第七章 全員まとめて、地獄へどうぞ
「さて、お父様」
リゼロッテは父に向き直った。
「次は、お父様の番ですね」
「な……何を言っている!」
「こちらをご覧ください」
魔導鏡に、新しい書類が映し出された。
侯爵家がこれまで販売した星灯炉の記録。
売上総額。
そして、発明者の署名を偽造した製造許可証。
「こ、これは……!」
「私が許可したのは、屋敷で使用する十基だけです。ところがお父様は、私の署名を偽造して、五千基以上を販売しました」
「それは……家族のものだから当然だ!」
「残念ですが、発明権は個人に帰属します」
リゼロッテは微笑んだ。
「お父様は、王国法で定められた発明権侵害と文書偽造を犯しています」
「馬鹿な! 娘のものは父親のものだ!」
「それ、法律のどこに書いてあります?」
「親に逆らう気か!」
「はい」
「なっ……!」
「五歳の頃から、ずっと逆らわずにきましたから」
リゼロッテは、ゆっくり首を傾げた。
「もう十分でしょう?」
ロルフの顔が真っ赤になった。
「この恩知らずが!」
「恩?」
「誰がお前を育てたと思っている!」
「亡くなった母と、乳母と、侍女たちですね」
「わしが養ってやったんだ!」
「いいえ」
リゼロッテは指を一本立てた。
「私が十五歳から考案した魔導式のおかげで、侯爵家には毎年、莫大な収入がありました」
一本、指を増やす。
「屋敷の暖房も、給水設備も、領地の灌漑施設も、私が設計しました」
さらに一本。
「お父様の借金の利息も、去年まで私の発明による収入から支払われていました」
さらに一本。
「それから、私の母の遺産。お父様は後見人という立場を利用して、無断で処分しましたね」
ロルフの顔が青くなる。
「なぜ……それを……」
「母の遺産目録と銀行の入出金記録が一致しなかったので、調べました」
「…………」
「お父様」
リゼロッテは、心底不思議そうに尋ねた。
「どうして、そんなに悪事の帳簿を残すんです?」
(せめて燃やすとか、考えなかったんだろうか)
ロルフは震え始めた。
そのとき、クロードが一歩前に出た。
「ロルフ・グランフェルト侯爵。あなたには発明権侵害、詐欺、私文書偽造、慈善事業への補助金の不正流用、監督責任違反など、複数の容疑があります」
「ふ、ふざけるな!」
「すでに令状は発付されています」
「わしは侯爵だぞ!」
「存じています」
クロードは冷たく答えた。
「王国法は、侯爵にも適用されます」
「陛下! 陛下、お助けください!」
ロルフは国王の前に這いつくばった。
しかし国王は、厳しい顔をしていた。
「グランフェルト侯爵。そなたには失望した」
「へ、陛下……!」
「国民の生活を豊かにするはずの技術を、私利私欲のために悪用したのか」
「違います! これは娘の陰謀です!」
「……まだ言うか」
国王は立ち上がった。
「王立監察局。捜査を徹底せよ。身分による特別扱いは認めぬ」
「承知いたしました」
ロルフは、その場に崩れ落ちた。
リゼロッテは小さく頷いた。
(よし。一人目)
「ま、待って!」
次に叫んだのは、義母のベアトリスだった。
「わたくしは何も知らないわ! 全部、夫がやったことよ!」
「お義母様」
リゼロッテは優しく声をかけた。
「まだ、あなたの話はしていませんよ?」
「……え?」
「これからです」
ベアトリスの顔が引きつった。
リゼロッテは、別の帳簿を映し出した。
「こちらは、王都の孤児院に寄付された慈善基金の収支記録です」
観客席がざわめく。
「孤児院?」
「そういえば、ベアトリス夫人は慈善活動で有名だったな」
「毎年、舞踏会を開いて寄付を募っていたはずだ」
リゼロッテは頷いた。
「はい。昨年だけでも、金貨二千枚以上の寄付を集めています」
「そ、それがどうしたというの!」
「ところが、実際に孤児院へ届けられたのは、金貨百二十枚だけでした」
沈黙。
「残りは?」
誰かが尋ねた。
「お義母様の宝石とドレスになりました」
リゼロッテはベアトリスの胸元を指差した。
