ep.3
「ユハト、準備はいいか! 今日はお前の勇姿を他の魔王共に見せつけてやるからな!」
魔王城の転移門の前で、親父こと魔王ガラムが鼻息を荒くしている。
今日の親父の格好はいつにも増して派手だ。金糸で刺繍されたマントに、魔力をこれでもかと詰め込んだ宝冠。対照的に、俺はパジャマに毛が生えた程度の適当な部屋着で、大きなあくびを噛み殺していた。
「親父、わざわざ別の魔界まで行く必要ある? 映像魔法越しでいいじゃん。移動時間で二度寝できたのに」
「何を言うか! 今回の『魔王サミット』は、お前が勇者アリアを屈服させた功績を讃える場でもあるのだぞ。ほれ、そのアリアも連れて行くぞ!」
親父が指差した先には、前回の件で完全に「湯もみ係」兼「ユハトの雑用係」として定着してしまった勇者アリアがいた。
彼女は現在、俺の着替えや身の回りの世話を詰め込んだマジックバッグを背負わされ、恨めしそうな顔でこちらを睨んでいる。
「……何よ。私はまだ、あんたを倒すのを諦めたわけじゃないんだからね」
「はいはい。その前に俺の肩でも揉んでよ。昨日の夜、寝相が悪くて凝ってるんだ」
「くっ……! この私が、人類の希望であるこの私が……っ!」
文句を言いながらも、アリアは俺の肩に手を置く。
彼女の聖なる力によるマッサージは、血行が良くなりすぎて癖になる。これも一つの「コネ」の形と言えるだろう。勇者の力すら、俺にとってはタダで使える高級リラクゼーションに過ぎない。
「よし、リナリアも行くぞ。ユハトの威厳を損なわせるなよ!」
「心得ております、ガラム様」
リナリアが静かに一礼し、転移門が起動した。
俺たちは一瞬の浮遊感と共に、今回の会場である『深淵の円卓』へと転移した。
そこは、虚空に浮かぶ巨大な石造りの議事堂だった。
円卓には、すでに三人の魔王が座っていた。
一人は、先日「聖都の攻略権」を俺の口車で買わされた暴虐王バアル。
もう一人は、冷酷な知性派として知られる吸血妃カーミラ。
そして最後は、巨大な一つ目の巨人、岩塊王ゴレム。
俺たちが現れた瞬間、場にピリついた緊張感が走る。
「……遅かったな、ガラム。それと、そこのガキが噂のユハトか」
バアルが低い声で威圧してくる。
彼は攻略権を高く売りつけられたことを根に持っているのか、その魔力が周囲の空間をピキピキと震わせていた。
(うわ、怖。帰りたい。お布団が恋しい)
俺は心の中で毒を吐きながら、一番ふかふかそうな椅子に勝手に座った。
魔王たちの会談だというのに、一切物怖じせずに(実際は面倒なだけだが)くつろぐ俺の姿を見て、カーミラが赤い瞳を細める。
「あら、度胸だけはあるようね。……でも、勇者を『湯もみ』に使っているというのは本当かしら? 伝説の聖剣をそんな汚らわしいことに使うなんて、信じがたいわ」
「アリア、ほら、やって」
俺が指をパチンと鳴らすと、アリアは屈辱に震えながらも、聖剣を抜いて「加温魔法」を発動した。
議事堂の空気が、ふわりと温泉のような適温に温められる。
「……なっ!?」
「本当に……聖剣を、空調代わりに……!?」
魔王たちが絶句する。
彼らにとって、勇者とは命を賭して戦う宿敵だ。その宿敵を、文字通り「便利な家電」扱いにしている俺の姿は、彼らの常識を根底から破壊したようだった。
「ふん。小癪な真似を。だがユハトよ、力なき知略など、圧倒的な暴力を前にすれば無価値。お前に我が拳を止める術があるかな!」
バアルが苛立ちに任せ、卓を叩き割る勢いで立ち上がった。
彼の手が真っ赤な炎に包まれる。
(あ、これ死ぬやつだ)
普通ならそう思う。だが、俺は知っている。
俺の背後には、誰よりも「息子を愛する最強の暴力」がいることを。
「……バアル。我が息子の前で、その汚い拳を下ろせ」
