訓練場のカリナ、その記憶
エージェントのルーカスによる尋問が終わった後、治安施設の保護房に戻された。だが、これまでの扱いと異なり、入り口ドアに鍵はかけられなかった。ただ、カリナとしては今ここから外に出る勇気はない。無理せず、簡素なベッドに身を横たえる。
「疲れた――」
今までよりも不安は和らいだが、代わりに重い疲労感が襲ってきた。
「あのルーカスって人、なんか堅いな――、まぁ、いかにも憲兵っぽい人だけど」
そう呟くと脳裏にあのジェイの人懐っこい顔が浮かぶ。
「――また、会いたいな」
ソルスター世界の戦場でもどっちにも似たような人は必ず居た。そして、それぞれに意味があった。だからこそ二人に対して親近感を覚えていた。
夕暮れすぎに女性の係員が訪ねてきてシャワーを勧められてお湯を浴びた。体に染みた疲れを流してベッドに戻ると寝具を被り眠りに落ちる。
カリナは夢を見ていた。忌まわしい記憶、懐かしい記憶。カリナは夢を見ていたのだった。
§
孤児院から無理やり連れ出され馬車に乗せられ3昼夜を経てたどり着いたのは、とある軍学校の訓練場だった。
「降りろ」
慈悲のない冷酷な言葉で馬車から引きずり出されると、兵士に囲まれ逃げられない状況で訓練場の施設の中へと連れて行かれた。
全員、服を脱がされ全裸で容赦のない身体検査をされる。そのあと、風呂で洗われ、清潔な服を与えられた。
孤児院では着回しの粗末な服に、使い古しのサンダル履きだったから、真新しい服も革製の靴も生まれて初めてだった。
そして最初に訓練場でやったことはお腹いっぱいご飯を食べること。
貧しい孤児院での生活では食事もないことはしょっちゅうだった。
「まずは3日間休息を与える。体の不調があれば申告しろ」
簡素な部屋が与えら、そこが寝泊まりする場所だとしらされた。1人用と言っても差し支えのない大きさだったが、強引に寝台を2つ並べている。そこにはすでにカリナより2つくらい上の年の少女が体を休めていた。
「あ、あの――」
カリナは恐る恐る声をかける。声に気づいてその少女は顔を上げて振り向いてきた。
「あ、新入りの子?」
体を起こした彼女は愛嬌のある顔立ちの栗毛の少女だった。
「あたし、リルケ、よろしくね」
「カリナと言います。よろしくお願いします」
状況が分からず怯えるばかりのカリナをリルケは手招きすると、近寄ってきたカリナをそっと優しく抱きしめた。彼女のその胸元には金色のチェーンが下げられている。それが妙に心に残った。
「怖いよね、何が何だか分からないよね」
「はい」
「でも今はあの連中の言うことを聞いてじっと耐えて! いたずらに抵抗すれば扱いは悪くなる。でも真面目に頑張れば、目をかけてくれる人は必ず現れる。いい? 分かった?」
「はい――」
まだまだ幼いカリナにはリルケの善意にすがるしかなかったのだ。気持ちも休まらぬまま4日目の朝が訪れる。4日目からは地獄が待っていた。
「お前達には訓練を受けさせる。拒否は認めん。脱走は処分対象となる。死にたくなければ命令に従え」
強面の上士官の男が告げた。数十人ほどが集められた訓練場の中ではカリナたちより同い年か少し年上の男女たちが早朝から軍事教練を受けさせれられていた。最初に始めたのは体力をつけるための基礎鍛錬だ。正規の軍属の少年兵として扱われ、走り込みから始まり筋力をつける基礎特訓、重い荷物を背負っての行軍訓練と続いた。
男女の区別もなく6歳足らずのカリナには虐待そのものでしか無かったが仕方が無かった。でも死にたくないから食い下がった。
そんな事が続いたある日、異変に気づいた。カリナはリルケに問いかけた。
「リルケさん、あの赤毛の女の子、どこに行きましたか? 姿が見えないんですけど」
「昨日、訓練を嫌がった子ね?」
「はい」
リルケと話しているとさらに2つ年上の男の子がこっそり教えてくれた。
「失格になったやつは売り飛ばされるんだ」
「え? 人間を? 売る?」
「ここはそういう所だよ。諦めることだね」
そう告げる男の子に顔に笑顔はなかった。怯えるカリナにリルケはその頭をそっと抱きしめて慰めるのだった。
武器を使う訓練、特に剣技は徹底的に仕込まれた。重い鉄剣を血豆が出るまで素振りさせられた。大人を相手に手合わせをした事もある。座学もある、軍事知識、魔法技術、徹底した冷酷極まりない英才教育だ。休みはほとんど無く毎日特訓が続く。
「また減りましたね」
「そうだね」
耐えられない子は一人、また一人と姿を消す。でもその頃にはカリナの心の中にも覚悟のような物が芽生えていた。共に暮らすリルケの助言や励ましも大きかった。
「頑張ろうね」
「はい」
カリナは必死に食い下がった。傷だらけになりながら。泥まみれになりながら。そんなある日、指導役の上等兵がカリナに尋ねてきた。
「お前は意外と根性があるな。泣いてばかりいたからすぐに消えると思ったんだがな」
厳格で厳しい指導をする人だったが、年端の行かない子供でもしっかりと向き合ってくれる人だった。だからこそカリナは思いを打ち明けた。
「死にたくないから。だって、お父さんとお母さんが自分の命を懸けて魔族から助けてくれた命だから」
「――そうか」
その人はそれっきり何も話さなかった。しかし戦闘訓練の時はカリナに徹底的に必要な事を叩き込んでくれた。厳しさの中に真剣さが伝わってきた。
「生き残りたければ強くなれ。理不尽だとは思うが、今の俺にはそうとしか言ってやることができない」
「はい」
彼の言葉に嘘偽りは無い。カリナはその教官をいつしか尊敬していた。
訓練に真剣に向き合い、少しづつだが確実に強くなっていく。辛いだけだった日々の中に喜びも見えてくる。それでも、どうしても聞きたいことがあった。
「教官」
「なんだ?」
「私たちはなぜ強くならないといけないんですか?」
「それはだな」
言葉が途絶える。迷っているのが解る。周囲に人目がないことを確かめて彼はそっと打ち明けてくれた。
「〝魔族〟と戦うためだ」
「え?」
一瞬、心が蒼白になる。
「まだ子供の私たちが?」
「そうだ」
それ以上は教えてくれなかった。尋ねてもいけないような気がした。これからの自分に何が降りかかるのか? 不安と恐怖しか感じられないのだった。
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