ep.5
神様をパシリに使った――もとい、神界と「安眠に関する技術提携」を結んだあの日から、俺の寝室はもはや一種の聖域と化していた。
枕の周囲には、創世神ルミナリスが直々に施した「超解像度・安眠プロテクト」が展開され、寝ている間の俺をあらゆるストレスから遮断している。
だが、世の中には「場の空気が読めない奴ら」というのが、どの世界にも、どの種族にも存在するらしい。
「――大罪人ユハト! 創世神様を脅迫し、私的に利用したその罪、万死に値する! 天の裁きを受けるが良い!」
爽やかな朝の光が差し込むバルコニーに、突如として純白の翼を持った集団が舞い降りた。
先頭に立つのは、黄金の甲冑を纏った「如何にも」な雰囲気のイケメン。背中には六枚の翼。天界の精鋭部隊である『天使軍』の長、セラフィムとかいう奴らしい。
俺は、せっかくの優雅な二度寝を妨げられた不快感に眉を寄せ、ベッドの上で欠伸を一つした。
「……うるさい。せっかく神様が設定してくれた『心地よい目覚めのBGM』が台無しだろ。あと、土足でバルコニーに上がるな。メイドが掃除したばかりなんだ」
「貴様……この期に及んでその不遜な態度! 神様を恐れぬ不逞の輩め、直ちに天界へ連行し、永遠の反省を強いてくれる!」
セラフィムが光り輝く槍をこちらへ向ける。
その瞬間、寝室の温度が氷点下まで下がった――というのは比喩ではない。
「……私の前で、ユハト様に槍を向けたか。その羽、一枚残らず毟ってやろう」
影から現れたのは、逆鱗に触れた四天王リナリア。彼女の周囲には、既に絶対零度の魔力があふれ出し、天使たちが降り立ったバルコニーを凍結させていた。
「待ちなさい、リナリア。ここは私の出番よ!」
さらに、部屋の隅で俺の靴を磨かされていた勇者アリアが、聖剣を手に割り込んできた。
「勇者アリアか! なぜ魔王の息子と共にいる! 早くそいつを討ち、我らと共に天の正義を執行するのだ!」
「正義? そんなのどうでもいいわよ! 私は今、こいつ(ユハト)から『靴の磨き方が甘いからおやつ抜き』って言われてて、超イライラしてるの! ちょうどいいわ、あんたたちを叩きのめして、そのストレスをぶつけてやる!」
もはや勇者としての矜持がどこかに消え去っているアリアが、ヤケクソな魔力を聖剣に込める。
天使軍と、魔王四天王、そして勇者。
三つ巴の衝突が今にも始まろうとしていた、その時。
「……みんな、ストップ。面倒なことしないで」
俺は重い腰を上げ、枕の下から一枚の「輝く紙」を取り出した。
「セラフィムだっけ。あんたたち、天界の公務員でしょ? これ、読んで」
俺が差し出したのは、夢の中で神様に書かせた『直筆の委任状』だ。
「……な、何だこれは? 『ユハト・ガラムは、地上における神の安眠維持代行者に任命する。彼の睡眠を妨げる者は、神の意志に背くものと見なし、直ちに懲戒免職とする。――創世神ルミナリス』……。ば、馬鹿な! こんなデタラメが!」
「デタラメじゃないよ。その紙に宿ってる神気、あんたたちの神様のものだろ? 鑑定してみな」
セラフィムが震える手で紙に触れる。
次の瞬間、彼の槍がカランと音を立てて床に落ちた。
本物。それも、神様が「こいつには逆らうな」と涙目で訴えかけているような、尋常ならざる魔力が込められた公式文書だった。
「……つまり、何だ。我々は、神を助けに来たつもりが、神の『一番のお気に入り(のパシリの対象)』を攻撃しようとしていたのか……?」
「お気に入りっていうか、コネだよ、コネ。俺、神様の弱み握ってる……じゃなくて、仲良くしてるから。あんたたち、そんなに俺を連行したいなら、神様に直接聞いてみれば? 今すぐここで親父を呼んで、神界への『直通回線』を開かせてもいいけど」
俺がそう言って指をパチンと鳴らそうとすると、天使軍の面々が一斉に顔を真っ青にして膝を突いた。
「お、お待ちください! 誤解です! 我々はただ、下界の不審な魔力を調査しに来ただけで……!」
「嘘つけ。殺気バリバリだっただろ」
「そ、それは……その……! 申し訳ございませんでしたぁ!」
セラフィムがバルコニーに頭を擦り付ける。
天界の精鋭。六枚翼の長。そんな肩書きも、神様本人からの「クビ宣告」の前では無力だ。
「……ねえ、ユハト様。これ、どうするの?」
アリアが呆れたように聞いてくる。
「どうするも何も、邪魔した落とし前はつけてもらわないと。……セラフィム、あんたたち。しばらく暇?」
「は、はい! 天界の仕事は現在、全てキャンセルしてでもお詫びをさせていただく所存です!」
「よし。じゃあ、リストラされる代わりに、この城の『警備兼清掃』をやって。あんたたち、空飛べるし光り輝いてるから、高いところの窓掃除にぴったりだろ。あ、夜はバルコニーで『街灯』代わりになって。魔石の節約になるから」
天使。それは神の使いであり、清浄なる存在。
そんな彼らが、一列に並んで魔王城の窓を雑巾で拭き、夜には等間隔に立って発光する姿は、まさに異様な光景だった。
「屈辱だ……。神を奉るこの手で、魔王城の窓を磨くことになるとは……。しかし、神様に見捨てられるよりはマシだ……っ!」
涙を流しながら窓を磨く天使たちの姿を、俺は特等席でジュースを飲みながら眺めていた。
「ユハト、お前って本当に容赦ないな」
いつの間にか現れた親父――魔王ガラムが、愉快そうに笑いながら俺の隣に座った。
「容赦ないのは神様だよ、親父。あんなに使い勝手のいい部下(天使)たちを、俺の脅し一発で見捨てちゃうんだから。……まあ、おかげで城がピカピカになったし、夜も明るくて快適だけど」
「はっはっは! 天使を私兵として使う魔王の息子か。全魔界、いや全天界を探してもお前だけだぞ、ユハト! 誇らしいぞ!」
「いいから、親父も働いてよ。その無駄にデカい魔力で、かき氷作って。暑いから」
「お、おう! 任せろ! 息子の望みなら、極北の氷河を今すぐ持ってくるぞ!」
親父が親バカ全開で動き出す。
四天王が給仕をし、勇者が靴を磨き、天使が窓を掃除し、神様が眠りを管理する。
これ以上のコネが、この世に存在するだろうか。
俺は、前世の社畜時代を思い出し、ふと口角を上げた。
努力も、才能も、確かに素晴らしいかもしれない。
だが、最強の「コネ」に勝る快感なんて、この世には存在しないのだ。
「あー、人生チョロい」
俺の呟きは、今日も天使たちの雑巾がけの音にかき消されていった。




