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僕は何にでも変身できるスライムとラブラブなハーレム生活を送れるかもしれない。  作者: 最条真
三章

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46『人を殺した程度のことで』


 ――――キーンコーンカーンコーン。



 学生にとっては馴染み深いチャイムの音。四限終了を告げられたとなれば、その響きは解放の合図として開放的で、教師が教壇を去るや否や、教室は一気に沸き立つような喧騒に包まれた。

 四限目が『体育祭』の出場種目を決めるLHRという事も手伝って、普段と比べて皆のテンションは高めである。



「宇都宮、一緒に飯食うか?」

「悪い。オレ、月野と二人きりで食うから♡」



 クラスメイトの誘いを軽い調子で断った“有”は、僕の肩を叩いて、教室の入り口を指さした。普段との――女性姿のギャップがとんでもない――中世的な黒髪イケメンの宇都宮有その人である。

 週明けの月曜日と言うのが、その見慣れなさに拍車をかけるのか。女じゃない有というのは新鮮だ。


 有に手を引かれ、食堂へと急ぐ生徒たちの波に逆らうようにして歩く。繋がれた手のひらは男子高校生のものとは思えないほど柔らかい。背丈や骨格こそ中性的なイケメンのそれだが、振り向きざまに僕へ向ける流し目や、すれ違う瞬間にフワリと香る甘い匂いには、女としての色香が色濃く残っていた。……それに気付いているのが僕だけ、という事実が仄暗い優越感を刺激した。


 同性に手を引かれているはずなのに、妙に艶かしくて居心地が良い。周囲の女子生徒たちが色めき立ってこちらをチラチラと見ているのが、余計に気持ちがよかった。



 ――――お前らは勘違いしてるけど、こいつは僕の女だから。



「こっちだ」と手招きされ、購買へと急ぐ生徒たちの波に逆らうようにして歩く。向かった先は、特別棟の廊下の突き当たりにある非常口だった。

 無骨な鉄扉には『緊急時以外開放厳禁』という色褪せたステッカーが貼られている。とはいえ、ここは学校だ。仰々しい警報システムなんてものはなく、開けようと思えば、誰でも簡単に外へ出られる仕様になっている。


 有は慣れた手つきでドアノブに手をかけ、重い鉄扉を勢いよく押し開けた。

 その瞬間、眩いほどの光が差し込み、視界が一気に高く澄んだ青空へと塗り替えられる。まだ夏の匂いを色濃く残した九月の風が、突き抜けるような爽快感を伴って薄暗い廊下へと吹き込んできた。

 

 光の奔流に目を細めながら、僕もまたその境界線を越えて外へと踏み出した。

 コンクリートから無機質な鉄製の踊り場へ。一歩進んで扉を閉めると、校舎内の湿った喧騒が嘘のように遠ざかっていった。


「さてと。これで二人きりだな♡」


 有は蠱惑的な笑みを浮かべると、鉄の手すりに背中を預けた。それから、黒髪が風に揺れるほどに伸びた。いつも通り、ふわふわしたロングヘアー。髪色は黒から金に。


 身長はそのままに、胸元だけは膨らんで。


 恰好が男風だったから、余計に背徳的だった。ゆったりとした半袖の白いワイシャツが、急激に膨らんだ双丘によって内側から無残に引き伸ばされて、胸の谷間が覗けた。


「えっち♡」


 僕の露骨な視線を悟ったのか、有はわざとらしく身をよじり、胸の前で両腕を交差させる。恥ずかし気な様子はなく、口先の抗議とは裏腹に、彼女の悪戯っぽい翡翠色の瞳は僕の反応を楽しむように妖しく細められていた。


 ……いや、変身するのは構わない、むしろ大歓迎なのだけど――いちいち性欲を煽るようなポーズを取らないでほしい。ここは学校だ、学校。超絶可愛い有から目を逸らしつつ、


 僕は深くため息をつき、外階段の段差に腰を下ろした。理性を総動員して意識を逸らすべく、スクールバッグのジッパーを開け、中から見慣れた弁当箱を取り出す。


「二人きりでご飯食べたいって言ったのはお前だろ?」


 なるべく平静を装って促すと、有は「んふふ」と嬉しそうに喉を鳴らし、僕の隣に腰を下ろした。



 ――――ぴとっ。肩から太ももにかけて、彼女の柔らかい肉感が僕の身体にぴとっと隙間なく密着してくる。危ない、有がスカート姿だったら太ももを撫でるところだった。可愛さに脳みそがやられている。結姫乃に脇腹を抉られるか真白に冷たい目で見られることで正気を保ちたいのだが、残念、二人は僕と違って友達が多い。


 結姫乃は五十鈴先輩やミヤビと一緒に食堂に行っているし、真白は美少女の転校生という事でクラスメイトの面々に可愛がられているのだ。昼飯は数少ない監視の目が緩むタイミング――という事で、有とのイチャイチャが始まるのが常である。


