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親父が魔王で何が悪い!〜七光り転生した俺は、実家のコネと権力をフル活用して異世界最強のスローライフを謳歌する〜  作者: 小林一咲


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ep.15

 魔王城の庭園を見下ろすテラスで、俺はクラリス王女による「朝の微睡み調整」を受けていた。神界から安定して供給される高画質な夢と、クラリスの絶妙な指圧。まさに無敵の布陣だと思っていたのだが、そこへ一筋の不穏な殺気が突き刺さった。

「……ユハト。あんた、ちょっと面貸しなさいよ」

 そこに立っていたのは、いつものように威勢よく聖剣を振り回す姿ではなく、どこか幽霊のように生気のない顔をした勇者アリアだった。彼女の手には、金色の装飾が施された一通の書状が握られている。

「アリア、悪いけど今は商談中(二度寝中)なんだ。文句なら、あそこに粘土まみれで浮いてるセラフィムに言ってくれよ」

「セラフィムは今、窓を磨きながら悟りを開いてるから放っておきなさい! 問題はこれよ、これ!」

 アリアが俺の顔面に叩きつけてきたのは、人間界の勇者ギルド本部からの公式文書だった。そこには無慈悲な通告が記されている。

『勇者アリア殿。魔王城に潜入してから数ヶ月、未だ魔王討伐の進展が見られないばかりか、魔王の嫡子と共謀してパンケーキを貪っているとの報告がある。よって本日付で勇者指定を解除し、活動資金の供給を全面的に停止する。滞納している聖剣のメンテナンス費用および、これまで支給した宿博費は速やかに返還すること』

「……つまり、クビってこと?」

「そうなのよ! クビどころか、借金まで背負わされたわ! 勇者ギルドの連中、私が魔王軍に寝返ったって決めつけてるのよ。失礼しちゃうわ、まだ一回もまともに戦ってさえいないのに!」

「まあ、戦ってないのは事実だけど。でも、勇者じゃなくなったら、あんたこれからどうするんだ? 実家に帰るのか?」

 俺の問いに、アリアはさらに顔を歪ませた。

「帰れるわけないでしょ! 『魔王を倒してくる』って大見得切って村を出たのよ? 今さら『クビになったから養って』なんて言ったら、村中の笑いものよ。それに、この聖剣……さっきから『給料が出ないなら、もう光るのも面倒くさい』って言って、ただの鉄の棒になろうとしてるの!」

 アリアが掲げた聖剣は、確かに鈍い色に曇っていた。どうやらこの世界の聖遺物は、所有者の経済状況に敏感らしい。

「困ったわね。アリア様がこのまま野に下れば、その武力と聖剣の力が悪用される懸念もあります。何より、ユハト様の周囲の『静寂』を乱す不確定要素になりかねません」

 リナリアが影から音もなく現れ、冷静に分析する。

「……そうだな。アリアがいなくなったら、代わりに誰が俺の耳掃除をしたり、親父の暴走を(物理的に)止めたりするんだ。それはそれで、俺の安眠に支障が出る」

 俺はソファーから身を乗り出し、絶望の淵に立たされている元勇者を眺めた。彼女は、かつてのプライドが瓦解し、今にも泣き出しそうな表情で聖剣を抱きしめている。

「アリア、いい提案がある。あんた、うちの城で働かないか?」

「……は? 魔王軍に入れってこと? 冗談じゃないわ、私は勇者なのよ! 世界の希望なのよ!」

「いや、もう勇者じゃないだろ。さっき手紙に書いてあったじゃないか。それに、魔王軍って言っても、俺の『直属』だ。福利厚生は人間界のホワイト企業なんて目じゃないぞ」

 俺はリナリアに目配せを送った。彼女は手慣れた手つきで、一通の契約書を作成し始める。

「役職は『ユハト様専属・局所的環境改善官』。主な業務内容は、ユハト様が昼寝をする際の扇風機回し、および周囲の騒音源(セラフィムや親父)の物理的排除。勤務時間はユハト様の睡眠時間に準じ、給与は……そうですね、月給100万ゴールドから始めましょうか」

「ひゃ、100万ゴールド……!? 勇者ギルドの年収より多いじゃない!」

 アリアの目が、一瞬で金貨の形になった。だが、彼女はまだ微かに残ったプライドを必死にかき集め、声を震わせた。

「……そんな、お金で釣ろうとしたって無駄よ。私は、正義のために戦う戦士なの。扇風機なんて、そんな……屈辱的な……」

「さらに、魔王城の地下にある『秘蔵の魔力温泉』の永久利用権、およびシェフ特製の『至福のパンケーキ』が三食付き。個室は冷暖房完備、神界Wi-Fiも使い放題だ」

 俺が畳みかけると、アリアの防衛ラインは音を立てて崩壊した。

「……そ、その扇風機は……手動かしら? それとも魔導式?」

「好きな方を選んでいい。魔法で風を起こす練習だと思えば、修行にもなるだろ?」

 アリアは震える手でリナリアから羽ペンを受け取った。

「……これは、あくまで潜入調査の一環よ。敵の懐に入り込んで、内部から腐敗を暴くための、崇高な犠牲なんだから……! 決して、パンケーキや温泉に目がくらんだわけじゃないんだからね!」

 そう言い訳しながら、彼女は勢いよく契約書に署名した。その瞬間、彼女が抱えていた聖剣が「チャリーン!」という景気の良い音と共に、これまでにないほど眩い黄金の輝きを放ち始めた。

「……あ、聖剣がやる気を取り戻したわ。この子、本当に現金なんだから」

「いいな、分かりやすくて。じゃあさっそく、初仕事だ。アリア、そこのうちわを持って、俺が寝入るまでちょうどいいリズムで仰いでくれ。風速は弱、角度は斜め15度だ」

「……う、うう。屈辱……屈辱だけど、パンケーキのためよ……」

 アリアは顔を真っ赤にしながら、黄金に輝く聖剣(を依代にしたうちわ)を手に取り、俺の傍らでパタパタと風を送り始めた。

 聖剣から放たれる清らかな風は、不思議と不純な熱を追い払い、俺を心地よい眠りへと誘う。

「……あー、いい風だ。さすが元勇者、筋がいいな」

「……黙って寝なさいよ、このバカ殿!」

 テラスには、扇風機係として奮闘する元勇者と、それを見守る四天王、そして安眠の波に呑まれていく俺の姿があった。

 勇者ギルドが彼女を切り捨てたおかげで、俺の「コネ」にまた一つ、強力なピースがはまったわけだ。

「ユハト様、これでアリア様の身分も保証されました。次は、彼女の借金を肩代わりするついでに、勇者ギルドそのものを魔王軍の傘下に収める計画を進めておきますね」

 リナリアがさらりと恐ろしいことを言った気がしたが、俺の意識はすでに夢の中だった。

 金と環境に溺れた勇者は、もう敵ではない。

 俺の安眠を守る、最強の「盾」であり「扇風機」なのだ。

 こうして、世界で唯一の「魔王軍所属・正社員勇者」が誕生した。

 コネと金、そして圧倒的な居心地の良さ。

 魔王城のホワイトな職場環境は、ついに正義の味方さえも、怠惰の沼へと引きずり込んだのである。


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