家族団欒
クラウディアお母様とベネディクトお兄様を王城の落ち着く場所で療養してもらった。
ヴァルトラーナお父様が姿を出したことで、お父様の側近達にハイデマリーに知られないような部屋を手配してもらったのだ。
「レティーツィア。あぁ、本当に生きていてくれただなんて……」
クラウディアお母様が私を見つめながら嬉し涙を流している。
そのクラウディアお母様の頬を流れる涙を、ヴァルトラーナお父様がいそいそとハンカチで丁寧に拭いて世話を焼いている。
ヴァルトラーナお父様がクラウディアお母様に向ける眼差しは、『愛している者へ向ける眼差し』以外の何者でもない。
…………幸せだ。これが、この幸せな光景がレティーツィアの好きな幸せな光景だ。
クラウディアお母様。私も、会いたかったのです。
会いたくて、会いたくてたまらなかった。
「そうだ、レティーツィア。ハイデマリーからは亡くなったとばかり聞かされていたんだ。レティーツィアが生きていてくれて、私は嬉しいよ。」
ベネディクトお兄様。
クラウディアお母様ほどではありませんが、やはりお兄様も最後に会った時よりも痩せましたね。
みんな、私が崖から落ちて亡くなった、って知らされてたんだもんね。
確かめる術もなく、そう知らされたのならしょうがない。
私も、てっきりクラウディアお母様とベネディクトお兄様が生きてくれているなんて思わなかった。
ヴァルトラーナお父様に聞くまで、2人が生きていてくれただなんて、そんな奇跡みたいなことないって思ってた。
―――だから、これは奇跡だ。
フワッと私の手は何かに包まれた。
安心する、手だ。
私が好きな手――
「………レティーツィア、私がそばにいる」
「ありがとうございます、ハルトムート」
私の腰に響く低い男の人の声で、ハルトムートが私の手を握った。
この人がいれば、大丈夫。
ハルトムートがいれば、私は大丈夫。
――なぜかわからないけど、そう思える。
「クラウディアお母様、ベネディクトお兄様。 そして、ヴァルトラーナお父様。 ……生きていてくれて、また会えて、良かったです」
「わたくしもよ、レティーツィア」
気づいたら私の目からは涙が流れていた。
帰ってきた。
やっと、帰ってこれたんだ。
ヴァルトラーナお父様に、クラウディアお母様に、ベネディクトお兄様に、会いたくてたまらなかった。
気づいたら、痩せてしまったクラウディアお母様に抱きしめられた。
いいにおい。安心する。
クラウディアお母様のにおいだ。
「ありがとう、レティーツィア。」
ベネディクトお兄様が私の頭をなでなでしている。
心地いい、これは大好きなお兄様の手だ。
ヴァルトラーナお父様は、そんな私たちを微笑ましそうに眺めている。
「うふふ、わたくし、頑張ったのですから!」
「あぁ。わかっている。レティーツィアの顔を見れば、わかるさ。今のレティーツィアは一皮剥けた良い女の顔をしている。」
そのベネディクトお兄様の言葉に、私は固まる。
「まぁっ! ベネディクトったら!」
「お、おい、ベネディクト! 同母の妹になんてことを言ってるんだ!」
「そうでしょうか? 今のレティーツィアは、兄の欲目なしに良い女だと思います。 今のレティーツィアは、兄の欲目なしに良い女だと思ったのですが。 今ほど、私がレティーツィアの同母の兄弟だということを後悔した日もないのですがね……」
それは、どういうことだろうか?
まさか、異母兄弟ならば私と結婚したかったということだろうか?
いや、まさかね。まさか、ベネディクトお兄様に限って、そんなこと…………ないよね?
「まぁまぁ、ベネディクトったら! 聞きましたか、ヴァルトラーナ?あの堅物のベネディクトにも春がやってきたようですわ!」
「え、いや、ベネディクトが? クラウディア、私は急に耳が悪くなってしまったようだ。 なぜか、ベネディクトがレティーツィアと結婚したがっているように聞こえてしまった。」
「あら、いやですわ。 ヴァルトラーナ、あなたの耳はまともですわ! ベネディクトはそういう意味で言ったのでしょうから。
ねぇ、そうでしょう、ベネディクト?」
「はい、母上。私もそういう意味でいいました。」
「ほらね、ヴァルトラーナ。間違ってなかったわ。」
「ベネディクト…………」
ベネディクトお兄様の答えを聞いたヴァルトラーナお父様が、まさかそんなはずはない、といった顔で驚愕の表情でいる。
一体、私の目の前で何が起こっているんだろう。
やっと、失ったと思っていた家族に会えたというのに。
この目の前の出来事はなんだろう?
