EX6 緋川遊乃・2
生きる理由が定まった程度のことで、虚木響介という人間の本質は変わらない。当然のように仕事はテキパキとこなすし、ナンパ癖も治らない。へらへらと笑うときもある。ただ一点、変わったことがあるとするのなら――
「――――《真剣眼光》」
今までの“舐めた”スキル構成を辞めた。
能力的な相性からバディを組まされている緋川から見れば一目瞭然。どこか星に媚び、魅せることを重視していた虚木が辿り着いた《新境地》――それは単なる本領発揮。
本気で星を狩るために最適化された、遊び心のない全力戦闘だ。
異星体の《ナワバリ》――事前に異星体が《星戦》を宣言することによって略奪された領域――にて、虚木響介は今日も一騎当千の働きを見せていた。
「私いらないんじゃないの……」
そう一人ごちりつつも、緋川はサポートに手を抜くことはない。
《輝跡捕捉》で敵の補足を行い、敵の一挙手一投足を見逃さず、その隙や攻撃の意志などを『光』として捉え、それを《感覚同調》によって虚木に共有する――仕事はしているのだが、『★★★案件』はどこか手ぬるいというのが率直な印象。もちろん、虚木が伴えば、という注釈を付けなければいけない。癪ではあるが。
異星体が《星戦》の宣言によって確保した土地――《ナワバリ》――宙に浮かぶ異星体の親玉《母体》の力の供給によって成り立っているとされる“その領域”は、常時、相手の星戦によるバフ効果が付与され続ける。
故に、原則的には《星狩り》側が不利なはずなのだが――
星戦によって形成された深奥のダンジョンめいた地形。
相対するのは御伽噺に語られるような『ミノタウロス』。
しかしそれを相手取る虚木に苦戦の色は見られない。振りかぶられる超速の斧を当然のように躱し、新しく誂えた“ナイフ型”のシルバーバレットを見舞う。当然のように心臓を一刺し、抉る。詠唱もなく一息でただそれを行う。殺した。次だ。
まだ敵はいる。虚木は次の標的――強化種らしき『肌の赤いミノタウロス』に目線を向けた。
「Graaaaaaa――――《超新星》――――!!」
それが雄たけびに似た“異星の言語”にて《超新星》を唱えるのが見えた緋川だったが、当然、心配はしていなかった。
“風刃”
足を動かず、ただ、その場でナイフを振るった虚木の一撃――不可視の風の斬撃によって、その異星体の首は、すとんと落ちてしまったのだから。
「これで終わりっと」
首を落とされた巨大な赤い肉塊が、地響きを立てて崩れ落ち、やがて銀色の《星屑》となって空間に溶けていく。
舞い散る光の粒子を背に、ナイフを収めた虚木はくるりとこちらを振り返った。血の一滴すら浴びていない端正な顔立ちに、これ以上ないほど屈託のない笑みを浮かべ、緋川に向かって軽薄にピースサインを掲げてみせる。
「今日の俺もかっこよかったっしょ?」
その態度は相変わらずふざけていて、腹立たしいほどいつも通りだ。けれど、緋川の青い瞳は確かに捉えていた。かつての、魂が抜け落ちたような薄っぺらい造り笑いではない。今の彼の笑顔には、確かな温度と、少年のように無邪気な『生』の輝きが満ちていることを。
……変わったのはこれくらいのことだ。これくらいのこと。
「ほんと、ムカつくわね、あんたって」
緋川は小さく息を吐き、呆れたように、けれど微かに口角を上げた。
星戦が崩壊する。
――――――――――――☆――――――――――――
《シルバーバレット》とは、とどのつまり、異星体という地球の癌を根絶するという目的の元、“祝福”が授けられた武器である。
もっとも一般的なのが銃。銃種(特に『USP.45型』が多い)が望ましい理由は――『銀の銃×銀色の銃弾』――二重の『祝福』によって、異星体に対し、最も致命的な威力を発揮するからである。
しかし、ありとあらゆる『銀』に祝福を授ける――“銀の聖女”は、穢れ無き銀に祝福を惜しまない。祝福の対象は刃物に鈍器になんでもござれだ。
材質が銀である限り、聖女の祝福の対象となる。故に、虚木が所有する、『祝福を授けられた銀のナイフ』は、紛れもなくシルバーバレットの一種なのである。もっとも、銃のような既製品ではなく、オーダーメイド。
自分の要望を通す実力と実績がなければ、銃以外の武器なんて望めない訳だが。
閑話休題。
さて“自分の要望を通す実力と実績”――それをついに兼ね揃えた虚木は、はっきり言って、このような『中規模星団』に属する理由はなくなった。そもそも《四ツ星》という時点で我らが《団長》を超えてしまっている訳で……正式に、一介の星団で手に負える存在ではなくなった。
