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僕は何にでも変身できるスライムとラブラブなハーレム生活を送れるかもしれない。  作者: 最条真
三章

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43『生き残る強さ』




「初様。お迎えに上がりました」


 自動ドアが開き、冷房の効いた店内から、まだ微かに熱を孕んだ夕暮れの空気の中へ押し出された瞬間に、幼さの残るあどけない声が聞こえる。

 入口正面、瀟洒な立ち振る舞いをした金髪ツインテールの少女――レイナが、僕の姿を認めるなり、完璧な角度で恭しく、慇懃無礼な気配を漂わせて頭を下げた。


 いつも通り、胸元が切り開かれたクラシカルなメイド姿で。

 僕の趣味ではないと再三説明しているのに、真白は彼女を見るたびに眉間に皺を寄せる。……僕が咎められているような気がして、少し気まずい。


 レイナは僕に一礼した後で、視線を僕の背後に立つ真白へと向けた。

 

「もしよろしければ、真白様もお送りいたしましょうか?」


 レイナが流し目で示した先、駐車場に停められた黒いラパンには、運転席から大人の姿をした有が楽しげにこちらへ手を振っている(運転をするときに限って、有は大人びた姿に変身する)

 真白の青い瞳が、僕とレイナ、そして有を交互に見比べ、さらに一段階、スッと温度を下げた気がした。


「ええ、では……お言葉に甘えて」




 道路の中を、黒いラパンが滑るように走り抜けていく。

 軽自動車特有のコンパクトな車内。運転席では、大人の姿をした有が上機嫌にハンドルを握っている。助手席のレイナは背筋をピンと伸ばし、まるで要人を護衛するSPのように静かに前を見据えている。


 後部座席では、広くはないシートで、僕と真白は肩が触れ合いそうな距離で並んで座っていた。この距離感は当然、少し気まずかった。何故って、女の子は決まって良い匂いがして、困るのだ。

 甘い匂いだけで困るというのに、顔を見ればひとたび意識してしまうだろうから、残念、この状態の僕は傍にいて当然の談笑を行うことができないのだった。


 車内・密着――こんな状況下で美少女と平然と顔を突き合わせて喋れる男がいたとしたら見上げたものだ。是非とも尊敬する人物の欄に書きたい。僕には無理だ。無論、真白との付き合いは誠実なものであると声を大にして言えるのだが、誠実なものであるからこそ、ここで僕が意識するわけにも行かなかった。


 僕が反対側の窓にへばりつくようにして石像と化していると、隣から微かな衣擦れの音が落ちた。

 続いて、車の走行音にに紛れるほどの――ひどく小さく、呆れたような息を吐き出す気配。

 言葉はない。彼女がこちらを見た気配もない。ただ、彼女の膝元で鞄を抱え直すわずかな動作と共に、互いの身体を隔てるように、ぽすんとカバンが置かれた音がした。


「難儀な人ですね、あなたは」


 過剰なほど距離を保とうとする僕の不格好な気遣い(いや、結局自分のための行為)に、呆れ果てたというように。

 あるいは、そのあまりの毒のなさに、彼女自身の毒気すら抜かれてしまったというように。彼女も同じく、窮屈そうに窓に身を寄せた。


「悪い、助かるよ……」

「はぁ……まぁ……。器用なようで、意外と不器用な人ですよね」

「どういう評価だよ」

「ありのままの事実ですよ。複数の女性と関係を持つ節操なしかと思えば、意外と義理堅かったり。ああ、安心してくださいね。賞賛ではなく単なる事実なので。私があなたに好感を持っているという話ではありません」

「でも可愛いだろ、オレの月野は♡」


 唐突に会話に混ざってきたのは、運転中の有だった。バックミラーでこちらの顔を視認しながら、楽し気に目を細めている。


「可愛いかどうかは置いておいて。……あなたが運転しても大丈夫なんですか、この車。実は勢いで乗ってしまって不安なんですが」

「任せとけ? 運転は上手い方だぞ」

「どこで学んだんですか、異星体が……」

「一目見て触れば大体わかんだろ」

「はあ……、……そうですか……」


『免許証は持っているのか』『道路交通法を舐めているのか』。

 喉まで出かかった正論と常識的なツッコミの数々を、彼女は強引に飲み込んだらしい。法や論理が一切通じない規格外の《異星体》を前にして、まともに取り合うだけ無駄だと悟ったのだろう。彼女は諦めたように深く息を吐き出すと、再び無言で窓の外へと顔を向けた。


「まぁ……私が乗っている間に事故さえ起きなければそれでいいです」


 放り投げた!

 諦めたぞこいつ!


