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第75話 だっこする男とだっこされない女達

「い、厳島君。もういいんじゃないかな?」


 一刀が追い抜き、その後ろをついてきていたかたりが遠慮がちに声をかける。一刀は餓鬼から逃げていることかと思い、かたりを見るがその視線は一刀ではなくその下に向いている。その先にいたのは、丸まるののだった。


「ををををををををを~……!」


 言葉にならぬ何かを小さく発し続けるお姫様抱っこされたままのののの体温が異常に熱くはじめようやく一刀は慌てて止まる。周りを確認するがもう餓鬼の姿は見えない。


 首を振った拍子に風が舞い、ののから少し湿気を帯びたバニラのような香りを一刀は嗅いでしまう。顔を赤らめ、慌てながらもののをそっとおろす。


「ごごごごめん! 能代さ、じゃなくて、のの!」

「あ~あ~、う、ううん~! しあわ……じゃなくて、じゃないことはないけど~。あ、ありがとね~。お、重かったでしょ~」


 一刀以上に顔を真っ赤にし手で顔を扇ぐのの。ぴょんぴょんと身体を跳ねさせながら自分の重さを自分で恨んでいると一刀はあっけらかんとした顔で告げる。


「え? それはないけど?」

「え?」

「いや、正直めっちゃ軽かったし、ののがぎゅっと丸まって俺の方に体重預けてくれたから余裕だったよ」


 これは一刀の本心だった。そして、同時に心の中で『ばあちゃん』達に感謝していた。


(うおおおおお~よかった~! お姫様だっこの練習しといて! ばあちゃん、ありがとう~!)


 田舎で一刀はばあちゃん達にお姫様だっこでのランニングをさせられていた時期があった。理由は明確。


『一刀、男であればお姫様だっこのひとつも出来ねばモテんぞ!』

『な、なるほど!』


 モテるためだった。


 そんな記憶をしみじみと思い出しながらゆっくりと手のぐっぱを繰り返す一刀をよそに、ののの周りにHチームが集合する。


「の、ののっ……! ど、どうだった!? 人類初のお姫様抱っこ経験者として」

「じ、じんるいはつではないとは思うけどぉ~……なんか……申し訳なさが勝っちゃってぇ~……!」

「そ、それはそうかもしれないけど……く、くわしい感覚を教えて……次の作品の参考に」

「ご、ごくり……」


 引っ込み思案なういさえも前のめりになって、ののに迫る。体中から汗を噴き出しながらののが困り顔を作っていると助け船が。


「そのハナシは聞きたいケド、イットーと約束したんだからシューチューしなきゃデショ」


 ダリアである。紫の短い髪を掻き上げながら周りを警戒している。その様子を見て、全員の顔が一気に引き締まる。


「ノノ、なんで寝不足なの? ちゃんと寝なきゃダメでショ?」

「ご、ごめんねぇ。うん、だめだよねぇ」


 いつも間延びしている声ではあるが、少し短くトーンは暗い。それを見てはっとしたダリアが両手と首を振る。


「あ、せ、責めてるワケじゃなくて。無理しないでってコトで……」

「そうだね。みんなも無理しないでね。このチームの良さは『ずっと安全に戦えるチーム』なんだから」


 いつの間にか一刀が女子の輪に入っていてみんな驚く。一刀のすぐそばにいたダリアが鼻をひくつかせて慌てて押さえる。先ほどのピリついた表情は別人ではないかと思うほどに。だが、一刀は気にしない。みんなを見回しにこりと笑う。


「何度も言うけど最高のチームだって見せつけよう!」


 拳を突きだし叫んだ一刀の言葉にみなが体を震わせる。男性が鼓舞をしている。命令ではなく一緒に頑張ろうとエールをかけてくれている。

 しかも、今まで出会ったことのないやさしくて強い男性が。それは何よりのバフとなる。かたりの身体に負荷をかけない絶妙な強化魔法とは異なる、ノーリスクの最高強化魔法。いや、


「やるやるやるよぉおおおおおお……!」

「じゅる……う、うん。がんばる」

「こ、これは普通じゃない。絶対に普通じゃない……!」

「ヒャアアアアアアアアアアア!」

「あ、あはぁ……!」


 血走った目の女子たちの様子を見れば、狂化〈バーサク〉という攻撃力に比例して理性を失う魔法にかけられたかと勘違いするかもしれない。にもかかわらず、一刀と決めたルールはきっちりと守るという異常な集団がダンジョンを攻略していく。


 ほぼダメージなし。

 引っかかった罠ほぼなし。

 撃破数は多くないが確実に仕留める。


 AI予測では、3時間の試験の後でも5時間以上のダンジョン攻略が可能だと判定され、一流冒険者候補の評価を得た。


『Hチーム試験終了。ダンジョンから帰還を始めること』


 全員が穏やかな顔でダンジョンから出てきたことに誰もが違和感を感じていた。しかし、その理由を察することのできるクラスメイトはいない。


 たくさん、早く、強く。


 これが評価の基本だったから。だが、異常なチームであることだけが理解できた。

それと、とてもいい顔をしていた。特に女子たちがとてもいい顔をしていた。

 素敵な男子との中間試験ですごくとてもいい顔を女子たちはしていた。




「……ということです」


 教官室で映像をうつしていたパソコン画面を一時停止しながら平家が近藤に声をかける。

 手に持ったペンがかちりと音を立てる。


「彼女たちは目先のことだけに囚われず先を見据えてダンジョン攻略をおこなっていた。この戦い方は一流の冒険者なら出来る。だが、片桐の強化魔法の絶妙な調整や卯ノ花の疲労回復魔法、段原と蝋山のコンビネーション、そして……能代のヘイトコントロール。これらすべてが冒険者協会にとってもよい見本になると考えられるレベルです」


 かちり、と。すべてがかみ合っていく。


「以上。何か反論は?」


 平家がもう一度だけかちりとペンを鳴らすと、近藤は肩をびくりと震わせる。振り返る近藤の目はうっすらと涙が浮かび、こめかみには血管の筋が見える。震えながら口角をあげて笑う近藤。


「い、いえいえいえいえいえいえ、ノ、ノープロブレム。も、問題ありません。なあるほどぉ、そういうことだったんですねえ、なるほどなるほど、で、では、失礼します」


 教官室を急ぎ足で出ていく近藤を、下唇を噛んで笑いをこらえながら見るのは藤崎。平家は呆れた目で見つめる。バタンと乱暴に閉じられたドアの向こうでドンという音。そして、


『ったあ……!』


 くぐもった声、をかき消すようにハイヒールの音が鳴り響き遠ざかる。



 画面の中のHチームのみんなが浮かべる笑顔。それを見て平家もまた穏やかにわらう。


「ほんとうに……みんな、よくがんばったな」


 もう一度かち、とペンをならし平家はペン先をおさめる。


 Hチーム、中間試験、学年4位。

 それよりも、彼女たちは一刀だけに頼ることなく、自分たちの力も十二分に発揮し戦えた。おんぶにだっこではなく、自分たちの力で。


「「「「「やったぁああああああああああああああ!」」」」


 遠くでHチームの喜ぶ声が聞こえた気がして、平家はくすりと笑った。


お読みくださりありがとうございます。

また、評価やブックマーク登録してくれた方ありがとうございます。


少しでも面白い、続きが気になると思って頂けたなら有難いです……。


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