38 正直者が馬鹿を見る
交流戦中に“退場”した星狩りは、例外なく『モニタールーム』に転送される。
そこは、四方八方が白で囲まれた――『星座』との事前の契約によって形成された異能空間だ。『星魂を蝕む霧』『戦場に降り注ぐ星』と言ったギミックの他に、交流戦が終了するまでの“不正”を禁じるための交流措置まで、用意してるというわけだ。
いたせりつくせりだ。
ある壁の一面には、巨大なモニター群が用意されており、先程まで自分たちが駆け回っていた戦場の俯瞰図や、各エリアで生き残っている仲間の姿が中継されている。
元気がいっぱいな奴らは、そこで観戦をすると言う訳だ。
しかし残念なことに、僕は疲労困憊で意気消沈で不完全燃焼。だが、最低限の勝利は果たせた。果たしてしまった。だから僕には休む権利がある。
そうして僕は、親切なことに用意されていた白いソファーに座った。
……卓上にはお菓子が用意されていたが、つまむ気にはならなかった。
と言っても、僕がソファーの柔らかさを堪能できたのも、ほんの十数秒のことで。
「やぁ、月野クン」
そりゃ来るか。相打ちだったもんな、一応。
部屋の中央に転送された虚木先輩は一直線にこちらに向かってきた。そして、特に断りも入れずに僕の隣に座る。
「そんな嫌そうな顔しないでよ」
「嫌そうな顔をしたつもりはないんですが」
「『うげぇ』って顔をしてたけど?」
「今顔を合わせたくないだけで、嫌って訳じゃないんですよ」
「どういうこと?」
虚木先輩は、純粋な目で問いかけてきた。
「言っときますけど、僕は勝ったなんて思ってませんよ。あの勝負の結果を、ひけらかすつもりなんてない」
「すごかったじゃんか」
先輩はへらへらと笑って、僕と肩を組もうとした――が、弾く。肩を掴もうとした手を払いのけて、正面から虚木先輩を見据える。彼は、きょとんとしていた。悪気がないのだろう、この人は、とことん。悪いのは僕だ。矮小な僕だ。勝者の好意を素直に受け入れらない惨めな敗者の僕だった。
「僕はアンタに負けたんですよ」
全力でやって、負けた。何百回繰り返しても、この結果に収束すると断言できる。
僕自身は負けている。完敗だ。ただ、最後に宇都宮が虚木の首をかっさらっていただけだ。宇都宮の漁夫の利。本当に最後の手段。苦肉の策。僕が絶対に使いたくなかった手。
「宇都宮の件は、完全に僕の“仕込み”だ。僕たちは勝たなきゃ後がないとはいえ、勝負の前から、戦いを穢してた。……僕は、そう考えてる」
「おいおい、そんなこと気にしなくても……」
「僕自身の力で勝っていれば、あんな卑怯な手を使わずに済んだ。僕だって、負けた時点で負けたかったんだ。――敗北には価値があるのに、僕は薄汚い勝利でそれを塗り潰した」
「オレに謝りたいの? それなら超許すけど」
相変わらず、へらっとした態度で先輩は告げた。
「それもあるけど……一番は、……自分の弱さが許せない」
「月野クンは強いだろ」
「…………。確かに、僕が弱いなんて、もう言えません。戯言です。分かってるんだ。こんなの、僕のくだらないプライドの問題なんだって」
僕は両手で顔を覆い、膝の間に顔を埋めるようにして頭を抱えた。指の隙間から漏れるのは、情けないほど熱を帯びた吐息だけだ。彼が僕を肯定するたびに、僕の内に巣食うちっぽけな自尊心が無惨に削り取られていく。
「……アンタが勝てばよかったんだよ」
「――へ?」
虚木先輩は、間抜けな声を上げた。
「卑怯な手を使った僕を、アンタがねじ伏せればよかったんだよ、分かるだろ。僕には立場がある。この交流戦で“爪痕”を残すために最善を尽くさないといけなかった。あの場の最善はあれだったって、弁えてる。僕は結局、ああするしかなかった。でも、僕はなぁ! あんな手を使ってまで勝ちたくなかったんだよ!」
奇襲が嫌いだ。欺瞞が嫌いだ。言い訳が嫌いだ。
自分に誇れる自分でありたい――だから、僕は最善を尽くさないといけないけれど、卑怯な手を使って自分の価値を貶めたいわけじゃない! こういうのは、防いでくれないと困るんだよ。僕はやるしかないんだから、僕の卑怯な手をお前が防いでくれよ!
