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親父が魔王で何が悪い!〜七光り転生した俺は、実家のコネと権力をフル活用して異世界最強のスローライフを謳歌する〜  作者: 小林一咲


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20/20

ep.20

 魔王城の尖塔から見下ろす世界は、かつてないほどの静寂に包まれていた。かつては魔族の咆哮と人間たちの悲鳴、そして剣戟の音が絶えなかった大陸に、今や争いの火種は見当たらない。

 事の始まりは、ユハトの「二度寝」を邪魔されたくないという極めて個人的な欲求が、ついに国家間の法律や世界の理を超越したことにあった。

「……リナリア、最近なんだか外が騒がしい気がする。鳥のさえずりが、いつもより半デシベルほど大きい気がするんだけど」

 ユハトが寝室の特製ベッドで寝返りを打ちながら呟くと、リナリアは即座にその意図を汲み取った。

「承知いたしました、ユハト様。それは、隣国との国境付近で行われている小規模な領土紛争の余波が、大気の振動として伝わっているせいかと思われます。ユハト様の安眠を妨げる不文律……。これはもはや、個別の対処では限界があります」

 リナリアが提案したのは、この世界の主要な権力者を一堂に集め、ユハトの安眠を中心とした「新秩序」を定義することだった。

 数日後、魔王城の大会議室には、歴史上あり得ない顔ぶれが揃っていた。

 上座には、息子の安眠のためなら世界を焼き尽くすことも厭わない魔王ガラム。その対面には、ユハトとの通信回線を守るために魔界と手を組んだ創世神ルミナリスの分身。傍らには、魔王軍の正社員として安定した生活を謳歌する元勇者アリアと、彼女の「栓抜き兼・聖剣」を磨く因果の神判官。さらに、庭園を完璧な安眠空間に作り替えた東の魔女エカテリーナと、究極のマッサージ技術を持つサンライト王国のクラリス王女。

「……集まってくれてありがとう。わざわざ来てもらったのは他でもない。俺の二度寝を守るために、世界全体で足並みを揃えてほしいんだ」

 ユハトはパジャマ姿のまま、出席者たちを見渡した。

「ユハトくんの言う通りよ!」

 ルミナリスがテーブルを叩いた。

「彼が熟睡している間、私の神託回路は最高に安定しているの。もし世界で戦争なんて起きて、彼の夢にノイズが入ったら、私、神罰としてその国の降水量をゼロにするからね!」

「神よ、たまには良いことを言うな」

 魔王ガラムが重々しく頷く。

「我が息子が瞼を閉じている間、魔界は平穏である。もし軍を動かす馬鹿者がいれば、我が直属の軍勢がその国の首都を三秒で更地にする。これは脅しではない、親としての教育だ」

 神と魔王による、あまりにも一方的で圧倒的な「平和の強制」。

 出席していた人間界の代表たちは、青ざめた顔で互いに顔を見合わせた。しかし、彼らに拒否権など最初から存在しない。

「……あの、魔王様、神様。具体的には、私たちは何をすればよろしいのでしょうか?」

 震えながら尋ねる代表者に、リナリアが一通の分厚い文書を提示した。

「これより、『世界安眠連合(World Sleep Organization)』の設立を宣言します。第一条。全世界の国民は、ユハト様が就寝中とされる午前10時から午後4時までの間、大声での会話、金属の打撃音、および派手な魔法行使を厳禁とする。第二条。各国の国防予算の50%を、ユハト様への献上品および安眠グッズの開発費に充てること……」

 それは、一人の青年の惰眠を世界の中心に据えた、究極の「他力本願」による平和条約だった。

「……ねえ、これって実質的に、世界がユハトのコネの一部になったってことよね?」

 アリアが小声でエカテリーナに耳打ちする。

「そうね。でも、考えてもみなさいよ。あの坊やが寝てるだけで、魔王は戦争を止め、神様は天変地異を抑え、勇者は扇風機を回してる。下手に正義とか悪とか言ってるより、よっぽど平和じゃない。私はこの庭で、世界一平和な薬草を育てられるなら文句はないわ」

 こうして、世界は「ユハトが静かに眠れるかどうか」という一点において、かつてない連帯感を見せ始めた。

 隣国同士のいさかいも、「そんなところで騒いだら魔王城のユハト様の眠りを妨げる。神罰が下るぞ」という一言で即座に停戦へと向かう。商人の交易路は、ユハトの朝食に使う最高級の蜜を運ぶために最優先で整備され、そのついでに各国の流通が飛躍的に向上した。

 一ヶ月後。

 魔王城のバルコニーに出たユハトは、心地よい風に吹かれながら、静寂に満ちた世界を眺めていた。

「……静かだ。リナリア、なんだか世界が、俺の部屋の延長線上になったみたいだね」

「左様でございます、ユハト様。今や全世界が、ユハト様の安眠を守るための巨大なセキュリティ・システムであり、快適な寝具でございます。貴方様が瞳を閉じている限り、この平和は揺らぎません」

 ユハトは満足げに頷き、クラリスが差し出した最高級のハーブティーを一口啜った。

 かつては、親父のコネだけで生きていこうとしていた。

 だが、今やそのコネは、神、天使、勇者、魔女、執行者、そして世界中のすべての人間を巻き込み、巨大な輪となって自分を支えている。

「……あー、平和って、意外と簡単に手に入るもんなんだな。みんなが俺と一緒に、働かずに寝ていればいいだけの話なんだから」

 ユハトはそう言うと、アリアが回す聖剣の風を受けながら、再びソファーへと倒れ込んだ。

 リナリアが毛布をかけ、神判官が時間の流れを緩やかにし、ルミナリスが夢の続きを用意する。

 世界は相変わらず騒がしい可能性を孕んでいる。

 だが、ユハトの周囲に張り巡らされた「最強のコネ」は、どんな不協和音も心地よい子守唄へと変換してしまう。

「……おやすみ。次は、百年後くらいに起こして……」

 ユハトの穏やかな寝息が、平和な世界の象徴として城内に響き渡る。

 コネこそが世界を救い、安眠こそが正義となる。

 一人のニートが築き上げた、あまりにも怠惰で、あまりにも盤石な楽園。

 その揺り籠の中で、世界は静かに、そして幸福に眠り続けるのであった。


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