茶番劇なのだろうか?
「だめだぞ! レティーツィアは、私の婚約者だ! 渡さぬぞ!」
「へ? ハルトムート?!」
ガバッと勢いよく後ろから抱き寄せられた。
イライラした様子のハルトムートが私を後ろから抱き寄せたのだ。
「あなたは先程わたくし達を助けてくださった方ね?
その金の髪……、王族の方かしら? ねぇ、ヴァルトラーナ?」
「いや、私は知らないな。少なくとも、私は会ったことがない。
すまないが、どちらの王族の方だろうか?」
「そうだな、しいて言うならば――『カシノニア王国』だろうか?」
「!!! まさか、いや、……あり得ぬ……」
「私は嘘など言ってはおらんぞ?」
「…………」
ハルトムートは、今までレティーツィアの陰のように付き従っていた。 強い力を使っていても、レティーツィアの配下なのだと思われ、ハルトムートの存在はあまり注目されてこなかった。
だが、こんな家族の場で、しかも『レティーツィアの婚約者でカシノニア王国呪い王族』を名乗る者ならば、注目されないわけがない。
しかも、ハルトムートの髪の色は――金色だ。
――金髪は王族の証。
逆に、王族以外ではハルトムートのような純粋な金髪はいない。
レティーツィアにもわかるほど、ヴァルトラーナお父様やクラウディアお母様、ベネディクトお兄様がハルトムートへの態度は変わっていた。
敬意を払った態度。
だが、そこには、ハルトムートというレティーツィアを抱きしめている得体の知れない存在への恐怖も感じさせた。
ふと見るとレティーツィアの側近のギーゼラや、ルトバ達護衛騎士達は、のんびりとした様子で端に控えたままだ。
『こんな得体の知れないやつが、お前達の主を抱きしめて婚約者だと名乗っている異常事態なのに、何を呑気にしているのだ!!』
そういう感情を乗せた目で、ヴァルトラーナお父様やクラウディアお母様、ベネディクトお兄様は、咄嗟にレティーツィアの側近達に目を向けていた。
そう、まるで『意味不明なことを言うハルトムートを処分しろ』と言っているようだった。
「――失礼ながら発言をお許しください。」
ルトバが膝をつき、発言の許可を求めた。
「……許す」
この場で一番くらいの高いヴァルトラーナお父様が、代表として許可を出した。
「ハルトムート様は、レティーツィア様の命の恩人であられます。そんなハルトムート様が、我が主であるレティーツィア様を傷つけるなどあり得ないと誓います。」
「ルトバよ。 お前のその確信はなぜだ?」
「レティーツィア様を見ていればわかります。 ハルトムート様との付き合いは浅いですが、レティーツィア様のことはわかります。
レティーツィア様と幼い時からずっといる私たち側近だからこそ、レティーツィア様を見ていればわかるのです。 ハルトムート様は、レティーツィア様を傷つける方ではないと。」
レティーツィアはルトバが騎士として誓ったことに驚いた。
――騎士としての誓いは何よりも重い。
もし違えてしまえば、命を落とすこともある。
それに、ルトバのそばではギーゼラや護衛騎士達も、ルトバに習うように跪いていた。
でも、レティーツィアには嬉しかった。
レティーツィアは、側近達に破棄できない婚約者となったハルトムートのことを詳しく話せていなかった。
それは、レティーツィアがハルトムートをどう思っているのか、それはレティーツィアにも良くわからなかったからだ。
でも、ルトバ達側近はわかってくれていた。
レティーツィアが無意識のうちに誰よりもハルトムートを求め、ハルトムートを信頼していたことを。きっと、何も言わなくてもアードルフやオーブリー、ギーゼラやルトバ達護衛騎士、レティーツィアの側近はわかってくれていたのだ。
それが、レティーツィアには何よりも嬉しかった。
だから――
「ルトバ、ありがとう。 そして、ギーゼラ達もハルトムートを信じてくれてありがとう。」
「いえ、滅相もないです。」
レティーツィアは、優しい笑顔をルトバ達側近に向けた。
「ヴァルトラーナお父様。 ハルトムートは私の大切な方です。」
レティーツィアは真っ直ぐとヴァルトラーナお父様を見つめたのだった。
