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親父が魔王で何が悪い!〜七光り転生した俺は、実家のコネと権力をフル活用して異世界最強のスローライフを謳歌する〜  作者: 小林一咲


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ep.9

 魔王城の謁見の間に、かつてないほどの不快な魔力が満ちていた。それは親父の威圧的な力とも、リナリアの冷徹な魔力とも違う、粘りつくような、それでいて鋭い棘を孕んだ異質な力。昼寝を邪魔された俺は、不機嫌さを隠そうともせずにソファーから上体を起こした。

「ユハト様、申し訳ございません。この女、何らかの秘術を用いて結界を潜り抜け、強引にこの場へ立ち入りました」

 リナリアが剣を抜き、その切っ先を侵入者へと向けている。その後ろでは、勇者アリアも聖剣を構え、額に汗を浮かべていた。

「なによ、この魔圧……。今までの連中とは格が違うわよ」

 そこに立っていたのは、夜の闇をそのまま切り取って縫い合わせたような漆黒のドレスを纏った女だった。燃えるような真紅の瞳に、不敵な笑みを浮かべた唇。彼女は周囲の殺気を、まるで春風でも受けるかのように平然と受け流している。

「お初にお目にかかるわ、魔王の御子。私は東の魔女――エカテリーナ。この世界の『因果』を管理する者の一人よ」

 東の魔女と名乗った女は、優雅に一礼する。だがその所作には、相手を敬う気持ちなど欠片も感じられなかった。彼女の視線は、俺を射抜くように見つめている。

「因果? よく分からないけど、用件だけ手短に言って。俺、これから二度寝の予約が入ってるんだ」

 俺が欠伸をしながらそう答えると、エカテリーナはクスクスと喉を鳴らして笑った。その笑い声は、どこか冷酷な響きを帯びている。

「噂通りのボンボンね。親の七光りを傘に着て、神や勇者までパシリに使う傲慢な赤子。けれど、あなたのその幸運もここまでよ。私は、この世界の歪みを正しに来たの。本来、あなたのようなポンコツが座るべきではない場所に座っている、その間違いをね」

「ポンコツ、か。まあ、否定はしないよ。俺は努力なんて嫌いだし、誰かのコネで楽ができるならそれが一番だと思ってるから」

 俺はソファーに深く背を預け、彼女の言葉を淡々と受け止めた。すると、俺よりも先にアリアが激昂した。

「あんた、ユハトがどれだけデタラメなことをしてきたか知らないの!? 神様だって、天使だって、この男の理不尽に従ってるんだから! 今すぐ逃げなさい、死にたくなかったら!」

「あら、勇者ともあろう者が、飼い慣らされた犬のように吠えるのね。滑稽だわ」

 エカテリーナは一歩、また一歩と、こちらへ近づいてくる。

「神が従っているのではない、神を騙しているのでしょう? もしくは、魔王ガラムという絶対的な暴力を背景にした、ただの脅迫。けれど、私にはそんなものは通じないわ。私の術式は、個人の魔力量ではなく、その存在が持つ『真の価値』によって威力が決まる。中身が空っぽのあなたに、何ができるというの?」

 彼女が指先を鳴らすと、空間が歪み、無数の紫色の鎖が俺の周囲を取り囲んだ。

「ユハト様!」

 リナリアが動こうとしたが、エカテリーナが軽く手を振るだけで、四天王のリナリアですらその場に縫い止められた。

「動かないで。これは『真理の檻』。偽りの権力を剥ぎ取り、魂の重さだけで勝負させる領域よ。さあ、見せてごらんなさい、ユハト。親の脛を齧ることしかできないあなたが、この檻の中でどれだけ無力に泣き叫ぶのかを」

 エカテリーナの瞳が、勝ち誇ったように輝く。彼女は確信していた。この若造は、親父がいなければ何もできない、ただの無能だと。

「……魂の重さ、ね」

 俺は鎖に囲まれながら、ふと、前世の記憶を思い出した。ブラック企業で使い潰された日々。自分の価値を否定され、他人のために命を削り、最後にはゴミのように捨てられたあの人生。あの時、俺の魂は確かに軽かった。誰からも必要とされず、自分ですら自分を愛せなかったからだ。

 けれど、今は違う。

「エカテリーナさん。あんたは俺をポンコツだと言ったけど、俺にはあんたよりもずっと、重たいものが背中に乗ってるんだよ」

 俺は立ち上がり、ゆっくりと鎖に手を触れた。

「親父の期待。リナリアの忠誠。アリアの腐れ縁。セラフィムの愚痴。そして神様の安眠管理。……これら全部、俺という人間を信じて丸投げされた、究極の『コネ』なんだ。これを維持するのに、どれだけの面倒臭さと向き合ってるか、あんたには分かるか?」

 俺が鎖を握ると、パキパキと音を立てて紫色の光が砕け散った。エカテリーナの顔から、余裕の笑みが消える。

「なっ、なぜ……!? 私の檻を、ただの『握力』で壊すなんて……! あなたにそんな力は……!」

「力じゃないよ。これは『責任感の不在』がもたらす自由さだ。俺は自分の実力なんて一ミリも信じてない。だから、あんたの術式が狙う『プライド』や『価値』なんて、最初から持ち合わせてないんだ。俺が信じてるのは、俺を甘やかしてくれる周囲の連中だけだ」

 俺は彼女の目の前まで歩み寄る。エカテリーナは恐怖に顔を引きつらせ、再び魔力を練ろうとした。

「ま、待ちなさい! 私は東の魔女よ! この世界の理を――」

「理なら、もう俺のコネの中に組み込まれてるよ」

 俺は懐から、一枚の古いコインを取り出した。それは親父が昔、魔界の辺境で見つけたという、あらゆる魔法的干渉を無効化する『拒絶の硬貨』。親父はこれを「息子が寝る時の耳栓代わりに」と俺にくれたものだ。

「親父、出番だよ」

 コインを弾くと、そこに込められた魔王ガラムの残滓が、巨大な圧力となってエカテリーナを押し潰した。

「あああああ!? ま、魔王の魔力が……コイン一枚にこれほどまで……っ!」

「悪いけど、俺は敵対者に対しても自分では戦わないんだ。親父のコネがあれば、あんた程度の魔女、指一本動かさずに制圧できるから」

 エカテリーナは床に叩きつけられ、その強力な術式は霧散した。リナリアとアリアが自由を取り戻し、即座に彼女を包囲する。

「ユハト様、ご無事ですか!?」

「ああ。それよりリナリア、この人、ちょっと自意識過剰でうるさいから、城の地下にある『延々と自分の過去の失敗を聞かされる部屋』にでも入れておいて。反省したら、次は城の庭の雑草取りでもやってもらおうかな。天使たちの手伝いとしてさ」

 俺は再びソファーに横たわり、深い溜息をついた。

「……まったく、敵対者とか正義とか、そういうのは全部親父のところでやってほしいよ。俺の部屋は、コネと安眠だけの場所にしたいんだから」

「ユハト……。あんた、本当に底が知れないわね」

 アリアが呆れたように、けれどどこか安心したように笑った。

「底なんてないよ。俺にあるのは、世界で一番太い実家と、それを使い倒す図太さだけだ」

 俺は目を閉じ、再び訪れた静寂を愛おしむように眠りに落ちた。東の魔女という初の敵対者さえも、俺にとっては昼寝を邪魔する羽虫に過ぎなかった。

 コネこそが、この世界における唯一にして最強の絶対法則。それを再認識した、午後のひとときだった。


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