カリナ、エレナに過去を語る
それから数時間、カリナはずっと教本と向かい合っていた。一字一句を丁寧に通読する。その表情は真剣そのものだ。
「頑張ってるね」
そう言いながらエレナが暖かいコーヒーを持ってきてくれた。
「はい、このやり方ならなんとか行けそうです」
「そうかい? でも無理は禁物だからね」
「はい」
エレナは自分の分のコーヒーも持ってきていた。カリナがコーヒーを飲み始めたのと同じタイミングでその隣に腰を下ろす。
「カリナ、1つ聞いていいかい?」
「はい」
カリナは何でも素直に〝はい〟と返事をする。これは彼女の人柄の特徴だった。
「あんた、なぜ〝勇者〟なんてやってたんだい?」
「それは――」
ほんの少しだけ逡巡した後に答えを口にした。
「剣に選ばれたんです」
「その聖剣だね?」
「はい」
レギオンブレイドにはエリュシオが宿っている。眼の前に居るので言葉を選びながら、カリナは語り始めた。
「レギオンブレイドには意志があります。そして長い戦いの中で志半ばにして倒れていた者たちを英霊として記録していきます。そして後々の戦いの中で英霊たちを召喚して彼らの持っている力を貸してもらうんです」
「亡くなった者たちの力を借りるということかい?」
「はい、だからこそレギオンブレイドに相性の良い人間が選ばれます。レギオンブレイドに選ばれた者は勇者であると同時に〝巫女〟なんです」
「シャーマニズムの世界だね」
「はい」
エレナの言葉にカリナは頷いた。
「レギオンブレイドの所有者である英雄が亡くなったり引退した時に次の所有者が選ばれます。様々な経緯の果てに数多くの人間の中からレギオンブレイドの力を最も強く引き出せたものが次の勇者として選ばれます」
「それがあんたかい」
「はい私が6つの時でした。魔族との戦争で両親を亡くしていた私は孤児院で暮らしていました。ある日、国境を越えて隣国の軍隊がやってきて孤児たちを集めると1人1人レギオンブレイドを握らせた。そして、反応の良い子供達は遠くの軍施設に連れて行かれた。それから何回も色々なテストの末に大勢の中から最後の1人が選ばれる」
「それに選ばれちまったのかい」
「はい。戦ったこともないのに有無を言わせず勇者になることを強要されました」
「拒否は?」
「武器をもった大人たちに囲まれては、たかだか6歳程度の子供にはどうすることもできませんよ」
「横暴だね」
「私たちの世界の国々でも有数の軍政国家です。非常に厳格なので他国からも疎まれてました」
「とんでもないところに連れて行かれちまったんだね」
「はい、そこから先は特訓と教育の毎日です。魔法学、精霊学、剣術、軍事戦略、語学、基礎鍛錬――軍人すら辟易する詰め込み教育です。教官によっては言われた通りにできないと殴る人もいました」
「逃げたいとは思わなかったのかい?」
「逃げ出したかったけど私の代わりはいないと言い聞かせて頑張ってきました。それに逃げた子たちは全て捕まりました。見せしめとして奴隷として売り飛ばされたと言います」
「奴隷――」
残酷極まる現実に流石のエレナも言葉を失う。
「中には気に入った子がいると男女構わずに物陰に連れて行く変態も居ました。理由はわかりますよね?」
エレナも同じ女だ。語られた状況の過酷さが身にしみてわかる。
「とんでもないところに生まれちまったんだね」
「はい――、でも、そんな状況を慰めて助けてくれたのはこの剣自身だったんです」
「剣が?」
「はい、レギオンブレイドには意志が宿っています。人工精霊のエリュシオがいるんです。何気ない時に話しかけた時、彼女は答えてくれました。辛いこと、嫌なこと、泣きたい時、くじけそうな時、迷っている時、寂しくて心が壊れそうな時、私はこの剣とそれに宿るエリュシオに励まされながら。今までやってきたんです」
「そして戦場の矢面に」
「私の役目は、魔族との戦いの中でその先頭に立って旗印となること。レギオンブレイドの使い手として英霊たちを召喚して、魔族に対抗するための抵抗軍を導く指揮官となること。つまり私は〝作られた英雄〟なんです。仮に途中で死んだとしても、すぐに代わりが用意されます」
余りに残酷にエレナも思わずカリナの手をそっと握ったのだった。