「そういや真白は事務所の方でいいのか? 勘でそっちの方に出してるけど」

「はい。ルカさんに用事があるので。後、事前に行先は確認してくれると助かります」

「悪い悪い」


 そんな言葉とは裏腹に、有は全く悪びれる様子もなく、カラカラと喉を鳴らして楽しげに笑った。

 片手で軽やかにハンドルを捌きながら、バックミラー越しに覗くその表情には、反省の色など微塵も浮かんでいない。むしろ、お堅い真白のペースを崩して振り回すのが面白くて仕方ないといった、小悪魔的で妖艶な余裕に満ちていた。


「……はぁ。……まったく。……まともに取り合ったら疲弊しますね」

「でもオレは可愛いから」

「あなたは可愛くありません。運転に集中してください」

「月野ぉ~。真白がいじめる」

「僕が真白を咎められるとでも?」

 

 残念なことに勝てない。実力的にも言い分的にも。


「身の程を弁えているようで大変よろしいです」


 真白はふん、と小さく鼻を鳴らすと、胸の前で腕を組んで深くシートに背中を預けた

 視線は窓の外に向けたままだが、その横顔には乗車時の緊張感はない。少しは気持ちが安らいだらしい。 

 彼女の薄い唇の端が、ほんのわずかに、確かな満足感を伴って持ち上がっているのが見えた。

 冷徹な執行役としての優越感か、それともこの奇妙なノリに馴染みつつある証拠か……誇らしげで、どこかドヤ顔にも近いその表情は、不覚にも少しだけ可愛かった。


「……そういや、オレの月野はどうよ」

「運転に集中してくださいと言ったはずですが」

「悪いやつじゃないだろ?」

「情に訴えかけても無駄ですよ。私はやる時はやる女ですので。私が手を出していないのは、ひとえに判断材料が出揃っていないからです」

「で、質問の答えは?」


答えを迫る有に対し、真白はため息をついて返事をした。


「あなたに答える必要性はありません」

「つれないなぁ」


そう言って、有は肩をすくめた。

そんな雑談をしながら完璧に運転をこなすのが宇都宮有クオリティ。比喩でも何でもなく、こいつは大抵のことを見て覚えて、完璧にこなしてしまうのだ。運転までこなせるなんて、つい最近になるまで僕は知らなかったけど。ちなみに偽物の運転免許証の用意まで完璧だ。万が一の職務質問なんかも問題なく通過できる。とことん抜かりねぇ。


「あ、途中でコンビニ寄って貰ってもいいか?」

「ファミレスで何か食べなかったのか?」

「ドリンクバーだけで居座ったよ。ほら、事務所に行くんだったら……プリンを買ってやらないといけない相手がいるからさ」







「よっしゃー!! プリンなのです!! これは恩を売った甲斐があると言うものなのです!!」



渡辺探偵事務所ーー三階。仕事スペースである二階とは違って、三階は職員の居住空間。


 元々は古い雑居ビルのワンフロアだった空間を、居住用に無理やりリノベーションしたと聞いていた。無駄に広い玄関のには、愛理を象徴するような桃色の小さな靴と渡辺さんのスニーカーが、寂しいのか身を寄せあって並んでいた。


 二十畳はありそうな広々としたLDK。まるでシェアハウスのような趣の空間で、中央には無数の傷が刻まれた大きな木製のダイニングテーブルがでんと鎮座している。その上に愛理への貢ぎ物であるプリンがキラキラと輝いていて、プリンと同様、椅子に座る愛理の瞳もキラキラと輝いていた。


「まだ交流会の時の恩を返してなかったからな」

「その通りなのです。愛理は初くんの代わりにルカさんの愛で愛でを味わったのです。お耳もはむはむされました」

「本当に感謝してる……」

「謝意は受け取ったのです。やはり、誠意とは言葉でなく行動で示すものですよね!!」


 そう言って、ご機嫌なお団子ヘアの愛理はプラスチックのスプーンでプリンを一掬い。スプーンの上で輝くプリンをしかと見てから、はむっと頬張る。


「ん~~~~~まぁ~~~~~いのですっ!」


 頬に手を当てて、蕩けたような笑みを浮かべる愛理。ご満悦な愛理を見て、僕もまた大満足だ。幸せそうにプリンを頬張る愛理を見ていると――この笑顔のためなら世界の命運をかけた戦いに参加したって良いとすら思う。可愛いは正義だ。


「やっぱり甘味は最高なのです!」

 

 甘さに打ち震えているのか、身体を左右に揺らす愛理の姿は、まるでご褒美をもらった子犬のみたいに、しっぽをパタパタと振っているように見えた。

 口の端にカラメルソースを少しだけつけながら、二口目を大事そうに掬い上げる。その無防備で平和すぎる光景に、僕の顔はだらしなく緩みっぱなしだった。


「そんなにうまいか」

「当たり前なのですっ! 人の金で食うプリンほど美味しいものもないのです!」

「もっと言い方ないか?」

「最高においしいプリンをありがとうなのです!」

「まぁ……よし」


 素直に言い直す愛理の純粋に、僕は思わず吹き出してしまった。

 ひとしきり笑った後、椅子から立ち上がり、軽く背伸びをする。

 恩返しというミッションは無事に完了したし、これ以上長居をして有たちを待たせるのも悪い。

「それじゃ、僕はそろそろお暇するよ」

「えっ。もう帰るのですか?」

 愛理はスプーンを口に咥えたまま、上目遣いでこちらを見上げてきた。

 その瞳には、もう行ってしまうのかという小動物のような名残惜しさが浮かんでいる。パタパタと嬉しそうに振られていたしっぽが、シュンと力なく垂れ下がったのが見えた気がした。


