飛行魔法と尻尾振り
(……ハルトムートは何を言っているのだろう?)
レティーツィアは右腕を振り落とすのをやめて、ハルトムートを信じられないといった驚愕に満ちた目で見つめた。
そんなはずはない。
……そんなはずはないのだ。
ハルトムートだって、精霊魔法を使うときに尻尾を縦に振っていたではないか。
レティーツィアは人間だから尻尾はない。
だから、尻尾の代わりにレティーツィアが右腕を振っているのは間違ってはいないはずなのだが……。
やはり、腕の振り方が悪いのだろうか。
それとも、そもそも右腕だけではなく両腕で振り落とす動作をしなければならなかったとか……?
まさか自分の飛行魔法を使う方法に間違いなどないはずだと、なぜか自信満々であったレティーツィアは度肝を抜かれたような心地で何がダメだったのだろうかと思案した。
「レティーツィア。
精霊魔法を使いたいのなら、精霊との意思疎通とイメージ力が最も大事なことなのだ。」
「……?
精霊との意思疎通とイメージ……ですか?」
「あぁ、そうだ。
レティーツィアがやっていたような身体を動かすことが重要というわけではないのだ。
精霊との意思疎通とイメージが大切なのだ。」
精霊との意思疎通なんて言われてもレティーツィアにはわからない。
レティーツィアの中ではハルトムートが精霊魔法を使うときに尻尾を縦に振っていたのが気になってしょうがないのだ。
(大事なのは精霊との意思疎通とイメージだなんていうけど、ハルトムートが尻尾を縦に振ってたのは関係ないのかな。 ハルトムートはいつも尻尾を縦に振ってたじゃない。)
「……あなたが精霊魔法を使うときに尻尾を縦に振っているのは関係ないんですか?」
「む? 私の尻尾か?
あぁ……、あれはな。
あれは、精霊魔法とはそれほど関係はないのだ。
そうだな、あれは……あれをすると私が精霊魔法を使うときに気合いが入るのだ!」
「……」
…………は?
気合いが入る、だって……?
聞き間違いかな?
今、レティーツィアの耳にすごくおかしな単語が聞こえてきた気がする。
「私が精霊魔法を使うときに尻尾を縦に振る必要はないのだが、なんというかカッコいいし気合いが入るだろう?
私も初めは普通に尻尾を振らずに精霊魔法を使っていたのだがな、やはり土の精霊王として威厳を出すためにも竜の姿でどうしたら良いか追求した末に遂にこの尻尾振りをあみだしたのだ!
そうして時間が経つとともに、なんだかな……尻尾を縦に振らないといまいち気合いが入らなくなってしまってだな……。
だが、私の尻尾の縦に振っている様は威厳に満ち溢れてカッコいいだろう?」
ハルトムートは胸を張って誇らしげに言ってくる。
(……聞き間違いじゃなかったのね。 気合いが入るってなんだそれ。 ……紛らわしすぎるだろう。)
ハルトムートの威厳だかカッコいいだかを出すために尻尾を縦に振ることを続けたことで気合いが入るのかどうかは、レティーツィアにとってこの際もうどうでもよかった。
レティーツィアにとって重要なのは、ハルトムートの気合いが入るとかいうくだらないようなことをレティーツィアが精霊魔法の見本というか参考にしてしまったことだ。
つまり、レティーツィアが何度もブンッ!ブンッ‼︎とやってきた右腕の振り落としの動作は精霊魔法を使うためには全く必要なかったのだ。
なるほど、そりゃ飛行魔法が発動しないわけだ。
(……ハルトムート、あなた紛らわしいことしてるんじゃないわよっ!)
レティーツィアがハルトムートへの怒りというか脱力感というか、とにかく溢れそうな感情を抑え込んでいるときにハルトムートがまた余計な一言を言ってきた。
「む? レティーツィア。
もしや、其方も私の尻尾振りに憧れているのか?
私は寛大だからな、其方が私の尻尾振りを真似したいというならば許してやるぞ!」
「……」
どうだ! 私は優しいだろう?と言わんばかりの目で相変わらず誇らしげに胸を張っているハルトムートを見て、レティーツィアはふぅと小さくため息をついた。
「……ありがとうございます。
ですが、私は結構です。
私は普通の精霊魔法の使い方ができればいいです。」
「そうか?
まぁ、レティーツィアがそれでいいのなら私は良いが、遠慮はしなくてもいいからな!
なんといっても私たちは婚約者同士なのだから遠慮はいらないからな!
ハハハハハッ!」
機嫌良さそうに笑うハルトムートと対照的にレティーツィアの表情は優れなかった。
(遠慮なんかしてないし、それに私たち人間と竜じゃない。 婚約者だなんていわれても、現実問題的に不可能なのよ。)
レティーツィアはハルトムートのことより、これから精霊魔法を使うための精霊との意思疎通とイメージの方へ気持ちを切り替えた。