「ちなみに、今つけている首飾り。金貨三百枚ですね」
「……!」
「その耳飾りは百二十枚」
「…………!」
「髪飾りは八十枚。靴は――」
「もうやめて!」
ベアトリスが絶叫した。
リゼロッテは首を傾げる。
「どうしてですか? まだ半分も紹介していないのに」
(せっかく一覧表まで作ったのになあ)
観客席から怒号が上がった。
「孤児院の金を盗んだのか!」
「なんて女だ!」
「慈善舞踏会では、涙を流しながら演説していたくせに!」
ベアトリスは震えながら後ずさった。
「ち、違うの! これは、その……!」
「お義母様」
リゼロッテは静かに言った。
「冬になると、孤児院の子供たちが寒さで震えているのをご存じでした?」
「…………」
「屋根の修理費がなくて、雨漏りする部屋で寝ていた子供もいました」
「そんなこと、わたくしは……」
「知らなかった?」
「そうよ!」
「でしょうね」
リゼロッテの笑みが消えた。
「だって、お義母様は一度も孤児院に行かなかったもの」
冷たい沈黙が落ちた。
「寄付金を集める舞踏会には、毎年出席なさったのに」
「…………」
「ドレスを買うお金はあっても、子供たちに毛布を買うお金はなかったんですね」
ベアトリスは何も言えなかった。
「ちなみに」
リゼロッテは、にっこり笑った。
「私が修理費を出して、孤児院の屋根は先週直しました」
「……え?」
「暖房も設置しました。もちろん、安全装置つきのものです」
観客席から、小さな拍手が起こった。
やがて、それは大きな拍手になった。
ベアトリスは、憎悪に満ちた目でリゼロッテを睨んだ。
「この……恩知らず!」
「はい?」
「わたくしが、どれだけあなたの世話をしてやったと!」
リゼロッテは三秒考えた。
「ええと」
指を折って数える。
「食事を抜かれたのが、百三十二回」
「……!」
「冬に暖房を止められたのが、四十七回」
「…………!」
「ドレスを破られたのが、二十一着」
「だ、黙りなさい!」
「階段から突き落とされたのが三回。物置に閉じ込められたのが十二回。それから――」
「黙れええええっ!」
ベアトリスがリゼロッテに飛びかかった。
しかし。
「おっと」
リゼロッテが指を振った。
床に銀色の円が浮かぶ。
ベアトリスの足元だけが、つるりと滑った。
「ひゃああっ!」
どすん!
義母は見事に尻餅をついた。
しかも、豪華なドレスの裾が頭にかぶさる。
「い、いやあああ! 誰か助けて!」
(あらまあ。自慢のドレスが、立派な袋になりましたね)
クロードが咳払いをした。
肩が震えている。
どうやら笑いを堪えているらしい。
「ベアトリス夫人。慈善基金の横領について、正式な捜査を行います」
「い、いやああああっ!」
監察官たちが彼女を連行していった。
リゼロッテは、すっきりした顔で息を吐いた。
(二人目、終了)
「待てよ!」
突然、ダリオが叫んだ。
「俺は関係ない! 姉貴の復讐なんかに付き合ってられるか!」
彼は腰の魔剣を抜いた。
「道を開けろ!」
クロードが動こうとする。
しかしリゼロッテは、片手を上げて制した。
「大丈夫です」
「ですが」
「弟のことは、姉が始末します」
ダリオが鼻で笑った。
「はっ! お前みたいな魔力ゼロが、俺に勝てるとでも?」
「うん」
「何だと!?」
「勝てるけど」
リゼロッテは面倒そうに言った。
「剣を振り回さないといけない?」
「なっ……!」
「疲れるから嫌なんだけど」
ダリオの顔が真っ赤になった。
「この無能があああっ!」
魔剣が振り下ろされた。
轟音。
刃から青い炎が噴き出す。
しかし。
「はい、没収」
リゼロッテが指を鳴らした。
ぱきん。
剣の刻印が砕け散った。
魔力を失った魔剣は、ただの鉄の棒になった。
「……は?」
「もともと、私の術式だから」
「な……!」
「危険だから作るなって言ったでしょう?」
リゼロッテはもう一度指を振った。
「拘束」
床から銀色の鎖が飛び出した。
ダリオの手足に絡みつく。
「うわああああっ!」
どしん!
