ノブレス・オブリージュの日
ギーゼラ、アードルフ、オーブリーといった他の護衛騎士達と合流したレティーツィアは、お互いの状況を尋ねあって把握することにした。
けど、それは次第にレティーツィアが質問するよりも側近達からの質問が多くなり、最終的に質問責めにあっていた。
まぁ、それもそうだ。
側近達からしたら、いきなり死んだことになっていた私がどうして今ここにいるのか、それにさっき使った『精霊魔法』とか、行方不明の間のこととか、もろもろ聞きたいことだらけだろうからね。
「―――――というわけで、ハルトムートと一緒に急いでカシノニア王国に帰ってきたわけです。」
「なるほど、そんなことがあったんですねぇ〜。精霊魔法など聞いたことがありませんが、先程、レティーツィア様が使ってらっしゃった力を見せられては信じるしかないですねぇ。」
ん? 意外や意外。
いつもふざけてばかりいた護衛騎士のオーブリーは平然とした口調で頷いていた。
あれ?
こんな、とんでも話は信じてもらえないかもしれないぞ、って覚悟してたんだけど……
杞憂だったかな?
私がオーブリーの反応に感心していると、「れ、レティーツィアが、精霊魔法? 黄金竜の、ハルトムート様? 」「3日が3ヶ月だと? そもそも時間の流れが違うとはどういうことなのだ……!」と、ギーゼラとアードルフが唸っていた。
あぁ、うん。これこれ!
私が期待してたのはこの反応だよ!!
『精霊魔法』とか『時間流れが違う』とか、そんなとんでも情報に驚かないなんて、あるわけないよね〜
ただ、オーブリーはどうして驚かないのだろうか……
「オーブリー、あなたは驚かないのですか?」
「えぇ、私はこれくらい平気ですね。私の女神に等しいレティーツィア様が亡くなられたと知らされる衝撃に比べれば、これしきねぇ〜。私の世界から女神が消えたことに比べればこんなこと、ですよ。
精霊魔法や竜なんて、なんのことはないですね。」
………うっ。
オーブリーの私への異常な愛は前から知ってたけど、こうやってサラリと言われるとなんだか複雑な気持ちになるね。
嬉しくないわけではないが、素直に喜びにくいというか、なんというか。
「……そうですか。私の突然の不在で迷惑をかけてしまいすみませんでした。
ところで、あなた達が言っていた急遽、王城に戻らなくてはいけなくなった理由はなんですか?ハイデマリーも国境沿いにいるあなた達の監視のみで、国境沿いから大きく動かなければ攻撃の指示は出してこなかったのではないですか?」
敢えて、オーブリーの発言には深く触れずに流して、私は気になっていたことを尋ねた。
「それは、ハイデマリーとヴァルトラーナ国王の婚姻をやめさせるためです。私たちは、ハイデマリーがこのカシノニア国の王妃になるのを阻止するために動くのです!」
私の話の衝撃から立ち直ったアードルフが力強くそう話した。
アードルフの横で、ギーゼラもうんうん、と頷いて同意を示している。
オーブリー? オーブリーは、相変わらず私を愛おしそうな目で見つめてきてるけど、敢えてその視線は気づかないふりをして無視してるよ?
「ハイデマリーが王妃?それは、不可能なのではないですか?
ヴァルトラーナお父様が、ハイデマリーを愛す筈がありませんし、王妃はクラウディアお母様が既にいますよね?」
「レティーツィア様……落ち着いて聞いてくださいませ。
クラウディア王妃、並びに兄上のベネディクト様は死亡が確認されています。」
ギーゼラがとんでも発言をした。
やっぱり、クラウディアお母様とベネディクトお兄様はあのときに……
「っ………!」
「そして、カシノニア王国の公式発表ではクラウディア王妃とベネディクト様を殺められたのは、レティーツィア様ということになっています。レティーツィア様は、その現場をヴァルトラーナ国王とハイデマリー様に見つかってしまい、逃亡して崖から落ちて亡くなられた、ということで片付けられておりまして……」
「そんな…………」
私は、クラウディアお母様とベネディクトお兄様を殺してなんかない!
それに、私が崖に落ちたのはハイデマリーのせいなのに!
