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いい子でいるのはやめました ~虐げられた天才令嬢は、家族全員に容赦のない報復を始める~  作者: みやこ


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第四章 復讐の準備は、効率よく





「まず、使用人たちを屋敷から逃がします」


リゼロッテは、クロードの執務室に大きな地図を広げた。


「全員ですか?」


「希望者は全員。給金の未払いがある者には、私から立て替えます」


「資金は?」


「あります」


「どのくらい?」


「金貨二十万枚ほど」


クロードが紅茶を吹きかけた。


「……二十万?」


「はい」


「侯爵家の借金の、倍以上ではありませんか!」


「そうですね」


「どこからそんな大金を?」


「組合に預けている発明使用料です」


リゼロッテは首を傾げた。


「使い道がなくて」


「使い道がない……」


「だって、お金を使うには買い物に行かないといけないでしょう?」


「……通販をおすすめします」


「何ですか、それ。素晴らしい」


クロードは額を押さえた。


どうやら、この少女の金銭感覚は少々おかしい。


いや、少々ではない。


「ともかく、こちらで手配します。使用人の保護先は?」


「王都西区に、私名義の小さな建物があります」


「小さな建物?」


「ええ。二十部屋ほど」


「それは一般的に小さな建物とは呼びません」


「そうなんですか?」


「そうなんです」


リゼロッテは少し考えた。


「じゃあ、中くらいの建物」


「そこではありません」


クロードは笑いを堪えた。


しかし、彼女の作戦は驚くほど緻密だった。


侯爵家の全使用人の名前、雇用期間、未払い賃金。


全員の家族構成。


保護すべき人間と、父の不正に加担している人間。


さらには、侯爵家の借入金と抵当に入っている財産まで、すべて整理してある。


「……これを一晩で?」


「はい」


「いつ眠ったんです?」


「二時間ほど」


クロードの眉間に皺が寄った。


「リゼロッテ嬢」


「はい」


「今夜は八時間眠ってください」


「復讐の途中なんですが」


「八時間」


「六時間」


「八時間」


「七時間」


「七時間半」


「……わかりました」


(この人、意外と頑固だな)


もっとも、リゼロッテは知らなかった。


クロードが彼女の帰宅後、監察局の職員たちを総動員して帳簿を精査し、徹夜するつもりだったことを。


彼はいつも、そういう男だった。


人には休めと言い、自分は働く。


(似た者同士とは、少々厄介なものですね)


書類を整理しながら、クロードは苦笑した。


その日の夕方。


グランフェルト侯爵邸では、大騒ぎが起きていた。


「なぜだ! なぜ銀行が融資を停止した!」


父ロルフが怒鳴る。


「それが……王立魔導師組合から、製品の安全性について調査が入ったと……」


執事が震える声で答えた。


「馬鹿な! あの製品はミレイユが発明したんだぞ!」


「ですが、登録された原設計図と異なる製品を販売していた疑いがあるそうで……」


「原設計図だと!?」


「それに、製造販売の許可契約にも問題があると……」


ロルフはテーブルを叩いた。


「誰がこんなことを!」


「さあ……」


その横で、リゼロッテは静かに紅茶を飲んでいた。


(私でーす)


もちろん口には出さない。


「ミレイユ! 何か心当たりはないのか!」


「ありませんわ! わたくしは天才ですもの!」


(天才なら、まず安全弁を外すな)


「お母様! 何とかしてください!」


「落ち着きなさい、ミレイユ。きっと誰かの嫌がらせよ」


(正解。嫌がらせというか、正当な権利行使だけど)


ベアトリスはリゼロッテを睨んだ。


「そういえば、あなた。今日はどこへ出かけていたの?」


「図書館です」


「また本? 本当に役立たずね」


「申し訳ありません」


「まさか、あなたが何かしたんじゃないでしょうね?」


リゼロッテは目を瞬いた。


「私が、ですか?」


「そうよ!」


「魔力ゼロで、古い魔導書を写すしかできない私が?」


「……そうね。あなたにそんなことができるはずないわ」


(助かるなあ、その評価)


ベアトリスは安心したように息を吐いた。


だが、そのとき。


「母上!」


ダリオが飛び込んできた。


「大変だ! 俺の魔剣が全部、差し押さえられた!」


「何ですって!?」


「違法な軍用魔導器の疑いがあるとかで、王立監察局の連中が!」


ロルフが立ち上がった。


「何を馬鹿な! ダリオ、お前、誰に剣を売った!」


「別に! ちょっと商人に!」


「どこの商人だ!」


「……国境の」


「国境?」


「ほら、最近、王国騎士団が討伐してる連中がいるだろ?」


沈黙。


「……まさか、お前」


「だって、金払いがよかったんだよ!」


(うわあ)


リゼロッテは思わず紅茶を置いた。


(思っていたより馬鹿だった)


ダリオは、彼女が安全上の理由から製作を断った軍用刻印を、古い試作品から勝手に模倣していた。


そして改造した魔剣を、国境地帯の武装盗賊団へ販売していたのである。


帳簿には、販売日と代金が記録されていた。


おまけに、剣の柄にはダリオ本人の商標まで刻まれていた。


(犯罪に自分の名前を彫るなよ)


「父上! 何とかしてくれ!」


「この愚か者が!」


ロルフがダリオを殴った。


「いってえ! 何するんだよ!」


「侯爵家を潰す気か!」


(もうすぐ潰れますが)


リゼロッテは残りの紅茶を飲んだ。


その日の夕食は、実に騒がしかった。


しかし、これでもまだ序の口だった。


夜。


リゼロッテは屋敷の裏手にある物置の鍵を開けた。


「エマ」


「……お嬢様?」


薄暗い部屋で、エマが顔を上げた。


頬は青ざめ、腕には鞭の痕が残っていた。


リゼロッテは、その傷を見て唇を結んだ。


「ごめんなさい」


「え……?」


「私がもっと早く、あの人たちから離れるべきだった」


「お嬢様、そんな!」


「でも、もう大丈夫」


リゼロッテは指先でエマの腕に触れた。


淡い金色の光が広がる。


傷がみるみる消えていった。


「……すごい」


「ついでに、疲れも取っておいたわ」


「お嬢様……」


「エマ。私と一緒に、あの家を出ない?」


エマは目を見開いた。


「本当ですか?」


「ええ。あなたのお母さんと弟さんも一緒に」


「でも、生活は……」


「家はあるわ。お給料も、今までの三倍出す」


「三倍!?」


「それから、週休二日」


「週休二日!?」


「残業代も払う」


エマの目から涙がこぼれた。


「お嬢様……!」


「どう?」


「行きます! どこまでもついていきます!」


「そんなに遠くには行かないけど」


リゼロッテは微笑んだ。


「ただ、これから少し騒がしくなるわ」


「何をなさるんですか?」


「家族に、今までのお礼をするの」


「お礼……?」


「ええ」


彼女は窓の向こうの侯爵邸を見上げた。


「一生忘れられないくらい、盛大にね」


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