「……卑劣な策略を防ぐところまでが、勝者の責任だろうが。……勝者は残酷な現実を受容しちゃいけない。勝ち続けろよ! 僕自身の手でまた負かしに行くまで! なのに、お前、あっけなく死んでるんじゃねぇ!!」
僕は敗北の価値を穢したくないんだ。勝利の価値は崇高なものであってほしいんだ。
戦いの余韻は、甘美なものであってほしいんだ。
それから、勝者には幻想的な生き物であってほしい。僕を負かしたからには、僕よりも超越的な存在で、今の僕の悪あがきなんて何も通じなくて、僕が、いつかの勝利に向けて邁進する“目標”であってほしいんだ。
お前は、僕に勝ったんだぞ。なのに、なんであっけなく負けてんだ。
ふざけんなよ、お前は――。
「お前は、宇都宮の奇襲を防いで、完膚なきまでに勝利するべきだった」
僕は悔しがりたかった。僕が勝者じゃないことに。完膚なきまでに宇都宮をねじ伏せて、決して敵わない存在であるお前にいつか勝つ夢を見たかった。
なのに、どうしてお前は僕と同じ土俵まで下りてきた?
許せない、許せない、許せない。
――どうしようもなくお前が嫌いで、どうしようもない自分が嫌いだ。
「……わがままだなぁ」
困ったように、虚木先輩が笑った。
珍しく、本当に困っているみたいに見えた。
へらへら笑うでもなく、気疲れした兄みたいに頭を掻いた。
「オレは結構、満足してんだけどな」
「負けたのに?」
「勝ち負け以前に、いい試合だっただろ。オレはさ、あんなに対等にやりあえたの、本当に久しぶりなんだぜ」
「だとしても……負けるんじゃねぇよ。強いんだから、アンタは」
「君がなりふり構わなかった結果なんだから、しょうがないじゃないか」
「だから、こんな卑怯な策くらい超えて行けって――」
「いや、嬉しかったんだって、本当に」
いつもの人を食ったような薄っぺらい笑みではなく。
等身大の少年のように、どこか不器用で、ひどく無防備な表情で。
虚木先輩は少し照れくさそうに指先で頬を掻いた。
「オレに勝つために手段を選んでられないほど、“本気”だったんだろ? なぁ、月野。俺は嬉しいんだよ。……嬉しいんだ。だからさ、自分のことは肯定しろよ。俺のことはいくら恨んだって構わないからさ」
――僕は。
……僕は、ガキだなぁ、と。先輩の笑顔を見て、思った。
結局のところ、僕は僕の事しか考えていなかった。相手の意見とか、感情だとか、そういうものを、鑑みなかった。僕にとっては卑怯な手段でも、誰かにとっては英断で、虚木先輩の心を通せば、それは“喜び”に変わるんだ。
単純な話だ。この世は僕の解釈一つで回っていない。世界にはいろいろな解釈が存在していて、時にはそれが救いになることもある。
「…………恨みますよ、虚木先輩」
僕は世界に比べればちっぽけな存在で、視野を広げればどうにも世界は、僕が思っている以上に優しいらしかった。
本当に、世界は広い。
僕はもっと、偉大な人間だと思っていたのに。
数分前の自分が、馬鹿みたいだ。