彼は床に転がった。
「な、何だこれ! 外れない!」
「そりゃ、外れないように作ったからね」
「卑怯だぞ!」
「剣を持って姉に襲いかかった人が、何を言っているのかしら」
リゼロッテはしゃがみ込んだ。
「ダリオ」
「な、何だよ!」
「あなたが盗賊団に売った魔剣、覚えてる?」
「…………」
「三十七本。そのうち十一本が、実際に襲撃に使われたそうよ」
「し、知らねえよ!」
「ええ。知らなかったかもしれないわね」
彼女は静かに続けた。
「でも、国境の盗賊団だと知っていて売ったのよね」
「金が必要だったんだ!」
「そう」
「俺だけが悪いわけじゃねえ!」
「そうね。お父様も悪いし、買った盗賊たちも悪い」
リゼロッテは微笑んだ。
「だから、全員まとめて裁かれるの」
ダリオの顔から血の気が引いた。
「……やだ」
「え?」
「嫌だ! 牢屋なんか行きたくねえ!」
「今さら?」
「姉貴! 助けてくれよ!」
リゼロッテは立ち上がった。
「ごめんなさい」
一瞬だけ、優しい声になった。
「もう、あなたのために何かしてあげるのは、やめたの」
ダリオは泣き叫んだ。
「姉貴ぃぃぃっ!」
(……本当に、いつも声が大きいなあ)
リゼロッテは耳を押さえた。
(三人目)
残るはミレイユだった。
彼女は舞台の隅で、震えていた。
「お姉様……」
「何?」
「わ、わたくしたち、姉妹でしょう?」
「そうね」
「だったら、助けてくださるわよね?」
リゼロッテは首を傾げた。
「どうして?」
「だって! 姉妹ですもの!」
「…………」
リゼロッテは少し考えた。
「ミレイユ」
「は、はい!」
「あなた、私のお誕生日を覚えている?」
「……え?」
「誕生日」
「そ、それは……」
「知らないのね」
「…………」
「好きな食べ物は?」
「…………」
「好きな花は?」
「…………」
「私が、母を亡くしたのが何歳のときかは?」
ミレイユは答えなかった。
リゼロッテは、静かに微笑んだ。
「じゃあ、質問を変えるわ」
「……何?」
「私が描いた設計図、いくつ自分のものとして発表した?」
「…………」
「私のドレス、いくつ破いた?」
「…………」
「私が大事にしていた母の形見、いくつ捨てた?」
「…………」
「私を役立たずって呼んだ回数は?」
ミレイユは俯いた。
そして、突然叫んだ。
「だって!」
顔を上げた。
「だって、お姉様が悪いんじゃない!」
「…………」
「何でもできるなら、最初から言えばよかったのよ!」
リゼロッテは目を瞬いた。
「……なるほど?」
「お姉様が黙っていたから、わたくしが天才になるしかなかったの!」
「…………」
「わたくしだって、頑張ったんだから!」
リゼロッテは、しばらく妹を見つめた。
そして。
「ぷっ」
吹き出した。
「な、何がおかしいのよ!」
「ごめんなさい」
肩が震える。
「いやあ、すごいなあと思って」
「何が!」
「人の手柄を盗むことを、努力って呼ぶ人、初めて見たわ」
「……!」
リゼロッテは笑うのをやめた。
「ミレイユ」
「…………」
「私はね、あなたが本当に努力して、自分で発明するなら、いくらでも応援したわ」
「…………」
「でも、あなたがしたのは、人のものを奪って、自分を褒めさせることだけ」
ミレイユの唇が震えた。
「私の発明に自分の名前をつけて、私を馬鹿にして、危険だと教えても聞かなかった」
「…………」
「それで、失敗したら私のせい?」
リゼロッテは、小さく息を吐いた。
「都合がよすぎない?」
ミレイユはその場に崩れ落ちた。
「……嫌」
「…………」
「嫌よ……!」
ぽろぽろと涙が落ちる。
「わたくし、天才少女なのよ……!」
「違うわ」
「みんなが褒めてくれたのに……!」
「違う」
「わたくしには、何も……!」
リゼロッテは静かに告げた。
「そうね。これからは、自分の力で生きていくの」
それが、ミレイユには何より恐ろしい言葉だった。
今まで一度も、自分の力で何かを成し遂げたことなどなかったのだから。
「さて」
リゼロッテは家族全員を見渡した。
父は床に座り込んでいた。
義母は監察官に両腕を取られ、泣き喚いていた。
弟は鎖に縛られて転がっていた。
妹は舞台の隅で、ぼろぼろ泣いていた。
(……うん)
リゼロッテは満足そうに頷いた。
(大変よくできました)
クロードが隣に立った。
「終わりましたね」
「いえ」
「まだ何か?」
「最後に、一つだけ」
リゼロッテは家族に向き直った。
「お父様。お義母様。ミレイユ。ダリオ」
四人が顔を上げた。
「今まで、大変お世話になりました」
丁寧に一礼する。
「皆様のおかげで、私は一つ、大切なことを学びました」
ロルフが、かすれた声で尋ねた。
「な、何だ……?」
リゼロッテは、満面の笑みを浮かべた。
「馬鹿の相手は、時間の無駄だということです」
「リゼロッテぇぇぇぇっ!」
父の絶叫が、会場に響き渡った。
彼女はくるりと背を向けた。
「では、さようなら」
そして、もう二度と振り返らなかった。




