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親父が魔王で何が悪い!〜七光り転生した俺は、実家のコネと権力をフル活用して異世界最強のスローライフを謳歌する〜  作者: 小林一咲


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ep.16

 魔王城の地下深く、かつて「東の魔女」と呼ばれ恐れられたエカテリーナは、自身の魔術で編み上げたハンモックに揺られながら、退屈そうに爪を眺めていた。第9話でユハトの持つ『拒絶の硬貨』という圧倒的なコネに叩き伏せられ、魔王城の謁見の間で捕縛されて以来、彼女はこの「特別独房」という名の豪華な客間に留め置かれている。

「……ふん、あのポンコツ息子。私を閉じ込めておくなんて、よほど私の魔術が怖いのかしら。まあ、食事は美味しいし、寝心地も悪くないけれど、このまま腐っていくのは性に合わないわね」

 エカテリーナが不遜な笑みを浮かべたその時、部屋の扉が音もなく開いた。現れたのは、ユハトの第一秘書官であり四天王の一人、リナリアだ。彼女の手には、何やら一枚の契約書が握られている。

「エカテリーナ。貴女の刑期について、主であるユハト様から新たな沙汰がありました」

「あら、ようやく首を撥ねる決心がついたの? それとも、あの坊やの遊び相手にでもなれって言うのかしら」

「いいえ。ユハト様は、貴女の『植物と空間を支配する魔術』を、より有意義な目的……すなわち、ユハト様の安眠環境の改善に充てるべきだと判断されました」

 リナリアが差し出した契約書には、『魔王城・首席造園師兼、芳香環境管理官』という、魔女には似つかわしくない役職名が記されていた。

「……造園師? 冗談じゃないわ。この私が、庭の草むしりでもしろって言うの?」

「ただの草むしりではありません。ユハト様のご要望は、『城の庭を、一瞬で魂が眠りに落ちるほどの香りで満たし、かつ、外敵を物理的に絡め取る美しい迷宮に変えること』。これを完遂すれば、貴女の罪をすべて恩赦し、魔王城の幹部と同等の待遇を保証しましょう。……もちろん、拒否権はありません。拒否すれば、今すぐその魔力系統を神界の浄化炉に接続し、永遠に天界のエネルギー供給源として使い潰します」

 リナリアの瞳に宿る冷徹な殺気に、エカテリーナは乾いた笑い声を漏らした。

「……面白いじゃない。あの坊や、私を殺すどころか、自分の枕元を飾る道具にしようってわけね。いいわ、その傲慢さ、嫌いじゃない。引き受けてあげるわよ」

 こうして、かつて世界を震撼させた「東の魔女」は、魔王城の庭師として「再就職」することになった。

 翌日から、魔王城の庭園では劇的な改造が始まった。エカテリーナは杖をひと振りし、魔界の稀少な植物と、彼女が独自に品種改良した禁断の薬草を次々と植えていく。

「さあ、芽吹きなさい。見る者を夢心地に誘う『幻惑の紫陽花』、空気を清浄化しつつ鎮静成分を撒き散らす『静寂の苔』。そして……これよ、私の最高傑作。吸い込むだけで脳の活動を強制停止させる『永劫のラベンダー』!」

 彼女の魔術によって、荒廃していた城の裏庭は、瞬く間にこの世のものとは思えないほど美しい、幻想的な庭園へと変貌した。色とりどりの花々が咲き乱れ、そこから漂う香りは、城の堅牢な石壁を抜けて、城内全体へと広がっていく。

 その効果は、劇的すぎるほどだった。

「……あ、あれ? なんだか、急に……体が、ふわふわして……」

 最初に犠牲になったのは、中庭を巡回していた魔王軍の守備隊だった。彼らはエカテリーナが植えた花の香りを一拭き吸い込んだ瞬間、重厚な甲冑を鳴らしてその場に倒れ込み、幸せそうな寝息を立て始めた。

「こ、これは敵襲……? いいえ、でも、すごく……気持ちいい……」

 城門を守る衛兵も、窓を磨いていた天使セラフィムも、はては食堂でパンケーキを焼いていた地獄の料理人までもが、その抗いがたい安眠の香りに屈し、次々と仕事の手を止めて眠りについていく。魔王城は、文字通り「眠れる森の美女」の城のように、完全な沈黙に包まれた。

「……ふふふ、あははは! 見なさい! 私の魔術は完璧だわ! これで、あの坊やも永遠の眠りに――」

 高笑いするエカテリーナの背後に、ぬっと影が差した。

「……エカテリーナ。あんた、ちょっとやりすぎだよ。これじゃ、誰も俺の食事を運んでこれないじゃないか」

 欠伸をしながら現れたのは、パジャマ姿のユハトだった。彼はエカテリーナが誇る「永劫のラベンダー」の真っ只中に立ちながら、眠るどころか、少しスッキリした顔をしている。

「な、なぜ!? 貴方、なぜ立っていられるの!? この香りは、大魔導師ですら瞬時に意識を失うレベルの濃度なのよ!」

「ああ、これ? 神様から貰った『全自動空気清浄結界』が鼻先で動いてるからね。あと、俺自身がもともと寝すぎてるから、これくらいの導入剤じゃ、ちょうど良いマッサージ程度にしかならないんだよ」

 ユハトは眠りこける兵士たちを跨ぎながら、庭の中央にあるガゼボ(東屋)へと歩いていった。

「でも、庭そのものは最高だ。この苔のクッション、リナリアが選んだシルクの枕より肌触りがいい。合格だよ、エカテリーナ。今日からあんたは、俺の『屋外睡眠担当』だ」

「……あ、あんた、本当に何なのよ。私の最大魔法を『ちょうど良いマッサージ』扱いですって……?」

 エカテリーナは膝をつき、呆然とユハトを見上げた。彼女が抱いていた「復讐心」や「野心」は、ユハトの底知れない「怠惰」と、それを支える神級のコネクションを前にして、急速に霧散していった。

「いいじゃない。あんたも、こんな広い庭を好き勝手に改造できるんだから。あ、そうだ。あそこの隅っこに、起きた時用の『目が覚めるけど美味しいハーブティー』が出る木も植えておいて。あ、アリアの分の扇風機台も作ってやって」

「……はいはい、承知いたしましたよ、魔王の御子様。……全く、とんだ就職先を選んじゃったわね」

 エカテリーナは毒づきながらも、その口元にはどこか満足げな笑みが浮かんでいた。

 かつて世界を支配しようとした魔女は、今や一人のニートのために、世界最高の「眠りの迷宮」を作り上げる専属庭師となった。

 城の中では依然として全兵士が爆睡しており、静まり返っている。

 しかし、その中心で、ユハトはエカテリーナが作った「静寂の苔」の上に寝転び、これまでにないほど深い、快適な眠りを楽しんでいた。

「……静かで、いいな。エカテリーナ、あんたのコネも、案外役に立つよ……」

 リナリアが眠りこけた兵士たちを台車で回収し、クラリスが庭にさらに安眠の結界を重ねる。アリアが文句を言いながらも、エカテリーナが作った特製台座の上で扇風機(聖剣)を回し始める。

 東の魔女を味方に引き入れたことで、魔王城の「安眠防御陣」は、もはや物理的にも魔術的にも、難攻不落の要塞へと進化した。

 魔女のプライドは、最高の庭師としての自負に上書きされ、ユハトの二度寝環境は、ついに自然界の調和さえも支配下に置いたのである。


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