「それから、側近のことなのですが。今ここにいない側近は、離脱もしくは戦死をとげました。護衛騎士は傷を負ったものはいますが、この通り存命です。ですが、王城にいた側仕えと文官の被害は甚大です。側仕えではギーゼラのみしか生き残りませんでした。また、文官も生き残りはエイバルのみですが、すでに私達からは離脱して、……………ハイデマリーの元にいるかと。」
「! そう、なのです、ね……。わたくしのせいです。もっと早くハイデマリーの正体に気づいていれば――」
私にはショックだった。
心のどこかでまだ信じていたクラウディアお母様やベネディクトお兄様の死に加えて、側近の死。
なぜそんな酷いことをしたのか理解できない。
と、同時に、自分と同じ王家の人間なのにここまで大胆で残虐なことができるハイデマリーが憎かった。
綺麗事を言おうとしても、レティーツィアの心の中は悲しみでいっぱいになった。
「レティーツィア様。ご自分を責めないでください。悪賢いハイデマリーの正体は誰にも暴けないほど完璧な演技でした。あの演技は、ハイデマリー以外誰にも暴けません。ですが、今は状況が違います。レティーツィア様が戻ってらっしゃったのですから!」
「………アードルフ、私が戻ってきたから、どうだというのですか?クラウディアお母様もベネディクトお兄様も、パウラ、リタ、他のみんなも、もう…………もうどこにも…………」
レティーツィアは、ハイデマリーのせいでいなくなった人、そして自分が気づかなかったせいで助けられなかった人を思うと、やらせない気持ちになった。
「レティーツィア様、酷なことを言うようですが、それでも立ち上がってもらわなければなりません。」
「………」
アードルフがレティーツィアに事実を淡々と告げる。
「レティーツィア様が悲しいのはわかります。ですが、レティーツィア様が去られた後のこのカシノニア王国の現状は酷いものなのです。
たった3ヶ月だけレティーツィア様が不在となり、そのあとはハイデマリーにカシノニア王国が乗っ取られました。深刻な不作が続き、国民は食べるものがなくなり生活に困るほど、明らかにこの国は荒れています。」
「…………」
「あなたは、……私の主は、このカシノニア王国の惨状を見て、見て見ぬふりができるのですか?」
「……………」
俯くレティーツィアを、アードルフは真剣な眼差しで見つめて問うてくる。
レティーツィアは、覚悟していたとはいえ家族や側近の死に直面することになって辛かった。
ある程度予想はしていたけど、身近にいた人の死はレティーツィアには辛すぎた。
だから、何も考えたくなくなった。
アードルフの言うことはもっともな事だ。わかってる。
目を背けちゃいけない。
レティーツィアが知っている記憶の国境沿いのこの場所ですら、田舎だったがこんな砂漠のような場所ではなかった。緑の豊かな、自然あふれる場所だったはずなのだ。
どう考えても、この荒れ果てているような、寂れた場所なんかじゃなかった。
今のレティーツィアの気持ちは辛い。
けど、アードルフや側近達の話を聞いて、今のままのままではカシノニア王国はダメになってしまう、それはレティーツィアも思っていたことだった―――
「レティーツィア様、わたくしからもお願いです!
今、ハイデマリーからカシノニア王国を救えるのは、レティーツィア様だけなのです!正当な王位継承者で、次期女王予定者のレティーツィア様なら、この酷い状況は覆せます!」
「………」
アードルフに続いてギーゼラもレティーツィアに話した。
レティーツィアに、『カシノニア王国を救ってくれ』、と言う。
「アードルフとギーゼラの言う通りです。食料不足で、国民は食べるものすらなく無くなっているのに、カシノニア王国は国民の救済措置を取ろうとすらしていない。国民あってこその国です。なのに、ハイデマリーはどうやったのかわかりませんが実質権力を乗っ取り、ヴァルトラーナ国王との結婚のことばかり推し進めています。ハイデマリーが自らの私欲に走る間も、多くのカシノニア王国の国民の命は失われているのです。」
「…………」
「我が女神であるレティーツィア様が辛いのはわかります。
ですが。どうか今一度、カシノニア王国にお力をお貸しください。
『女神の生まれ変わり』と呼ばれ、カシノニア王国の国民を心から愛した正当な王位継承者であるレティーツィア様しか、もはやこのカシノニア王国を救えないのです……!!どうか、女神の慈悲を。」
「………あなた達は、わたくしに最悪の場合はヴァルトラーナお父様を討つことも覚悟しろ、と言いたいのですね?」
気持ち悪い女神だのは抜きにしても、オーブリーの言うことは正しい。
わかってる。
でも、また私が選択を間違えたら……?
また間違えちゃったら、今目の前にいてくれる、アードルフやギーゼラ、オーブリーを、カシノニア王国を救う前にハイデマリーに負けて失ってしまうかもしれない。
それに、私がこの状況で立ち上がるということは、………場合によってはカシノニア王国を顧みない残された家族であるヴァルトラーナお父様を、レティーツィア自身の手で粛清しなければならない、ということだろう………
そんなことを考えたら、レティーツィアは怖くなった。
「………っ!そうです。レティーツィア様、今のままではカシノニア王国は終わってしまいます。ハイデマリーがヴァルトラーナ国王と結婚し、正式なカシノニア王国の王妃となれば、ますます国民は使い捨てられて多くの命が奪われてしまいます。それを覆せるのは、もはやこのカシノニア王国ではレティーツィア様のみです。」
「………」
「カシノニア王国の他の有力な貴族達も、ハイデマリーの権力に屈してしまって、ハイデマリーを討つ者はいません。他国も、カシノニア王国の滅亡を見ても助けようともしません。いえ、むしろ、カシノニア王国の国力が弱まったら侵略してくる気でいます。
このままでは、だめなのです。我々は、カシノニア王国の国民は、レティーツィア様を必要としています!