「あーん」


 有は僕が弁当箱の蓋を開いた瞬間から――悪びれる様子もなく、艶やかな桜色の唇を小さく開いて待ち構えていた。まるで餌を待つ雛鳥である。

 ここで抵抗しても無駄なことは経験上よく知っている。僕は諦め半分でため息をつき、自前の箸で鮮やかな黄色の卵焼きを一つ摘まみ上げた。


 そのまま彼女の口元へ運んでやると、有は身を乗り出すようにしてパクリとそれに食いついた。

 

「んーっ、美味しい♡ 月野の卵焼き、甘くて大好き♡」

 

 幸せそうに目を細め、もきゅもきゅと咀嚼する有。……僕は無言で次のタコさんウィンナーを箸に装填した。有が目を輝かせてぱくりと食べる。可愛い。


「おいしー♡ ……これ全部月野の手作りなんだよな? すげー」

「毎朝ありもので適当に作ってるだけだよ。妹の分と一緒に」

「偉いな。オレが人間だったら絶対に自炊とか無理。絶対親に甘えると思う」

「有は甘やかしがいがありそうだよな」


 言葉とともに空いている手を伸ばし、太陽の光を反射してきらきらと輝くふわふわの金髪を撫でる。

 指先に触れる髪はシルクのように滑らかで、スライム特有の不思議で微かなひんやりとした心地よい感触があった。有は気持ちよさそうに目を細め、僕の掌へとすり寄ってくる。


「猫か」

「月野のためなら『にゃん』って鳴いてやってもいいぜ」

「……試しに鳴いてみて」


 有は悪戯っぽく口角を上げると、両手を軽く握って猫の手を作り、はち切れそうな胸元に添える。それからあざとい上目遣いでこちらを見つめると――


「にゃん♡」


 僕は無言で次弾のハンバーグを装填した。なんだこの美少女スライムはたまらねぇと悶絶しつつお弁当の半分を有に明け渡した。


「……もー、月野。オレに食べさせ過ぎだぞ?」

「だって有が可愛いから……」

「それは嬉しいけど――オレは光合成でエネルギーを生成できるんだからさ」

「急に宇宙人発言来たな」

「まぁ実際宇宙人だしな」


 それが有自身が弁当を持たない理由でもある。光合成でエネルギーを賄える有は、食事で栄養を摂取する必要があまりないのだ。


「我ながら便利な身体だよな。自在に変身も出来るし。……ま、お陰で《星狩り》に追われる羽目になるんだが」


 自嘲気味に呟いた有は、僕の腕に押し付けていた身体の力を少しだけ抜き、どこか遠くを見るように眩しい秋の空へと視線を向けた。


「まぁ、《星座審査》を終えたらそんな心配もなくなるだろ」

「そうだな……」


 風に揺れる金糸の髪が、彼女の整った横顔に淡い影を落とす。


「……本当に星座に認定されんのかね、オレが」

「弱気か?」


 僕が尋ねると、有は困ったように眉を下げた。


「だって、何人殺したかなんて忘れちまうくらいに――人を殺してるんだもん。オレ」

「――――」


 当たり前な話。有は《異星体》で、宇宙人で、この土地の主で、《星狩り》に狙われる立場だ。そりゃあ、人は殺すだろう。有からの攻撃か、それとも正当防衛か――どちらか走らないけれど、その数は十や二十を超えるはずだ。

 空――星からの評価が経験値になり、それが等級、ひいては強さに直結する世界で、“もっとも効率がいい経験値の稼ぎ方”は――殺人。血を好む星座たちは、人の命が失われる瞬間にこそ、差最大の恩寵を発揮する。

 自分の善を証明するために――悪を打ち倒すために――はたまた何の大義のない殺しでも――星は評価する。引き返せなくなったものにこそ、星は力を与える。

 

 純粋に強さを求めるために――人を殺す。


 それが、《侵略派》の異星体が存在する理由の一つであり、有が、この土地の主――《三ツ星》上位の等級を持つ理由だ。“基本的”に、人を殺していない異星体は弱い。多種多様な側面から評価できる――星の寵愛の対象である人に比べて――同族嫌悪が働く星の住人は、原則的に――――。



 ――――人を殺すこと以外で、強くなれない。




 だから、有は人を殺した。当然のことだ、分かり切ったことだろう?



「――だけど、僕はお前のことが好きだ」



 人殺しだろうが何だろうが関係ない。前からずっと言っている。そんなことはどうでもいい。本当にどうでもいいんだ、僕からしてみれば、好きな人が人殺しだった程度のことで揺らぐ愛情じゃない。何度も何度も有は愛情の在処を確認したいようで、僕はいつだってそれに応えて見せる。当たり前のことだ。



 ――――愛してる。



 告げると、有は、いつも通り、はにかんで笑った。







【chapter5:END】
















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