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親父が魔王で何が悪い!〜七光り転生した俺は、実家のコネと権力をフル活用して異世界最強のスローライフを謳歌する〜  作者: 小林一咲


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14/20

ep.14

 魔王城の地下深く、冷たい湿気が立ち込める密室で、数人の影が蠢いていた。彼らは魔界の急進派、いわゆる「反乱分子」と呼ばれる連中だ。平和条約によって牙を抜かれた魔王軍の現状を嘆き、その元凶である「魔王の息子」を排除しようと目論んでいた。

「……準備は整ったな? ターゲットは、魔王ガラムの嫡子ユハト。奴は戦う力を持たぬが、周囲の強力なコネによって守られている。ならば、力でねじ伏せる必要はない」

 リーダー格の男が、禍々しい紫色の光を放つ魔石を掲げた。それは禁忌の呪術が込められた『永劫の微睡み』。対象に、この世の何者も解くことができない、絶対に目が覚めない呪い――「静寂の呪い」をかける魔道具だ。

「この呪いにかかれば、魂は夢の迷宮に閉じ込められ、肉体はただの動かぬ肉塊と化す。勇者も、四天王も、神ですら、眠り続ける者を守り抜くことはできまい。ユハトを廃人に追い込めば、魔王は理性を失い、再び人間界との戦争が始まる。それこそが我らの望みだ!」

 影たちは歪な笑みを浮かべ、ユハトの寝室へと魔術の波動を送り込んだ。

 その頃、ユハトはいつものように高級ソファーで二度寝の準備を整えていた。クラリス王女による最高級のマッサージが終わり、意識がまどろみの入り口に差し掛かった、まさにその瞬間だった。

(……おや? なんだか、いつもより体が軽いぞ。それどころか、周囲の雑音が完全に消えた。リナリアの歩く音も、アリアの文句も、セラフィムの羽音も……。これ、もしかして……)

 ユハトの意識は、深い、深い闇の底へと沈んでいった。だが、それは苦痛を伴うものではなかった。むしろ、彼が人生でずっと求めていた「究極の静寂」だった。

「……何、これ。最高じゃないか」

 夢の中のユハトは、雲のように柔らかい空間に浮かんでいた。そこには仕事も、人間関係も、親父の過干渉も、神様の愚痴もない。ただただ、心地よい温度と静かな時間が永遠に続く、ニートにとっての理想郷。

「誰が用意してくれたのか知らないけど、これこそが俺の求めていた安眠だ。もう一生、ここから出たくない。二度寝どころか、永劫寝えいごうね決定だな」

 ユハトが夢の世界で歓喜していた一方で、現実の魔王城はパニックに陥っていた。

「ユハト様! お目覚めください、ユハト様!」

 リナリアが青ざめた顔でユハトの体を揺さぶるが、反応はない。呼吸は穏やかだが、その魂が肉体から切り離されているかのように、外部からの刺激を一切受け付けないのだ。

「そんな……。私の聖なる光でも、呪いが弾けないなんて。これは、世界の理に干渉するレベルの禁忌術よ!」

 セラフィムが涙を浮かべながら、必死に浄化の魔法をかけるが、呪いの紫色の膜はビクともしない。

「どきなさい! 私が聖剣で、その呪いごと叩き切ってやるわ!」

 勇者アリアが黄金の閃光を放つが、剣先はユハトの体に触れる直前で、目に見えない壁に阻まれた。呪いは対象を守るように強固な結界を形成し、何者の介入も許さない仕様になっていた。

「ユハトォォォォ! 誰だ! 誰が我が息子の意識を奪ったぁぁぁ!」

 壁を突き破って現れた魔王ガラムの咆哮が、魔王城を揺らす。彼の周囲には、怒りによって具現化した破壊の魔力が渦巻いていた。

「ガラム様、落ち着いてください! むやみに力を放てば、ユハト様の肉体まで崩壊してしまいます!」

 リナリアが必死に制止するが、親父の暴走は止まらない。さらにそこへ、神界からの通信が強制的に割り込んできた。

「ちょっと! 私のユハトくんに何したのよ! 安眠BGMの受信確認が取れないじゃない!」

 創世神ルミナリスが、ホログラムとなって謁見の間に現れた。神と魔王、そして勇者と天使が一堂に会し、一人の寝ぼけた青年のために頭を抱えるという、異様な光景。

「神よ! お前の力でこの呪いを解け! さもなくば、今すぐ神界に攻め込み、天の柱をへし折ってやる!」

「言われなくてもやってるわよ! でも、この呪い……術者が『対象が望む最高の夢』を見せることで、内側から魂をロックしてるの。ユハトくん自身が『ここから出たくない』って強く願ってるから、外から解除しようとすると彼の魂が壊れちゃうのよ!」