親父が、椅子に座ったまま、ただ「言葉」を放った。
それだけで、バアルの炎が消え失せ、彼は金縛りにあったようにその場に縫い止められた。
「ガ、ガラム……貴様……!」
「ユハトは、戦いを好まない。彼はもっと高次な次元で世界を見ているのだ。お前のような脳筋には理解できまい。なあ、ユハト?」
親父が自慢げにこちらを見る。
俺は「高次な次元」なんて欠片も考えていないが、とりあえず話を合わせることにした。
「バアルさん。怒るとシワが増えるよ? それに、戦うなんて非効率だ。……ねえ、リナリア。バアルさんの国の経済状況、どうなってる?」
「はい。バアル閣下の領地は現在、聖都との長引く戦争により、物流が滞り、小麦の価格が三倍に跳ね上がっております。民衆の間では不満が溜まっている模様です」
俺は紅茶を一口すすり、バアルを哀れみの目で見つめた。
「攻略権を買ってもらったお礼に、いいことを教えてあげる。親父のコネで、我が国の予備の食糧を格安で回してあげてもいいよ。その代わり、バアルさんの領地で採れる『魔力の宿る羽毛』を全部俺にちょうだい。最高の枕を作りたいんだ」
「な……食糧援助だと? この私に、情けをかけるというのか!」
「情けじゃないよ。取引だ。バアルさんは国を安定させられる。俺は安眠できる。……それとも、民が飢え死ぬのを見ながら、俺の親父とここで殺し合いでもする?」
俺がそう言うと、議事堂に沈黙が降りた。
魔王たちは、戦いではなく「経済」と「コネ」で自分たちをコントロールしようとする俺の言葉に、得体の知れない恐怖を感じたらしい。
(実際は、本当に新しい枕が欲しいだけなんだけどな)
「……ククク。面白い。ガラム、お前の息子は、我ら魔王とは全く別のルールで生きているようだな」
カーミラが妖艶に笑い、拍手を送った。
バアルも、毒気を抜かれたようにドサリと椅子に座り直した。
「……好きにしろ。羽毛などいくらでもくれてやる。その代わり、小麦は一週間以内に届けろよ」
「交渉成立だね。リナリア、手配よろしく」
「御意に。流石はユハト様、魔王三人を相手に、一滴の血も流さず魔界の均衡を再構築されるとは……このリナリア、一生付いて参ります!」
こうして、魔王たちの頂上決戦になるはずだった『魔王サミット』は、俺の「枕の材料調達」という極めて個人的な理由により、平和的な貿易協定へと姿を変えた。
帰り際、転移門へと向かう俺の横を、アリアが複雑な表情で歩いていた。
「……あんた、本当に何者なの? バアルをあんなに簡単に丸め込むなんて」
「ただのコネ野郎だよ。俺には力が無いからね。強い親父と、優秀な部下と、便利な勇者を使い倒すのが俺のスタイルなんだ」
「……『便利な勇者』って言ったわね、今。いつか絶対、その後悔させてやるんだから!」
アリアは顔を赤くしてプイッと横を向いたが、その足取りはどこか軽かった。
魔王城に戻ると、親父が俺の肩を叩いて大笑いした。
「ユハト! 素晴らしいぞ! これで魔王たちの間でもお前の名は不動のものとなった。もはやお前に逆らう者はこの世界に一人もおらん!」
「それは良かった。じゃあ親父、約束のプリンとお昼寝の時間、邪魔しないでね」
「わはは! もちろん、最高級のものを準備させてあるぞ!」
俺は、親父に甘やかされながら、自室へと向かう。
努力も、修行も、正義も、俺には必要ない。
この圧倒的な「七光り」がある限り、俺の異世界生活はバラ色だ。
……しかし、この時の俺は気づいていなかった。
俺が調達した「魔力の宿る羽毛」で作った枕が、あまりの魔力の集中により、夜な夜な異次元の精霊を召喚してしまい、またしても「ユハト様が精霊界をも支配下に置こうとしている」という勘違いを生むことになるのを。
俺のスローライフへの道は、遠くて近い。




