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僕は何にでも変身できるスライムとラブラブなハーレム生活を送れるかもしれない。  作者: 最条真
三章

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41『白紙の遺書』




 遺書の書き方なんてわからない。僕はらしくないなと思いつつも、A4のルーズリーフに死んだ後に告白したいことをまとめていた。

 学生の身分で遺産相続に関して話すこともないから、本当に、僕の心情をつらつらと並べ立てたものになる、つまらない文章になると思った。もし、遺書が完成したのなら。


 しかし、いざ遺書を書くと思い立ったはいいものの、どんな風に筆を走らせればいいのか、案外分かんないもんだ。


 書き出しの一文目から困っている。

 

 なんせ、遺書を書く経験なんてこれが初めてだし、いや、人間が遺書を書く経験なんて、普通、一回きりなんだろうけど。手が止まって、困ったと言わんばかりに、僕は横にいる“執行役”の少女に目を向ける。



「私は別に、遺書を書けなんて言ってませんよ。死ぬかもしれない、と言っただけです」

 

 髪型はショートカット。


 髪色は白。瞳は青色、澄んだ肌。

 (ひじり)真白。二学期の幕開けと共に、僕の教室にやってきた転校生の少女は、【智慧の醜態】――大規模星団から派遣された《星座審査》を下す……《四ツ星》の星狩りだった。


 学校の図書館。九月はまるで夏の気配を衰えさせない。冷房がガンガンに効いた閉所で二人きり。何か起きるかなんて心配は無用で、僕は遺書の作成、彼女は数学の課題に夢中だった。互いにペンを片手に、難解な課題とにらめっこをしている最中だった。


「《震災》が発生した際など――有事の際の『強制出動』に志願する人間は、確かに遺書を書くことになっていますが。“白紙の遺書”を用意する人間は少なくありません」

「なんだそりゃ」

「死んでたまるか、という反骨精神の現れですよ。事実、私は白紙のものを用意してあります。私が死ぬときは世界の終わりなので」


 微笑を浮かべながら、なんでもない調子で真白は言った。


「だとしても、万が一が怖くないか?」

「私には遺す相手がいませんから」


 引き続き、なんでもない調子で。問題に行き詰ったのか、華麗なペン回しを披露する真白は、悲劇を強調するでもなく、淡々と事実を羅列した。


「『強制出動』に志願する人間なんて、大半は《震災》で家族を失った……被災者ですよ。震災を引き起こした《異星体》が許せなくて――復讐を誓っている。死ぬかもしれない、それでも止まれない――死にたがりの連中なんです。……言葉を遺したがるのは、本当は死にたくない人だけなんですよ」


 くるりと回っていたペンが、ピタリと止まる。

 コツッ、と微かな音を立てて机に置かれたそれを合図にするように、真白は僕へと顔を向けた。


 ――あなたはどうなんですか。


 口に出さずとも、その視線が言葉より雄弁に語った。

 死に急ぐ復讐者でもないくせに、被災者でもないくせに、言葉を遺すべき相手がいるくせに。そんな半端な覚悟で、なぜこの地獄に足を踏み入れようとしているのか。


「死にたくないのに、死んでも良いって言ってるのと同じですよ。矛盾してる」

「そうだな。僕は矛盾ばっかだ」


 僕もまた、ペンを置いた。何を書けばいいか分からなくて、言葉に金属の感触が邪魔だったから。死人に口なしなんてよく言うけれど、死んだ後も直接口で伝えられたら楽なのに。特に僕みたいに矛盾だらけの人間はさ、向き合って話さないと何も伝わらないんだから。


「僕はきっと、恵まれてるんだよ。他の人よりずっと、幸福な人生を生きている自覚がある。最高の彼女がいるし、やりがいのある職場もある。僕を温かく迎え入れてくれる家族だって。……僕は死にたくない、そんなの当たり前だ」

「だったら、あなたはその幸福を享受していればいいんですよ」


 いや、


「――それ以上に、後悔したくないんだよ」



 僕は真っ直ぐに、怪訝そうな真白の、青い瞳を見つめ返した。冷房の効いた図書室の静寂の中、僕の声はひどく明瞭に響いたはずだ。


「『あのときああしていれば』なんて、あとから悔やむのはごめんなんだ。僕は万が一に備えて、書き方の分からない遺書も絶対に完成させるし、《震災》の現場にだって向かう。現場に行かなかったら、絶対に後悔する。……僕には力があるのに」


 ハッ、と嘲るように真白は笑って見せた。


「ノブレス・オブリージュの精神ですか? 私より何倍も弱い分際で、よくもまあ、吠えますね」

「分かってるよ《四ツ星》。僕はお前よりもずっと弱い。思いあがってる訳じゃないんだ。“上には上がいる”……その事実を受け止めたうえで、何もせずにはいられないんだよ。僕はお前みたいに規格外の存在じゃないけれど、弱すぎるって訳でもないんだぜ」


 その言葉を受けて、真白の青い瞳が、ひどく冷酷な色を帯びた。

 まるで滑稽な道化を見るかのような、純粋な侮蔑の眼差し。

 彼女の形の良い唇が歪み、明らかな不快感がその端正な顔立ちを支配する。

 己の身の程を弁えない自己犠牲の精神――に見えるのだろう。

 

 圧倒的な力を持つ《四ツ星》の――今、日本に二十五人しか存在しない大戦力の彼女にとって、それは美談などではなく、単なる無謀で吐き気を催すほどの偽善に見えるのだろう――その冷ややかな表情が残酷なまでに物語っていた。


「良く勘違いされるんだけど、僕っていい奴って訳じゃないんだよ」

「はあ?」

「僕は、自分が気持ちのいいように人生を送りたいだけなんだ。《震災》の現場に行くのだって、あとからモヤモヤしたくないから。……自分の事しか考えてないんだよ」

「帰りを待つ家族がいるのに? あなたは自らの意志で危険に足を踏み入れると?」


 咎めるようだった。

 僕はそいつの顔を見て、やっぱりこいつはいい奴だな、と思った。


「……僕は自分本位で、しかも欲張りなんだよ。僕は後悔のない生き方をしたいし、誰かに誇れる自分でありたい。……なぁ、真白。弱い僕でも、誰かを助けたいんだよ。自己犠牲じゃない。自己実現の手段なんだ。……自分が自分であるために、必要なことなんだ」「……、……そうですか」


 彼女は、不承不承と言った様子で、仕方なさそうに頷いた。


「もう好きにしてください」

 

 そう言って、彼女は目を伏せた後、解きかけの数学の問題をトントンと音で見せつけてきて――図面に指を差す。


「もうその話はいいので……教えてくれます? 解き方が分からないので」

「別に良いけど……その程度の問題で躓くようなら、この先心配だぞ?」

「この先躓かないために聞いているんです。私に勉強を教えるのは、あなたの役目でしょう?」

「しょうがねぇなぁ」


 そう言って、僕は真白に手ほどきを始める。

 (ひじり)真白は、転校生兼、《星座審査》を下す執行役。


 

 ――彼女の判断次第で、僕はあっけなく死ぬことになる。





 
















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