だから四ツ星に到達する前に篭絡しろだのなんだの言われていたのだ。私には無理だというのに。
「ねぇ緋川ちゃん。『大規模星団』からのスカウトが来たらどうすりゃいいんだろう」
ほらきた。
「なんで馬鹿正直に私に話すのよお前は……」
「だって緋川ちゃん以外に頼れる人いないし……」
「んなアホなって言いたいけど……。まぁあんた星団のみんなにうっすらと嫌われてるから仕方ないか」
「聞きたくなかった!」
それはこっちのセリフだ。
事務所の屋上。そこに呼び出されたかと言って告白を期待したわけでもない緋川だったが、飛んできたのは、当然でもあり、衝撃のニュースだった。
ベンチに腰を下ろし、空を仰ぎ見る。
晴れ晴れとした空だ。憎たらしいくらいに住み渡っている。
ついにこの日が来たか。
まぁ、遅かれ早かれ、という感じだが。四年前のあの日――【東京大停電】の時から、彼はその資格を持っていた。むしろ遅かったのか。四年間に渡り《四ツ星》に匹敵しうる実力を秘匿し続けてきた――それが、緋川の知る虚木響介――その人なのだから。
「……で、大規模星団って言っても、どこよ。ほら、色々あるでしょ」
「ん? 全部」
「は?」
隣に腰掛ける虚木は、自慢するような素振りすら一切見せず、どこか楽しげに長い指をパキ、パキと一本ずつ折り曲げ始めた。
「えぇっとね、確か――」
まるで今日の晩飯の買い出しリストでも思い出すかのような、ひどく気楽で軽薄な態度だ。日本の星狩りの頂点に君臨する絶対的な巨大組織の数々を、事もなげに指折り数えようとするその無邪気な横顔を前にして、緋川の思考は一瞬だけ完全にフリーズした。
「【泥工房】【智慧の醜態】【銀の黄昏】――」
「……まて、ストップ。わかった。名前挙げなくても知ってっから」
「そう?」
「まぁあんた四ツ星だもんね。……四ツ星かぁ。……はぁー……」
自分より二倍の星を持つ、遥か彼方の存在。『★★★★』とは、幾千一万の中から選ばれた“一握り”。もはや、自分が介入できるような存在ではないのだった。
目をつむって思い返す。
――――四年前。
光を奪われ闇に沈んだ東京。炎と風にまみれた地獄絵図。
『台風が偶然、停電直後の東京に直撃した』
『停電下で光源として灯された多くの火が、直撃した台風の暴風によって煽られ、一気に街へ延焼した』
なんてものはカバーストーリー。《被災者》である緋川は目撃していた。星たちの饗宴を。共演を、狂縁を。星が神話の怪物の体を成して暴れ狂っているのを。
その中でも緋川が色濃く覚えているのは――龍。
龍というものが実在するのだと、緋川は体で全てを覚えている。黒い鱗。天を凌ぐ巨体。嵐を起こす翼。百の首と頭。灼熱を放つ口。火のように輝く瞳。その全てを。
東京大停電を引き起こした黒龍――ギリシャ神話の怪物『ティフォン』。現代の台風の語源であり、当時の星狩りが総勢を成して“退却”させることしか出来なかった怪龍――《六ツ星》を象徴する異星体。星狩りの中で秘匿されている脅威を目撃しながら、尚も生きているのは、緋川が星に愛されていたから。
当時、最年少の三ツ星として派遣されていた虚木に保護されたからだ。
『一緒に逃げるよ』
瓦礫の山から救い出され、差し出された手を握った日から私は――――なんて。
そんなことを言うつもりはない。
私が星を追った理由を、お前は知らなくて良い。
震災の記憶を『エージェント』によって忘却してもらって、普通の一般人として生きていく道もあった。だけど。
『私もあの人みたいになりたいんです』
その言葉に嘘はなかったんだ。なかったんだよ。そりゃ、本性を知って失望することはあった。必死の形相を見せない軽薄な一面に築き上げたイメージが崩れ落ちることだって、あったさ。一緒に仕事をして分かったことがたくさんあって、ダメなところだらけのクズってことが身に染みて分かった。だからといって嫌いになれないのが乙女心の難しいところで。脈がないのに心は手放せない愚図な女だから、助かる。
――――私の手が届かないところまで、彼の才能が飛躍することを。
別に忘れられたってかまわないのさ。思い出は消えないんだから。
そもそも、こいつが助けた女の子の顔を覚えているのかすらも怪しいな。……いや、今思い返せば絶対に覚えてない。初めて自己紹介した時ノーリアクションだったしなこいつ。こいつに女の顔を覚える機能があるわけない。……ふぅ、クズだってことを再認識してせいせいした。回想終わり。
「……で。どこにいくのあんた。どこにでも行けるらしいじゃない」
私を置いてどことなり消えるがいい!
