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僕は何にでも変身できるスライムとラブラブなハーレム生活を送れるかもしれない。  作者: 最条真
三章

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EX5 虚木響介・3(覚醒)





 虚木響介は、特段、地位や名誉と言ったものにこだわりがない。それらは、自分が身に纏う服のようなものであり、身体ではない。自身の魂を昇華するような、特別な何かではない。虚木が求めるのは魂の格であり、純度だ。

 

 重要なのは、自らが天国に行くに相応しいと自負できるほどの自信であり、《四ツ星》という名の新たな服を与えられた程度では、虚木の心は躍らなかった。もちろん、薄っぺらな笑みを浮かべて、《団長》から直々の名誉は拝命したが。


 さて、四ツ星――日本に二十四人しか存在しなかった――今は自分を含めて二十五人、指折りの実力者として認められた虚木の生活はどう変わるのか。


 まず、当然だが、星狩りを辞めるという未来は未来永劫なくなった。《四ツ星》の一大戦力を上層部が手放すはずがない。もはやただでは辞められない。後ろ盾が必要だ。《五ツ星》の口利きがなければ、綺麗さっぱりこの業界から消えることは不可能だろう。まぁ、虚木には関係のないことだ。



 ――――虚木は今日も銃を片手に敵を殺す。



 次に、当然と言えば当然だが、戦闘が味気なくなった。今までわざわざ《四ツ星》に上がらないように“調整”していたのだが、興が乗ってしまった。それは仕方ないとして――三ツ星・四ツ星クラスの異星体と相対しても心が躍らない自分に驚く。



「我々は《共生――――」

「どうでもいいんだ。ごめんな」

 

 

 ――――虚木は今日も銃を片手に敵を殺す。



 ★の昇格によって賜るステータスの向上は強大だ。星の差が一つあるだけで二倍の戦力差が生まれる――普遍的なルール。これは、四ツ星一人が三ツ星二人に匹敵するという単純な話ではない。


 三ツ星が二人いれば、50の力で二人が戦う。

 反対に、四ツ星は二人が一つ。100の力で一人が戦う。


 どちらが強いのか。現実は足し算じゃなく残酷。100の力を持った個人が、50の力を持つ片割れを縊り殺す方がずっと早い。二人が100の力を発揮するには、条件がある。一人は無条件で100の力を振るえるというのに。


 お行儀の必要なルールがないのなら、虚木は無条件の暴力を振るうだけだ。

《侵略派》でもない限り、四ツ星以上の異星体は滅多にいない。三ツ星が徒党を組んだところで、前述の通りの無条件の暴力で嬲り殺すだけ――つまり、《共生派》を特定し星に還す《一般業務》において――虚木に敵はいなかった。



 ――――交流戦はよかったなぁ、楽しかった。



 交流戦を終えた後の夏休み期間。虚木が所属する《劇団スタープロモーション》は多忙を極めた。ひょいひょいと仕事を引き受ける団長の軽率さと、とにかく仕事をこなす、虚木の軽薄さが嚙み合って。他の団員の分まで仕事をこなしたから、劇団自体と言うより、虚木自身が多忙だった。



 働きで熱を取り戻したかったのだ。

 あの、滾りを、わずかでもいいから――。



「あんたさ、働き過ぎじゃない?」

「緋川ちゃんが心配してくれるなんて嬉しいねぇ」

「笑うなって。こっちは真剣に話してるんだけど」


 別に笑ったつもりはないのだけど。無意識に笑っていたらしく、困った。別に事務所の中で緋川とすれ違うのは珍しいことじゃない。とはいえ呼び止められ、あまつさえ腕を掴まれるとは。


 虚木は自身のポリシー上、この腕を振り払うことができない。荒々しい手段は好まないし、女性には優しくするべきだと思うからだ。紳士に装いたい。それが、自身の行き着く美徳で、積むべき得だと思うから。


「弱ったなぁ」


 腕は振り払えない。大変、困った。強がりの一つや二つを言えればいいのだけど、虚木は目つきの強い女性に弱い。青い瞳の強い眼差しに焼かれながら、好きだなぁ、と思った。軽薄に。


 寝て起きたら忘れる程度の激情かもしれないけれど、この瞬間だけは彼女のワガママを何だって聞いてやりたい。


「俺はどうすればいいのかな?」


 分からないので、尋ねた。相手の要求も目的も実のところ分からない。

 緋川は力の限り睨みつけて、言った。


「休め。今日は妹さんの日でしょ」

「もちろん知ってるよ」


 当然、今日も見舞いに行くつもりだった。妹の見舞いだという日は知っていたから、前者の要求、“休め”を達成すればいいのだろうか。とは言え、言われるまでもなく今日は早めに上がるつもりだったし、これでは彼女に何の利もない。高鳴る心臓の恩返しがしたいというのに、困った。