「……そうか。 ならば、良い。レティーツィアの好きにしなさい。」
「私が言うのもなんですが、ヴァルトラーナお父様、本当に良いのですか? ハルトムートは婚約者なのですよ? 婚約者になるということは、将来的にはっ――」
「だから、良いと言ったのだ!」
ヴァルトラーナお父様は拗ねたようにふぃ、と顔をそむけた。
「まぁまぁ、ヴァルトラーナ。 娘を取られてしまうからって、それではレティーツィアに伝わりませんわよ? レティーツィア、ヴァルトラーナはハルトムート様を認めると言っているのです。
おめでとう、レティーツィア。」
拗ねたヴァルトラーナお父様にかわって、クラウディアお母様が教えてくれた。
そうか、ヴァルトラーナお父様は私がハルトムートと婚約者になることは許してくれたけど、娘にできた婚約者に焼いてるのか。
「ヴァルトラーナお父様、ハルトムートとの婚約を優してくださってありがとうございます。でも、ハルトムートと婚約しても、ヴァルトラーナお父様の娘であることは変わりませんし、お父様も大好きです!」
「あぁ、そうか」
クラウディアお母様に拗ねて甘えたままのヴァルトラーナお父様は、耳を赤くしてぶっきらぼうに返事をした。
ヴァルトラーナお父様はクラウディアお母様に、「まぁっ、ヴァルトラーナ。娘から大好きと言ってもらえて良かったですわね。だから、拗ねないでくださいませ。」とたしなめられていた。
「私は拗ねてなどいないし、喜んでなどいないとぞ」とクラウディアお母様を抱きしめながら、明らかに拗ねているヴァルトラーナお父様はまたぶっきらぼうに言っていた。
でも、そんなつれないことを言うヴァルトラーナお父様の耳がほんのり赤くて、嬉しそうにしているのは、レティーツィア達からはバレバレだった。まぁ、指摘はしないけどね。
そのあと、
「なっ! レティーツィア! いくらレティーツィアの父上とはいえ、私のレティーツィアが他の男に大好きなどと言うのは妬けるぞ! だめだぞ!」と、ハルトムートが騒いでいた。
だから、
「?どうしたんですか、ハルトムート。――私の1番はハルトムートですよ?」
と、レティーツィアはハルトムートに照れながら伝えたのだった。
「なっ! レティーツィア、今の顔は最高に可愛かったぞぉお!」
レティーツィアは、ガハリと優しくハルトムートに抱きつかれた。
ハルトムートの腕の中で、レティーツィアは言いようのない幸せを感じていた。
ハルトムートが正式なレティーツィアの婚約者として認められました。(2人とも、おめでとう!)
誰もがこんなに簡単にハルトムートとレティーツィアの婚約を受け入れているのは、レティーツィアのためだからです。(本来であれば、王位継承者で時期女王となるレティーツィアの婚約者には簡単に決まりません。ハルトムートがレティーツィアの命の恩人だということも関係してますが、やはり1番はレティーツィアのためを思ってすんなり婚約が許可されたのです。)
ヴァルトラーナお父様やクラウディアお母様、ベネディクトお兄様、レティーツィアの側近達も、一度レティーツィアを死なせてしまったときの後悔がありました。 愛するレティーツィアを失ってしまったと知った時、彼らは言いようのない後悔をそれぞれ抱きました。 そして、レティーツィアをもっと笑顔にして幸せにできればよかったと思ったのです。
ハルトムートの横にいるレティーツィアは、他の誰にも見せられないような肩肘を張っていない素の表情なんです。家族や側近の前ですら、レティーツィアは王位継承者の王女であり時期女王としての顔を見せています。そのレティーツィアがハルトムートの前でだけ、誰にも見せたことのない幸せそうな蕩けそうな顔で過ごせているのを見た時に、誰もが無意識のうちにハルトムートのことを受け入れていました。
それに、レティーツィアとハルトムートの2人とも気付いてないみたいですが、他の人から見れば2人ともお互いのことを長年連れ添った夫婦のように信頼し合った態度なんです。
特にハルトムートは、レティーツィアのことをずっと見つめているので、誰から見てもレティーツィアのことが好きなことはバレバレですからね (笑)