お願いです、レティーツィア様!我ら『カシノニア王国の女神』になって下さい!」
「…………!!」
そう言うと、アードルフはレティーツィアの足元に跪いた。
そして、跪くアードルフに続くようにギーゼラやオーブリー、他のみんなも跪き出した。
「そ、そんな。みんな、立ち上がってください!こんな場所に跪いては、服が汚れてしまいます。」
「いいえ。我が主、レティーツィア様が頷いてくれるまで、立ち上がりません……!」
アードルフは跪いたまま、強い目つきでレティーツィアに言った。
「いえ、だから……」
「………」
真剣にカシノニア王国の現状や未来を語り、跪くアードルフの様子に、レティーツィアは言葉が詰まった。
レティーツィアはハイデマリーを討つ覚悟はあったが、まさか今のカシノニア王国の現状までは予測できていなくて。
だから、まさか、実の父の、ヴァルトラーナお父様を討たなくてはならないかもしれないなんて考えていなかったのだ。
「む?レティーツィア、困っているのか?それなら、其奴らも私が縛って大人しくしてやろうか?」
「ハルトムート、そんなことをしてはだめですよ!彼らは私の側近達です。家族ではないですが、何よりも私のことを考えてくれて、私の大切な存在なんですから。」
「そうか?」
「そうです!大丈夫です。彼らが私を傷つけることはありませんから、話が終わるまで大人しくしててください。彼らを傷つけてはいけませんからね。」
「う、うむ。わかったぞ?このハルトムートにわかせておけ。」
レティーツィアが困っていると思ったのか、ハルトムートがアードルフ達側近を排除しようかと提案してきた。
私が困ってると思って提案してくれるのはわかるけど、やめて!
いきなりアードルフ達、私の側近を攻撃せずに確認してくれるのは助かるけど、排除なんてしないで。
私は、私の側近達が大切なんだよ。
幼いときからずっと一緒にいてくれて、私のためを思って行動してくれるのはわかってるんだから。
たとえ今回、私の側近達がハイデマリーと私のヴァルトラーナお父様が結託していた場合、カシノニア王国と国民を守るためにヴァルトラーナお父様を討つことを求めてきたとしても………
辛いけど、アードルフ達側近の言う通りだってわかる。
―――『ノブレス・オブリージュ』
私がヴァルトラーナお父様から教えられた言葉の1つだ。
『貴族や王族がその高い位に過ごすなら、それに応じて果たさないといけない責任と義務がある。』
今のカシノニア王国は酷い。
あんなにカシノニア王国思いだったヴァルトラーナお父様がどうしてこんな酷い政治をしているのかはわからない。
ただ私には、ヴァルトラーナお父様がカシノニア王国と国民より、ハイデマリーとの結婚という私欲に走っているようにしか見えない。
それはだめだ。
大好きなヴァルトラーナお父様でも、
『ノブレス・オブリージュ』を果たさず、私欲だけに走るのなら、
それはだめだ。
ただ1人残された家族でも、それはだめだ。だめなんだ。
もしヴァルトラーナお父様がハイデマリーと一緒になって間違ったことをしてるなら、私が、………私が、立ち上がるしかないんだ………
「……………わかりました。
私は立ち上がります!
カシノニア王国の次期女王予定の王位継承者で、そして女神の生まれ変わりと言われた私が、このカシノニア王国を救います……!」
「「「「「「 はっ!!!!! 」」」」」」
レティーツィアが覚悟を決めた顔で宣言した。
すると、跪いていたアードルフやギーゼラ、オーブリーや他のレティーツィアの側近達は素早く返事をした。
レティーツィアとアードルフ達側近が覚悟を決めて宣言した。
ここから、カシノニア王国は生まれ変わることになる。
――――のちの世では、この時のことは伝説となり、
『ノブレス・オブリージュの日』と呼ばれることになる。
―――――
だが、そんな伝説の『ノブレス・オブリージュの日』には、裏話がある。
レティーツィアやアードルフ達側近の覚悟の宣言の横では呑気なハルトムートの声が響いていたというのだ。
「私のレティーツィアが構ってくれないぞ〜」
つんつん。
縛って転がしてある、王城騎士を暇そうなハルトムートがつつく。
「いたっ、痛いぞ!」
「レティーツィアを独占するなんて嫌な奴らだ。だが、レティーツィアは彼奴らのことを排除してはいけないと言うしな〜」
つんつんつんつん。
「痛い、痛いと言っているだろうが!私は王城騎士なのだぞ!
この私を縛ってただで済むと思うのか!」
「私はレティーツィアに話しかけたいのだがな〜。だが、何やらレティーツィアは彼奴らと大切な話があるようだしな〜」
「おい、お前聞いているのか?!!私をつつくな!痛いだろうが!」
「レティーツィア、私にも構ってほしいのだがな〜」
「痛いと言っているだろうが〜!話を聞け〜!」
「レティーツィアぁ〜」
つんつんつんつんつんつんつんつんつん……―――
伝説の『ノブレス・オブリージュの日』の横では、レティーツィアに構ってもらえないと、いじけて王城騎士をつつくハルトムートの姿があったとか。




