表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
親父が魔王で何が悪い!〜七光り転生した俺は、実家のコネと権力をフル活用して異世界最強のスローライフを謳歌する〜  作者: 小林一咲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/20

ep.19

 魔王城のテラスに、澄み渡る午後の陽光が降り注いでいた。ユハトは、因果の神判官が調整した「最適温度」の空気の中で、深い微睡みに身を委ねていた。その傍らでは、魔王軍の正社員となったアリアが、無表情に巨大なうちわを動かしている。

 だが、その空気は一変した。アリアが腰に下げていた、かつて世界の希望と呼ばれた聖剣が、突如として激しく震え始めたのだ。

「……ちょっと、なによ。静かにしなさいよ」

 アリアが聖剣の柄を叩くが、震動は収まらない。それどころか、聖剣の鞘から漏れ出す黄金の光が明滅し、まるで断末魔のような悲鳴を上げ始めた。

「……アリア、うるさい。その聖剣、マナーモードにしてよ」

 ユハトが枕に顔を埋めたまま不機嫌そうに呟く。

「私だってそうしたいわよ! でも、この子がさっきからずっと泣いてるのよ。『もう限界だ』って、『勇者の魂を感じない』って……!」

 アリアが聖剣を抜き放つと、そこには半透明な老人の姿をした「聖剣の精霊」が浮かび上がっていた。精霊は涙を流しながら、主であるアリアに訴えかける。

「ああ、アリア様……。私はもう耐えられません! 私に宿る神聖なる力は、魔王を討ち、闇を払うためにあるのです! なのに……なのに貴女は、この私を扇風機の依代にしたり、魔力温泉のタオル掛けにしたり、挙句の果てには……!」

 精霊は、テラスのテーブルの上に置かれたオレンジジュースの瓶を指さした。

「……昨日、あろうことか私を『栓抜き』として使いましたね!? 伝説の神鉄で作られたこの刃を、王冠を抉じ開けるために使ったのですね!」

「……えっ、バレてた? だって、あそこの栓抜き、どこかに行っちゃったんだもの。あんたの鍔の形、ちょうど良かったし……」

 アリアがバツが悪そうに目を逸らす。

「勇者の魂が死んだ! この世界はもう終わりだ! 私はもう戦えません、光ることもできません! 私はただの、惨めな鉄の塊として朽ちていくのみです!」

 精霊は絶望の叫びを上げ、光を失い、どす黒い錆のような色に変色し始めた。聖剣が力を失えば、魔王城の「防犯システム」の一翼を担うアリアの戦力は大幅に低下する。それは巡り巡って、ユハトの安眠を脅かす事態でもあった。

「……面倒な精霊だな。リナリア、どうにかできないの?」

 ユハトがようやく半身を起こした。

「左様でございますね。聖剣の精霊は、主の『志』を糧にする存在。アリア様がパンケーキの誘惑に負け、定時退社を優先する生活に馴染んでしまった以上、聖剣がアイデンティティ・クライシスを起こすのは当然の帰結と言えます」

 リナリアが冷静に分析する。

「……アイデンティティ何とかって、要するに仕事にやりがいを感じてないってことだろ? だったら、新しいやりがいを与えればいいじゃないか」

 ユハトは欠伸をしながら、絶望に沈む精霊の前に歩み寄った。

「おい、聖剣の爺さん。あんた、魔王を倒すのが目的だって言ったよな?」

「左様です……! それが私の存在意義……」

「じゃあ聞くけど、あんたが全力で戦って、もし万が一、奇跡が起きて親父を倒したとしよう。その後に、あんたを待ってるのは何だと思う?」

 精霊は虚を突かれたように顔を上げた。

「それは……世界に平和が訪れ、私は伝説の武具として、神殿の奥深くに奉納される……」

「違うよ。平和になったら、あんたは二度と抜かれることのない『ただの飾り』になるんだ。神殿の埃を被って、誰にも顧みられず、錆びていくのを待つだけ。それって、今ここで栓抜きをやってるのと、何が違うんだ?」

「そ、それは……」

「今、あんたは世界で一番重要な仕事をしてるんだ。俺の安眠を守るという仕事だよ。俺が寝ている限り、親父は暴れないし、神様も大人しい。つまり、あんたが俺の周りの環境を整えることは、間接的に『世界を平和に保ち続けている』ってことなんだよ。戦って平和にするより、戦わせずに平和を維持する。こっちのほうが、ずっと高度な平和だと思わないか?」

 ユハトのデタラメな理屈に、聖剣の精霊は困惑した。しかし、ユハトはさらに畳みかける。

「それに、栓抜きの件だってそうだ。あんたの刃は、魔王の皮膚さえ切り裂くんだろ? そんな最強の刃で開けられたジュースが、美味くないはずがない。あんたは今、『世界で最も贅沢な喉越し』を生み出しているんだ。神殿で腐るのと、俺の横で究極のジュースを提供するのと、どっちが聖剣として『生きてる』実感が持てる?」

 精霊は、自分の存在を肯定されたような錯覚に陥った。

「……世界で最も……贅沢な……喉越し……」

「そうだよ。あんたはもう、古い時代の『戦う剣』じゃない。平和な時代にふさわしい、『多機能型安眠サポートツール』に進化するんだ。扇風機も、タオル掛けも、栓抜きも、すべては世界の理を維持するための聖なる儀式なんだよ」

 ユハトが親父譲りの「交渉術(という名の言いくるめ)」を披露すると、聖剣の精霊の瞳に、新たな、そして極めて偏った光が宿った。

「……なるほど。私は、戦わずして世界を統べる……平和の礎……。そして、究極の栓抜き……!」

 次の瞬間、聖剣はかつてないほどの、眩いばかりのプラチナ色の光を放ち始めた。その姿は変容し、鍔の部分がより機能的な「栓抜き型」に形状を変え、刃の先は「果物の皮剥き」に最適な角度へと自動調整された。

「……あ、聖剣が完全に悟りを開いたわ。今までの黄金色より、なんだか成金っぽい光り方になってるわね」

 アリアが引き気味に呟く。

「アリア様! 早く、早く私に栓を抜かせてください! 世界の平和を維持するために、究極の喉越しを提供いたしますぞ!」

 聖剣の精霊は、今ややる気に満ち溢れていた。

「……よし。じゃあ、さっそくその輝きを最小限に絞って。眩しくて寝られないから」

「承知いたしました! 安眠を妨げぬ『月光の輝きモード』に移行します!」

 聖剣は完璧な間接照明となり、ユハトを優しく照らした。

 こうして、伝説の聖剣は、その輝かしい歴史に幕を閉じ、ユハト専用の「多機能栓抜き兼、安眠支援デバイス」へと華麗なる転身を遂げた。

 最強の勇者の武器さえも、利便性と屁理屈によってコネの一部に組み込んでしまう。

 ユハトの周りには、もはや牙を剥く者はいない。

 聖剣さえもが「働かないための努力」を賞賛し、主の二度寝を全力でサポートするようになったのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