さぁ、殺せ!!
「俺はどこにもいかないけど?」
……。
…………。
………………?
「はぁ?」
馬鹿かこいつ。いや、馬鹿だったような気がする。虚木程の実力を持ちながら、『大規模星団』への移籍を断る理由が皆目分からない。金も地位も名誉も何もかもが手に入るというのに。
『馬鹿なのか』と、強い目線で睨みつけると、虚木は観念したように話し始める。
「……まぁ、正確には、『まだ』どこにもいかないってだけ。ここまで来て転校なんて嫌だもんね、俺。少なくとも卒業するまでは待ってって頼んだ訳よ」
「――――」
それは、わりと真っ当な理由で、虚木らしくない理由だった。
今の学園生活が大切だ、だから卒業まで待ってくれ――――なんて、虚木が言うか? 緋川遊乃は長年の付き合いで知っている。こいつにとって学校なんてものは、窮屈な檻に過ぎないことを。彼は翼を持ち、大きな力で青空に向かって羽ばたいていける美しい鳥であり、人に飼われる文鳥じゃない。
くだらない教育に飼い殺しにされる時間を設けるなんて、それは彼の人生の損失だ。
……そもそも。
「……何が楽しいの? 学校なんて通って」
「楽しいわけじゃないかも。あまり友達もいないし」
「あんたが女をとっかえひっかえしてるからでしょ」
「恨まれてるのかなあ」
「当然でしょ。あんたはいつも軽はずみなのよ」
「あはは」
虚木が笑う。嘘じゃないと分かるから、緋川は静かに目を逸らした。
私は虚木の尻を蹴り上げないといけないのに、……だけど、ホッとしている自分がいる。まだ、彼が私と同じ小さな鳥籠に留まってくれるという事実に。
もちろん、彼がここに残る理由が私ではないことくらい分かっている。胸の奥がじんわりと熱いのは間違っている。
「それで。……卒業するまで待つのは分からなくもないわ。人道的には正しい。あんたらしくはないけれど」
「辛辣だなあ」
「いつものことでしょ。……で。結局まだ時間はある訳ね? じゃあじっくり吟味して進路は決めなさいよ、ってのが私の結論。終わりなら私はもう帰るわよ」
これ以上こいつと同じ空間にいたら、気がおかしくなりそうだ。
「もっとおしゃべりしないの? 俺は緋川ちゃんともっと話したいんだけど」
ベンチに座ったまま、虚木はわざとらしく小首を傾げた。立ち上がろうとした緋川を上目遣いで覗き込んでくるその顔は、もう自らの美形っぷりを活かした輝きを伴っていて、彫刻のように完成された顔にすがるような色気を含ませて迫られれば、大抵の女は理性を溶かされて首を縦に振ってしまうだろう。ふざけたことに顔がいい。
現に、緋川の心臓も先ほどから警鐘を鳴らしてうるさいくらいだ。
「……ッ。あんた、女を誑かす癖、本当にどうにかした方がいいわよ!」
そう言って、緋川は、半ば逃げ出すように早足で歩きだした。一歩一歩ごとに、心臓の鼓動を刻むみたいで、このまま駆け出したら心臓が爆発してしまいそうだな、とも。どれだけの緊張を伴って彼と言葉を交わしているのか、緋川はそれを証明するみたいに足早に階段を駆け下りた。
「…………本気だったのになあ」
ぽつり、ベンチに一人残された虚木はつぶやいた。満ちていたものが、再び失われたような喪失感。心の中がやけに寂しい。この感覚を何と呼ぶのか、虚木にはまだ定義できなかった。