「どうした? 何か用でもあったか?」

「別に用はないのです。ないですけれど……お茶くらい淹れてあげようと思っていたのです」

「ごめんな、今日は人を待たせてるから……」

「む~……」


 愛理は、口の端にカラメルをつけたまま不満げに唇を尖らせる。

 

「……。愛理はお利口さんなので、まぁ、今日の所は見逃してやってもいいのです。ただ、あんまり愛理を蔑ろにすると、愛理の柔らかいほっぺがむっとして固くなることは覚えておくといいのです」

「それは世界の損失だな。肝に銘じておくよ」

「初くんは口先で調子のいいことを言うって分かってるのです、愛理は」


 腰に手を当てて、じーっと訝るようにこちらを見る愛理。どうやら僕は小学生の信用すら勝ち得ていないらしい。何故なのか……思い当たる節が多すぎる。テンションが高い時の自分の言動なんか、我ながら目も当てられないもの……。


「愛理のほっぺを揉むといいのです」

「ん?」

「愛理の、ほっぺを、揉むといいのです」


 強調するように、区切って、愛理は言った。むっと膨らませたほっぺをずいっと差し出してくる。


「……はいはい。失礼しますよ」


 僕は苦笑しながら両手を伸ばし、ずいっと差し出された愛理の小さな両頬を、両手でそっと挟み込んだ。

 指先に伝わってくるのは、つきたてのお餅のような驚くほどの柔らかさと、ほんのりとした温かい体温だ。少しだけ力を込めて、ふに、ふにと優しく揉みほぐしてやる。


「んふふ……」


 愛理は目を細め、されるがままに喉の奥で子猫のような声を鳴らした。


「この柔らかさを忘れないようにするのです。このほっぺたは人類の希望なのですよ。失うことは何人たりとも許されないのです」

「分かったよ」

「だから死んじゃダメなのですよ、初くん。初くんが死んだら、愛理のほっぺは固くなります。それは人類にとっての損失なのです。すごく困るのですよ」

「唐突だな」

「心配しているのです。……初くんの今の状態は、前例がないことなので」


 愛理のほっぺたが、わずかに硬くなった。人類の喪失だ。まずい。

 そう思って僕は入念にほっぺを解きほぐす。少し柔らかくなった。


「いいですか初くん。人間が《星座審査》に臨むってことは、ほんとの本当に前例がないことなのですよ」

「それは何回も聞いたよ。《星飼い》ってのがまずイレギュラーなんだろ?」


 愛理は静かに頷いた。


「はい。星を配下にすることは、星の力を持つ《異星体》とイコールなのです。普通に《後見星》から寵愛を賜っている星狩りとは、全然訳が違うのですよ。

 因果がまるで逆、“人が星に寵愛をもたらす”――その行為によって強大な力を手にした人間が起こした【事件】を、初くんは知っていますよね?」


【東京大停電】――僕が返すと、愛理は再び頷いた。


「東京を一時、壊滅状態に追いやった彼の『星飼い』は、五ツ星相当の異星体を“複数”使役して星狩りを相手取ったのです。星を魅了した一人の人間が、『組織』を相手取り、逃走に成功した――。初くんは今、第二の怪人として扱われているのです」


「それも……知ってる」


「初くんは強いのです。とっても才能があると思います。だけど、上には上がいるのです。戦っちゃダメな相手だっているのです。戦わない強さがあるのですよ」


「……お前みたいに?」


 柔らかいほっぺを揉みながら、僕は尋ねた。


「いぇす、なのです。愛嬌というのはね、自分より強いものを(たお)す柔らかい武器だって夏目さんも言ってたのです」


 夏目漱石を夏目さんって呼ぶ小学生って何なんだろうか……。

 というか、小学生が夏目漱石知ってんのかよ。


「色々考えて……心配してくれてるんだな」


 僕の両手に包み込まれたまま、愛理は嬉しそうに、けれど少しだけ照れくさそうにふにゃりと笑った。

 両頬のお肉がむにゅっと持ち上がり、瞳が三日月のように細められる。先ほどまでのひどく真面目で大人びた忠告が嘘のように、その顔は年相応のあどけなさに満ちていた。

 けれど、ひだまりのように温かな微笑みの奥には、彼女の優しい祈りが確かに宿っている。


「当たり前なのです。愛理は初くんのことが、ちゃーんと大切なのですから」


 僕の手のひらに、すりすり、と子猫のように頬を擦り寄せながら、彼女は至福の吐息を漏らす。



「――生き残ってくださいね、初くん」




 生き残る――その言葉の重みを、この時の僕はまだ理解していなかった。ここまでは、運が良かっただけ――。

《五ツ星》という暴威に晒されずに生きてきた僕には、愛理の切実な祈りが、真の意味で届いているわけではなかった。本物の暴力と理不尽――それは静かに……でも確かに、この土地に迫ってきていた。

 










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