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僕は何にでも変身できるスライムとラブラブなハーレム生活を送れるかもしれない。  作者: 最条真
三章

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42『勤勉』


 九月のファミレスは、放課後の学生たちと遅めのランチをとる客層によって、適度な喧騒と熱気に包まれていた。

 ドリンクバーから漂うコーヒーの香りと、どこかのテーブルで鉄板の上に乗ったハンバーグが弾ける匂い。飛び交う店員の明るい声。そんなひどく俗っぽくて平和な日常のど真ん中で、彼女の姿はひどく浮いていた。


「――だから、ここの公式はこう展開して、最後にこの数値を代入するんだよ」

「……なるほど。理屈は理解しましたとも。ええ」


 向かいの席に座る聖真白は、グラスのストローを静かに咥えながら、僕の解説に淡々と頷いた。

 色素の薄い純白のショートヘアに、青空のように澄み切った青い瞳。

 僕と同じ高校一年生であるはずの彼女は――《四ツ星》の星狩りであり、僕の生死を握る絶対的な執行役。そんな大層な肩書きを持つ彼女が、赤いチェリーが乗った可愛らしいメロンソーダを傾けている姿は、ひどくアンバランスで、少しだけ可笑しかった。


 冷房が過剰に効いた図書室から場所を移し、僕たちは結局こうして駅前のファミレスで勉強会を続行している。遺書は書けそうになかったし今日は非番だし、僕たちはこうして、何の変哲もない学生として存在出来ている。

 改めて――長いようで短くて、鮮烈で、僕の人生を一変させてしまった夏休みが、終わった。夏休み前の自分に言っても、きっと信じないだろう。最高に可愛い彼女が“3人”もできるぞ――なんてのは。漫画やアニメの見過ぎだし、果てには特殊能力に目覚めて悪い奴らと戦うぞ、なんてのはゼロ年代のラノベの見過ぎだ。我ながら非現実的、と言わざるを得ない。


 ファンタジーの住人になりつつあるのだ、僕は。

 退屈な日常から抜け出して、突飛な非日常に肩までずぶずぶに浸かっている僕。

 

 さて、目の前にはまた、美少女が一人、二人きりで勉強を教えている。

 この状況を見たものには、おいおいお前、また一人彼女を増やしちまう気なのか、と不貞を疑われるだろう。断じて違う。天地神明に誓ってもいいが、僕は純粋な親切心で勉強を教えているだけだ! そう、親切である。僕ってば意外と親切な人間なのだ。いい奴ではないのがミソだ。単に、これもまた、自己実現の手段であるというだけ。


 僕が注釈を加えながら、行き詰っていた問題に対してヒントを与えつつ、――解説を求められたので答えると、ふと彼女は口を開いた。


「……あなた、よくそんなにスラスラと解説できますね」

「まぁこれが学年二位の実力ってやつだ」


 髪を上げながら言うと、彼女は首を傾げた。


「一位ではなくて?」


 ぐっ……!?


「……一位ではないんだ、残念なことに」

「へぇ」


 興味なさそうに相槌を打った。いや、……興味がないなら古傷を抉るようなことをしないでほしいんだが。結局僕は、今の今まで宇都宮に学力で勝てたためしがないのだ。いや、勝ち負けだけが全てじゃないという事はもう理解してる。でもどうせなら勝ちたいじゃないか。だから、今回のテストも人知れず頑張るつもりで――……って、待てよ。今の僕って、学年二位なのか? ふと思い出せば……夏期講習で、『宮古』とかいう女子生徒に負けた気が……。いや、別に僕は二位の立場に執着するつもりもないけれど? まあ負けるのは癪って言うか? 当分の間バイトの予定もないし、うん、たまには勉強に熱を入れるのも悪くないかもしれないな。