 本当に、どうしようかな、と思った。彼女のことを今は抱きしめたいくらい好きなのだけど、おそらくこれは寝て起きれば覚めてしまう類の恋だし、とは言えふと沸き上がった自身の感情を無碍にもしたくない。熱しやすく冷めやすいタイプ――その激化版。とどのつまりクズのような生態をしている虚木。気になる女子と付き合って三日で別れ話を切り出した男の面構えは一味違う。


 面の皮がとんでもなく厚く、一応の義理は通しているつもり(本人談)だが、すぐに自分のその場限りの感情を優先するクズ(本人も自認している)は、“今好きな子と一緒の時間を過ごしたい”という欲求に従って、一つの提案をした。



「――――緋川ちゃんさ、一緒に妹のお見舞い行かない?」






 ――――――――――――☆――――――――――――






「本当に眠ってるのね……」


 緋川は、ベッドに横たわっている少女の姿を見て、そうこぼす。

 ベッドの中央に沈み込むように横たわる妹の肉体は、何度見たって精巧な人形のようだった。白い肌には幾本ものチューブが這い、彼女の細い腕や胸元をベッドへと冷たく縫い留めている。だが、痛々しい医療器具の群れとは裏腹に、彼女の寝顔はひどく穏やかで。《九州全域昏睡病》に囚われた妹が、せめて安寧の中にいることに安堵する。


「ついてきてくれてありがとな、緋川ちゃん。きっとミチルも喜んでるよ」

「ミチルちゃんって言うの?」

「そう。満って書いてミチルだ。素敵な名前だろ? 俺はそんな名付けをした両親が誇らしいね」


 羨ましい、とも言う。分かりやすく『(ミチル)』なんて親の願いの籠った名前だ。『この子の人生が満ち足りたものでありますように』なんて言霊が名前を呼ぶだけで響いてくる。


 人に名前がある以上、名付け親がいて、その名前には何らかの由来があるはずなのだけど、虚木は『響介』という名前に何か意味を見出したことがない。むしろ皮肉だ、としか。名前を呼ばれても何も見いだせない、虚ろで、魂のない言葉。それは、虚木にとって、ただ自分を意味する記号であり続ける。


 おそらく、きっと、永遠に。


「不思議な病ね、本当に」


 考え事をしている自分を他所に、緋川はそっと、(ミチル)の頬に触れた。優しく、柔らかく、撫でつけるようだった。割れ物に触れるような手つきを見て、ふと、虚木は眠る妹の肌に触れたことがないことを思い出した。


 触れてはいけないと無意識的に思っていた。何故なのか分からなかったが、本当に、今、ただ気づいた。だから何なのかも分からなかった。

 自分のことがよくわからなくって、行動の意味だって、あまり分かっていない。


 虚木は、妹にそっと近づいて、人差し指で静かに腕をつついた。


「……?」

「自分で触れておいて、何怪訝な顔してんのよ」

「……。……さぁ?」

「さぁって、あんた……。本当に適当なのね」


 呆れたように緋川は溜息を吐いた。半目になってこちらを睨む緋川は可愛いが、残念、これは今日一日限りの恋だ。つまらない補正のことは忘れて、虚木は口を真一文字に引き結び、真剣に自分の感情について考察した。


「……………………?」


 虚木は首を傾げた。不可解な挙動をする虚木に対し、『何やってんのよあんた』と、冷ややかな目で見られるが、些事だ。


 正体不明の感情に悶え苦しむでもなく、虚木は、ただ、そういうものか、と処理をした。捨て置いた。


「まぁいいや」

「何がよかったのよ、あんた。……はぁ。そもそも私は、あんたがここに連れてきた理由が分からないんだけど」

「なんで?」

「『なんで』ってあんた。説明したつもり?」

「しなかったっけ」

「私はいつも通り、適当に口説かれた記憶しかないわ」


 実はそれが答えなのだけど。好きだから口説いて、好きだから連れてきたのだけど。適当と言えばその通りなのかもしれないし、説明しても納得してもらえるような感情じゃないから、困った。俺ってなんなんだろう。そう思いながら、適当に口走った。


「……まぁ……なんとなく……?」


 適当なつもりが、意外とそれが腑に落ちた。

 なんとなく好きになったから、それとなく連れてきたのだ。


「まぁ、なんでもいいわ」

「聞いてきたのはそっちなのに」

「笑ってないから、それだけでいい」


 虚木は疑問符を浮かべながら、自分の口元に手をやる。無表情だった。だから何だという話だけど。笑う気力が不思議とないことに気付いて、虚木は静かに椅子に座った。


「あんた、笑ってない方がマシな顔してるわ」

「どういう事?」

「薄っぺらいのよ、いつも。あんたが心の底から笑ってるときなんて滅多にないわよ」

「……そう?」


 虚木はいつも通り困ったのだが、ふと、今日一番の言い訳が思いついた。

 だから、笑みを浮かべた。


「笑顔でいるのも仕事の内だと思わない?」


「は?」

 