 ルミナリスの言葉に、その場にいた全員が絶句した。

 そう、犯人たちの計算違いは、ユハトにとって「絶対に目が覚めない」という状況が、拷問ではなく「究極のご褒美」であったことだ。

「……あいつ、絶対ノリノリで寝てるわよ。間違いないわ」

 アリアが呆れたように呟く。

「不届きな反乱分子め……。息子を堕落させる呪いならまだしも、息子を喜ばせる呪いをかけるとは、度し難い嫌がらせだ!」

 親父は怒りの矛先を、呪いをかけた犯人たちへと向けた。

「リナリア! 呪いの発信源を特定しろ! 一秒だ。一秒以内にそいつらを見つけ出し、この世で最も過酷な『不眠不休の苦行』に叩き落としてやる!」

 一方で、夢の世界のユハトは、至福の時間を過ごしていた。

「あー、静かだ。リナリアの『至急の案件』もないし、親父の『修行に出ろ』っていう説教もない。神様の『愚痴を聞いて』っていう泣き言もない。これこそが自由。これこそがニートの終着点……」

 だが、あまりにも完璧すぎる静寂の中で、ユハトはふと、妙な違和感を覚えた。

「……でも、これ。パンケーキの匂いがしないな」

 ふと、地獄のシェフが焼いた、あの暴力的に美味いパンケーキの味が恋しくなる。

「クラリスのマッサージの時の、あの絶妙な指圧の感覚もない。セラフィムが窓を磨く時の、あの間抜けた鼻歌も聞こえない。……静かすぎるっていうのも、案外退屈だな」

 ユハトの心に、わずかな隙が生じた。

「……それに、俺がこうして寝てる間、あいつら、俺のコネを使って勝手に騒いでるんだろうな。親父は城を壊してるだろうし、アリアは文句言ってるだろうし。……俺がいないと、あいつら、ろくなことしないからな」

 ユハトが「現実の騒がしさ」を少しだけ懐かしく思った瞬間、夢の世界にヒビが入った。内側からの拒絶が、呪いの結界を弱めたのだ。

「今よ! 全員で干渉して!」

 ルミナリスの声に合わせて、親父の魔力、セラフィムの浄化、アリアの聖気、そしてクラリスの結界解除が一点に集中した。

 世界を書き換えるほどの巨大なエネルギーが、ユハトの肉体へと流れ込む。

「……う、ん……。まぶしい……」

 ユハトがゆっくりと目を開けた。

 視界に入ったのは、涙目で自分を覗き込む天使と王女、憤怒の形相で震える魔王、そして「やっと起きたわね、このバカ!」と叫ぶ勇者の姿。

「……あー。おはよう。みんな、朝からそんなに集まって、何の会議?」

 ユハトがいつも通りに欠伸をすると、魔王城全体が歓喜(と破壊的な魔圧)に包まれた。

「ユハトォォォォ! よくぞ戻った! 今すぐ祝宴だ! 反乱分子の処刑ショーとセットで盛大に祝うぞ!」

「祝宴なんていいよ、疲れるから。……それより、リナリア。さっきの呪い、もう一回かけられないかな? 最初の五分くらいは、本当に最高だったんだよ」

「……ユハト様。そのような冗談は、私を処刑してからにしてください」

 リナリアの瞳には、冗談では済まされないレベルの「重い愛」が宿っていた。

 反乱軍が放った「最悪の呪い」は、ユハトにとっては「最高のギフト」となり、そして最終的には、神と魔王が手を取り合って一つの目的のために動くという、世界の理をさらに捻じ曲げる結果を招いた。

「……やれやれ。寝るのも楽じゃないな」

 ユハトは再びソファーに沈み込みながら、現実にしか存在しない「騒がしい平穏」を、ほんの少しだけ悪くないと思うのだった。

 呪いさえもコネで解決し、むしろ二度寝の糧にする。

 ユハトの「静寂」への執着は、ついに世界の天秤を再び大きく傾かせたのである。


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