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水鏡のメアリー  作者: 風太郎
悪衆

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32/48

31 命令

 リチャードの報告が届いたとき、ウィリアム教区長は、ジョンからの最初の手紙と並べて読み返した。

 「白魔術の補助存在として扱っている」

 「村では“ラーチェさま”“床の神さま”と呼ぶ声があったが、順に訂正中である」

 ジョンの言葉。

 そして、リチャードの乾いた報告。

 「村人の口から“さま”という敬称が自然に出る程度には、信仰対象化の芽が存在」

 「司祭ジョンは、存在の危うさを認識しつつも“余裕”のためとして共存を選択」

 「現時点で、明白な異端行為は観察されず。ただし、“判断を先送りにしている”印象強し」

 ウィリアムは、指で机をとんとんと叩いた。

 「……異端の芽を見せぬか」

 低い声が、石の壁に吸い込まれる。

 ジョンが開き直ってくれれば、それはそれで扱いやすい。

 教義に反する宣言をし、ラーチェを“神”と認めるような言葉を残してくれれば、その瞬間に切り捨てる理由が揃う。

 だが、ジョンはそうしなかった。

 「危険を認めたうえで、村のために道具として扱う」

 その姿勢は、ウィリアムにとって、もっとも厄介なものだった。

 「自分の中で線を引いているつもりか」

 苛立ちが、胸の奥でじりじりと燃える。

 「教義の外にあるものを、教義の内に“暫定的に”据え置くなどと」

 ウィリアムは、リチャードの報告書を閉じた。

 代わりに、一枚の新しい羊皮紙を引き寄せる。

 羽根ペンの先に、たっぷりとインクを含ませる。

 宛名は、ベレスフォード領教会司祭 ジョン。

 「本部としての方針を明示せねばならん」

 苛立ちを押し殺すように、冷静な文字を並べていく。

 ラーチェを、本部の管理下に置く。

 そのために、ベレスフォードからの一時移送を命じる。

 調査の対象は、ラーチェそのもの。

 加えて、その周囲にいる者の影響も見る必要がある。

 「……監視役が要るな」

 ウィリアムは、さらりと書き加える。

 「司祭ジョンおよび見習いメアリーを同行させること」

 アリシアではなく、メアリー。

 若く、まだ完全に固まっていない信仰。

 ラーチェにもっとも近く、感情的な結びつきも強い者。

 「その目を通して見ることで、ラーチェの本性もまた浮かび上がる」

 そう考えた。

 ベレスフォード領の教会管理は、その間、別の司祭に一時的に預ける。

 「教会が空になるわけではない」

 村への配慮、という形を守りながら、ウィリアムは自分の思惑を押し進めていく。

 手紙の末尾に、厳格な言葉を添えた。

 「これは、教区の決定である」

 「速やかに従うことを求める」

 封蝋を押す。

 教会の紋章が、赤い蝋の上にくっきりと浮かび上がる。

 それを見届けながら、ウィリアムは小さく吐き捨てるように呟いた。

 「お前が敵でないというのなら」

 「自らの手で、それを証明してみせろ、ジョン」


 数日後。

 ベレスフォード領教会のもとに、教区本部からの封書が届いた。

 ジョンは、祭壇の脇でその封を切った。

 リチャードは、その場にはいない。

 村の外れで、別の災害跡を確認していると聞いていた。

 羊皮紙の文字を追うごとに、ジョンの表情が固くなっていく。

 最後まで読み終え、しばし無言で立ち尽くした。

 「……本部へ、移送」

 小さく呟いた声が、礼拝堂に落ちる。

 ラーチェを本部に送り、調べる。

 ジョン自身も同行すること。

 そして——

 「監視役として、見習いメアリーを連れてくるように」

 その一文。

 ジョンは、手紙を淡く握りしめた。

 「監視……」

 ウィリアムの意図は、痛いほど分かる。

 ラーチェの近くにいる者が、どのようにラーチェを見ているか。

 その目も含めて、「調べる」ということだ。

 「教会の管理は」

 そこまで読み進めて、ジョンの目が少し和らいだ。

 「一時的に、別の司祭を派遣し、引き継ぐ」

 村を、完全に無防備にはしない。

 それは、ウィリアムなりの「筋の通し方」だった。

 ジョンは、深く息を吐く。

 足元で、ラーチェが輪になっていた。

 黒い輪郭は、手紙の内容を知っているのかいないのか、いつも通り静かだった。

 「メアリーを、連れて行く」

 ジョンは、あえて口に出した。

 その言葉に、ラーチェの輪郭が、かすかに震えた。


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