罪 第3部
ある日の休み時間。
「イツキ……」
後ろからクンゼの声がした。
イツキは振り返る。
「どうしたんだ、クンゼ?」
だが――
友達の表情を見た瞬間、胸がざわついた。
冗談を言っている顔じゃない。
――真剣だった。
どこか、焦っているような。
「イツキ……」
少し間を置いて、口を開く。
「お前、自分の噂……聞いてないのか?」
イツキは少し考える。
「俺の……?」
小さく、ぎこちない笑いが漏れる。
「いや、でも……俺、何もしてないし。たぶん」
クンゼは一度、視線を落とした。
「イツキ……」
「これは、冗談じゃない」
その言葉に、
イツキの心臓が強く打ち始める。
胸の奥に、嫌な感覚が広がる。
「……何て言われてるんだ?」
クンゼは少し迷った。
言いたくない、そんな顔だった。
それでも――
言った。
「お前が……ミカリを困らせてるって」
一瞬で、世界が静まる。
「それに……」
言葉を続ける。
「お前が近くにいると、あいつ……嫌がってるって」
イツキは、何も言えなかった。
胸の奥で、何かが止まった気がした。
「……困らせてる……?」
小さく繰り返す。
「でも……」
声が震える。
「俺は……ただ……」
思い出そうとする。
手伝ったこと。
話したこと。
一緒に歩いたこと。
――ただ、助けたかっただけなのに。
クンゼは、そっと肩に手を置いた。
「でも俺は、お前がそんなやつじゃないって知ってる」
「ずっと一緒にいるからな」
「お前がそんなことするはずない」
励まそうとしていた。
それでも――
イツキの中には、何も届かなかった。
頭の中で、言葉が繰り返される。
「困らせてる」
「嫌がられてる」
何度も、何度も。
イツキは視線を落とした。
「……俺は、ただ……助けたかっただけなのに……」
クンゼは、何も言えなかった。
友達のことは信じている。
でも――
噂は、すでに学校中に広がっていた。
その日、
イツキは一つの決断をした。
――ミカリから離れる。
自分の存在が彼女を苦しめているなら、
それが一番いい。
誰にも言われていなくても。
直接、何も言われていなくても。
それが正しいと、思った。
でも――
その選択は、彼を楽にしなかった。
むしろ、逆だった。
授業中。
何も頭に入らない。
先生の声も、
クラスメイトの音も、
すべてが遠い。
思考は、同じ場所をぐるぐる回る。
(いつから……間違えたんだ?)
(どこで……?)
(どうして、何も言ってくれなかったんだ?)
鉛筆を強く握る。
(もし気づいていたら……)
(もっと早く、離れていたのに……)
放課後。
イツキは静かに荷物をまとめた。
誰とも話さない。
視線も合わせない。
そのまま、教室を出る。
廊下を歩く。
胸の奥に、重たい何かがある。
押し潰されるような感覚。
周りの生徒が、視線を向けてくる。
小さな声。
ひそひそ話。
何を言っているかは聞こえない。
でも――
自分のことだと、分かる。
足が速くなる。
逃げるように。
学校を出ると、午後の風が頬を打つ。
それでも――
何も変わらない。
帰り道が、やけに長く感じる。
一歩一歩が重い。
頭の中では、同じ言葉が繰り返される。
(ただ、助けたかっただけなのに)
(ただ、一人にしたくなかっただけなのに)
(どうして……こうなった?)
家に着く。
気づく。
――誰もいない。
静まり返った家。
鍵を開ける。
中に入る。
ドアの音が、やけに大きく響いた。
ゆっくりと階段を上る。
部屋に入る。
鞄を置く。
そして――
そのまま、ベッドに倒れ込んだ。
天井を見つめる。
すると――
勝手に、思い出が浮かんでくる。
初めて話した日。
数学を教えたこと。
学校を案内したこと。
分かったときの、小さな笑顔。
――一度も、嫌そうな顔なんてしてなかった。
(じゃあ……どうして……?)
胸が、重くなる。
(俺は……ただ……)
(友達になりたかっただけなのに)
目を強く閉じる。
でも、考えれば考えるほど、
苦しくなる。
(もしかして……)
(全部、逆だったのか……?)
悲しみ。
罪悪感。
恐怖。
いろんな感情が混ざる。
それなのに――
涙は出なかった。
泣けない。
痛みが、新しすぎた。
大きすぎて、理解できなかった。
考えないようにしても、
頭は戻る。
同じ場所に。
同じ言葉に。
「困らせてる」
「嫌がられてる」
――その夜。
イツキは、ほとんど眠れなかった。




