ep.18
魔王城の広大な敷地内にある、普段は一般の魔族さえ立ち入りを禁じられている「迎賓の広場」が、今までにない活気に包まれていた。空は創世神ルミナリスによって完璧な紺碧に整えられ、東の魔女エカテリーナが育てた「静寂の苔」が敷き詰められた大地からは、微かに甘い香りが立ち昇っている。
事の始まりは、魔王ガラムが突然漏らした一言だった。
「ユハト。お前が日夜、これほどまでに懸命に『休息』に励んでいる姿を、我が一族の者たちにも見せてやりたい。お前のその、何者にも動じぬ寝顔こそが、我が一族の誇りなのだ!」
親父の親バカぶりは留まるところを知らず、ついには魔界中の有力者や親族一同を呼び集めての「参観日」を開催するに至ったのだ。
「……親父、見せ物じゃないんだから。俺はただ、静かに寝ていたいだけだよ」
ユハトはサンライト王国のクラリス王女に用意させた移動式の最高級ベッドに横たわりながら、億劫そうに目を細めた。しかし、門の外にはすでに、魔界の各地を治める諸侯や、伝説級の魔族たちが黒山の人だかりを作っている。
「ユハト様、ご安心を。参観とは申しましても、皆様には五百メートル以上の距離を保ち、かつ一切の私語を禁じるという鉄の掟を課しております」
第一秘書官のリナリアが手際よく参観のルールを記した書状を諸侯たちに配っていく。その隣では、魔王軍の正社員となった元勇者アリアが、聖剣の輝きを調整して「展示物」であるユハトを最も美しく照らすライティングを担当させられていた。
「……もう、なんで私がこんな、アイドルの照明係みたいなことしなきゃいけないのよ。借金返済のためとはいえ、勇者のプライドがズタズタだわ」
アリアの不満をよそに、ついに門が開かれた。
次々と広場に入ってくる魔界の有力者たちは、一様に息を呑んだ。
彼らの目に映ったのは、伝説の海皇リヴァイアスをクッション代わりにし、因果の神判官に肩を叩かせ、天使セラフィムに扇がれながら、一点の曇りもなく熟睡するユハトの姿だった。
「おお……見ろ、あの神々しいまでの無防備さを。あれほど無防備でありながら、周囲には創世神の加護と魔王の威圧、さらには勇者の聖気までが渦巻いている」
「信じられん。あのお方は、寝ているだけで世界の均衡を保っているというのか……。我らとは存在の次元が違う」
実際には、ユハトがただ心地よく眠るために周囲の有力なコネを私物化しているだけなのだが、集まった親族たちはその異様な光景を「計り知れない深謀遠慮」として勝手に解釈していった。
ユハトの寝息が一つ漏れるたび、諸侯たちは「お言葉を賜った!」とばかりに一斉に平伏する。神判官がちょうど良い力加減でユハトの背中を指圧すると、その衝撃で漏れ出た因果の波動が、周囲の魔族たちの魔力回路を最適化し、勝手に実力を引き上げるという珍事まで発生した。
「……ん、ちょっと眩しい。セラフィム、羽で光を遮って」
ユハトが寝言のように呟くと、セラフィムが即座に巨大な翼を広げて天を覆った。その光景は、あたかも大天使が魔族の王子を慈しんでいるかのような、歴史的な名画のワンシーンのようであった。
「……素晴らしい。これぞ真の王者の風格。我ら一族は、この御子こそを次代の主として仰ぐべきだ」
魔界でも有数の武闘派として知られる叔父が、感極まって涙を流しながら忠誠を誓った。それにつられるように、他の親族たちも次々とひざまずき、自国の利権や秘宝を「お目覚めの際の献上品」としてリナリアに差し出し始めた。
「リナリア、あそこに積まれている貢物は何?」
「ユハト様の寝顔に感動した皆様からの『お布施』でございます。これにより、我が魔王軍の軍事予算は今後三百年分が確保されました」
「……そう。じゃあ、それで俺の枕をもっと柔らかい素材に新調しておいて」
参観日は、ユハトが一度も本格的に目を覚ますことなく、大盛況のうちに幕を閉じた。
集まった者たちは、ユハトの「何もしていないのにすべてを従わせる力」に圧倒され、自分たちの領地に戻ってもその伝説を語り継ぐことだろう。
「……ふぅ。やっと静かになったか。親父、次はもっと内輪だけでやってよね」
ユハトが再び深い眠りに落ちるのを見届けながら、魔王ガラムは満足げに腕を組んだ。
「はっはっは! 見たかリナリア! 我が息子は、寝ているだけで国を富ませ、敵を心服させる! これこそが、最強の王の姿よ!」
実家の太さに加え、周囲の勘違いという名の強力な補正。
ユハトのコネは、ついに身内や有力者たちをも完全に取り込み、盤石の「ニート帝国」を築き上げたのであった。




