配──少し離れた場所だ。テオドルスが向かった方角ではない。
ラルス。ラウレンティウスの身に何かがあったのだとユリアは直感する。なにもわからないが、行かなければならない気がした。
術を中断して、彼女は気配がする方向へと夢中に走り出す。敵がいたら、浄化中の呪いを奪われてしまうが、今はそれどころの話ではない。
ラルス。彼は、どこだ。やっぱり呪いの浄化よりも先に探すべきだったのか。判断を誤ってしまったのか。どうか、どうか無事で──。無事であればなんでもいいから。
「──」
「……」
まだ呪いに浸食されていない林の中で、ラウレンティウスが背を向けて立っていた。彼からは、〈黄金の杯〉の欠片の気配がする。振り返ると、その顔には血がついていた。
「……敵がいた」
彼が振り返ったときにチラリと見えたのは、背の高い草花に隠れている何かに突き刺さった、彼の斧槍。
「……どうして……」
ラルスが、敵を倒した。
ユリアは動けなかった。確認したくなかった。でも判る。魔力の気配で、その敵が何者なのかが。
倒れている敵は、魔物ではない。人間だ。こんなところにいて、彼の手にかかったということは──。
「……お前は、呪いを浄化している最中だっただろう? それに、俺はもう子どもじゃないんだ。戦うことくらいひとりで出来る。この欠片もあったからな──。傷は負ったが、ただのかすり傷だ」
ラウレンティウスの声はいつも通りだった。なんでもなかったかのように、冷静な声色で喋っている。




