エレナの心遣い
一番最初のファーストインプレッションをクリアしてカリナはまず胸をほっと撫で下ろした。初日のトレーニングを終えてジェイはアーセナルコマンドとしての事務手続きなどのためにイスタンボールの中央へと向かう、帰りは明日の午後になるだろうと言う。そんなジェイをカリナとエレナは2人だけで送る。その後、エレナの仕事の後片付けはなどを手伝いながらその日の夕暮れを迎える。夕食を2人で作り、言葉少なに穏やかに言葉を交わす。
「パン、焼けました」
「ありがとう、そっちに置いといてくれ」
「はい」
そして年の離れた女性二人での穏やかな夕食となる。その日の夜はリゾットと鶏のソテーとパンだった。
腹を満たしたあとに後片付けをして一息をつくカリナ、2階の生活スペースのリビングにてくつろいでいたが階下から声がする。それに気づいたのはエリュシオだ。
「マスター、エレナ様がお呼びです」
「わかったわ」
レギオンブレイドはリビングのソファに立てかけてあったが、癖であるかのように無意識に片手で掴むとそのまま一階へと向かった。
「エレナさん、何でしょうか?」
「来たね? こっちにおいで」
「はい」
カリナはそのままガレージの方へと呼ばれた。ハンガーデッキの有るガレージに隣接するデータルーム、ヴァンガードのコンピューターのプログラミング作業や、資料調べ、デスクワークを行うための部屋だ。その一角にある机のそばにエレナは佇んでいた。
「カリナ、これを預けるよ」
机の上に置かれていたのは3冊の大きな本だ。それを眼にしてカリナが問う。
「なんですか? その本は?」
3冊とも大きく、文字だけでなく図や写真が豊富に掲載されている。単なる書籍というよりは図鑑や辞書に近い。
「これはヴァンガードの基本教本だ。それと今回使用している機種グリーンドワーフの技術マニュアル、それとヴァンガードに関する一般技術読本」
「え? ヴァンガードについての――資料ですか?」
「あぁ、そうだよ。あたしが紙焼きして本の形に束ねた。本来はネットからモニターで見るんだが、あんたには紙の本の方が良いだろうからね」
「それはそうですが――」
おどろきつつ机の一つの席に腰掛けると渡された3冊の書物に目を通す。そのいずれもが比較的わかりやすい平易な言葉で書かれており、図やイラストや写真が豊富に掲載されている。ヴァンガードの基本教習工程のレクチャーが1冊に、機械としてのヴァンガードの技術的知識としての2冊、合計3冊だ。カリナはエレナを見上げた。
「これを読むんですか?」
「そう、丸暗記だ。人から言葉で教わるより、ここに書かれている文面をとにかく頭に叩き込みな。あんたみたいな子は案外こういう地味な方法の方が手っ取り早いだろうからね」
「うわ、かなり分厚いですね――あ、でも、要所要所をしっかりと突き詰めれば――うーん」
カリナが渡された本をめくる姿にエレナが尋ねる。
「出来そうかい?」
なるほど、言葉で繰り返し教わるより、こう言う文章や図面を主体にする方法の方がしっくり来そうだ。
「やってみます。可能性があるなら何でも」
「その意気だよ、頑張りな!」
「はい!」
「カリナ、ガレージの隅に机があるからそこを使いな」
「はい」
こうしてカリナは教本と首っ引きになった。エレナはそれを見守りながらもその場から立ち去ったのだった。