 どうせ僕には、監視される役目があるのだし。


「あの」

「ん? どした?」

「前から疑問なのですが……どうしてあなたは《星座》に認定されようと?」

「前にも話さなかったか?」

「障り程度には聞きました。恋人である《異星体》を《星座》に推薦してもらう条件として、“月野初を星座審査にかける”――要は、交換条件のようなものだと」

「まぁ、そうだな」

「……明らかに不当な条件でしょう。推薦の権限は、そこまで高尚なものてはありません。確かに推薦者によって信頼力などは変わりますがーー別の推薦者を探すだけで良かったのですよ」

「それはそうだろうな」

「何故?」


重ねて、問われて。僕は答える。


「……逃げたくなかったんだと思う。安易に逃げるような、つまらない男に成り果てたくなかった」

「プライドがあると?」

「まぁ、そうだな。さっきの問答の答えと、同じだよ。後悔するような生き方をしたくないんだ。つくづく」


僕の答えを得て、相変わらず数学の問題を解き続ける真白は、片手間に答えた。相変わらず、特に感慨を抱かない調子で、割合、無感情に。


「信念を貫く想いは、共感できます」


無感情に頷いた。特に笑みも浮かべず、ただ片手間に。1+1=2とでも言うように、声には何の意外性もなく平坦で……恐らくは僕が答えるまでもなく、既に彼女は答えを得ていたのだろう。


「だったら、僕を星座として認めてくれると助かるよ。……悪いやつじゃないんだぜ」

「三股をする男は悪い男ではないのでしょうか」

「ぐうッ……!?」


 僕は思いっきり胸を抑えた。図星だった。急所だった。的確な弱点だった。そりゃ、軽蔑が必至だから公にはしていないものの――真白には教えていた。僕は有と結姫乃とミヤという美少女三人と同時に付き合っているとかいう不埒な男なのであった。


「複数の女性と交際関係を持っている時点で、私からすれば“悪”なのですが」

「おっしゃる通りで……」


 そりゃそうだ。反論の余地など一切なかった。僕は情けなく視線を泳がせ、誤魔化すようにポリポリと後頭部を掻きむしった。

 倫理的にも社会的にも、彼女の指摘は100%正しい。僕のやっていることは端から見れば最低の不誠実だ。頭ではわかっているのに、彼女たち三人の顔が思い浮かぶと、誰一人として手放すことなんて考えられない。そんな自分の強欲さと業の深さを突きつけられ、ただ申し訳なさそうに身を縮ませて苦笑いを浮かべるしかなかった。


「中途半端な関係だって、自分でもわかってるよ。だけど……生半可な気持ちじゃない。全員を幸せにするつもりだ――絶対に」

「それは当然ですね。“遊び”だの抜かしていたら、即刻処分していましたよ」

「怖ぇ……!」

「引かないでください、しませんから。ここ数週間で、あなたの人間性を……少しは理解しています」


 真白は射抜くような青い瞳で僕を真っ直ぐに見据えた。


「あなたは低俗な男ではない。下劣でも卑猥でも矮小な男でもない。察するに、あなたは純真なのでしょう」


 その言葉を口にした直後、真白は射抜くような青い瞳を、ふっと逸らした。

 青空のように澄んだ双眸を、ゆっくりと、しかしどこかか気恥ずかしそうに伏せる。

 彼女の手が、メロンソーダのグラスへと伸びた。ストローで緑色のソーダを少しだけ吸い、赤いチェリーを意味もなく突く。


「私は“執行役”として……あなたの人間性を正確に上に伝える必要があります。だかrら、勘違いしないでくださいね。事前情報のマイナスが、今、ようやくゼロに戻った所ですから」

「ボクの事前の評価ってどれだけ低いんだよ」

「異星体と婚約を結び――実質配下に置いている《星飼い》というだけでアウトですよ。私はあなたを殺す気だったんですよ、最初から」


 ただ――と、彼女は言葉を続ける。


「私に教科書を貸した自身の勤勉さに感謝することですね」


 どうも、と僕は頭を下げる。

 

 窓の外では、秋の気配をわずかに含んだ西日が、駐車場のアスファルトをゆっくりとオレンジ色に染め上げていた。



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