「辛気臭い顔でいたら、ミチルも浮かばれないだろ?」


 できる限り兄らしく。妹の幸福を祈る兄のように、笑って見せた。

 それに対して、返ってくるのは深い溜息だ。深く、呆れたような、溜息。


「あんた、どんだけ鈍いのよ……」


 緋川は呆れた顔でこちらに近づいてきて、額にデコピンをくらわしてきた。


「あだっ!?」


 ひどいなぁ、という顔で彼女を見上げれば、彼女は憤るでもなく、ただ、生徒の困りごとに対し、ヒントだけを与える教師のような顔をしていた。


「あんたなんかずっと、あっけにとられた顔してればいいのよ」 

「……どういう意味?」

「自分で考えろ、ばーか」


 そう言って、緋川は足早に病室の扉に手をかけた。


「帰っちゃうの?」


 問いかけに対し、緋川は短く舌打ちをする。


「積もる話があるでしょうが。部外者は必要ないっつーの。ついてきた私が馬鹿だった」

 そう言って、緋川は静かに目を伏せる。


「せっかく寝てるんだから、取り繕う必要もないでしょ」


 ついに扉が閉められた。せっかく連れてきたのに、虚木は一人になった。寂しいな、と思って、虚木は眼前、眠り姫のような妹を見つめた。


「……なんでついてきてくれたんだか」


 虚木は心底、分からないという風に眉を下げた。ふと、妹の小さい掌のことが気になって、両の手で握ってみた。冬の日に作る雪玉みたいに小さい。なんで人肌で溶けてしまいそうなくらいに弱い掌なのか。傷つけないように懸命に握って、虚木は初めて、妹の命が自身の掌にすっぽりと収まっていることを実感した。


 これは目覚めない死体ではなく生きている妹だ。


 今までは死んでいるとばかり思っていたけれど。延命措置なんて建前で、もう二度と目覚めず、これはほとんど死んでいるとばかり思っていたけれど。


 柔らかな命の鼓動を感じて、笑えない。

 

「――――」


 今まで触れずにいたのは、それが一線だったから。触れて確かめて何も感じずにいられたのなら、自分は感情のない機械であるようで――恐かった。


 欠落を認めたくない。満ち足りていたい。充足を感じたい。幸せになりたい。




 幸せに――なりたいだけなのか?


 

 だとしたら底が浅い人物像だ。

 今まで天国に行きたいだの云云かんぬん言ってたのはなんだ。

 死後に救いを求めた理由は?



「まさか」



 現実を、諦めていた?


 何故? どこで? なんで諦める要因があった?

 

 思い返せば――当人にその意識は微塵もなかったが、虚木響介は昔から『災禍』に愛されていた。 今まで起きた四つの大震災――。


『東日本大震災』『横浜重力消失事案』『九州全域昏睡病』『東京大停電』――その全てに、虚木は被災してきた。まずは東日本大震災で住む場所と母を失った。それから移り住んだ横浜、四年の平穏を享受した後に重力が消え、空に人が攫われていった。攫われた父は、未だに帰ってきていない。そして孤児になった。


 妹を失う以前に、家族が二人死んだ時点で。



『異星体を殺したら、オレは天国に行けますかね?』



 天国を望んでいた。


 知っていたからだ。現実はどこまでも残酷で、幻想に縋りつくことでしか精神の均衡を保つ術はないと。だから自分の中に信仰を作り上げた。死後に期待することでしか、生きる活力を見出せなかった。


 妹のことなんて目もくれずに、天国に旅立とうとしていた。


「……ひどい兄ちゃんだよな、本当に」


 虚木は微笑を浮かべて、妹の頬を撫でた。

 弱さで満ちた自分を隠して、虚ろな強さを演じていた。

 

 本気でやることが――“本”当の“気”持ちを出して――自分の弱さを認めるのが、怖かったんだろ? 自分の弱さが嫌で、上っ面だけを飾って、負けても構わないやって笑って。


『――アンタが勝てばよかったんだよ』


 本気で俺に語っていた月野を思い出して、笑う。



 ――――いいや、お前が勝つべきだった。



 何を言っても平行線だけどな、お互いに。

 ああ、本当に情けない。


 最低な兄貴だ。

 父さんと母さんが死んだくらいで何もかも諦めるなんて、お兄ちゃん失格だ。


「なぁ、ミチル」


 虚木は、妹の両手を握った。




「今更お前を生きる理由にしたいって言ったら、怒られるかな」




 握り返されることもない手を、虚木はぎゅっと、一晩中握り続けていた。









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