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第74話 逃げる男と逃げられない女

 一刀たちの入った中間テスト用ダンジョンは、【餓鬼(ホブゴブリン)の洞窟】。

 小鬼(ゴブリン)よりも身体が一回り大きく能力も高い餓鬼。それでも一番厄介なのは小鬼と同じ性格の悪さといえる。罠を仕掛け、嵌まった冒険者を集団で襲い仕留める。

 違うのは、能力が小鬼より高いことと、小鬼を率いて集団を指揮してくること。ただ、統率力がある上に、小鬼を道具扱いしてくるので脅威度で言えば圧倒的にこのダンジョンは高い。



「Hチーム、さっきも言ったが、餓鬼も小鬼もある程度間引いている。数は多くない。だが、油断はするなよ。危なくなったら大声を出し、そして、落ち着いて救難ブザーを押せ」



 Hチームに向かって平家がアドバイスすると、皆緊張した面持ちで素直にこくりと頷く。女子達はいつもより数段上のダンジョンに身体が強張っている。


 だが、それは一刀も同じ。この試験で彼女たちの評価がされてしまう。勿論、自分も評価される側なのだが、やはり田舎でソロ攻略ばかりしていた一刀にとって自分の行動によって他人の評価が変わる可能性があるという事実はかなり新鮮な感覚であると同時に不安でもあった。

 それでも。



「じゃあ、作戦通りに。みんながんばろうね!」



 一緒に頑張ってきたみんなに活躍してもらいたい。その願いは日に日に膨らみ続け、今は彼女達を平家に見てもらう事にわくわくしており、身体は小さく震えながらも何故か顔には笑みが浮かんでいることに一刀自身も驚いた。

 しかし、そんな一刀とは裏腹にHチームの女子達の表情は明るくない。落ち込んでいるとはまた別の表情で片桐かたりは一刀をちらりと見て、呟く。



「う、うん……あの……わたしたちはいいんだけど、厳島君は、その、いいの……?」


「え? うん、勿論。そういう作戦で行こうって決めたし」



 息を吸って吐いてを繰り返しながら念入りに体をほぐす一刀がそう言って笑うと、かたりは思わず顔を伏せ、とっさに同じような体操を始めてしまう。かたりが体操を始めたのを見てういも始め、そして、全員が続く。



「え? あ、えーと、俺のことはあまり気にしなくていいから。……それより、今日は俺たちのコンビネーションを見せつけよう!」


「こ、こんびねーしょん!?」


「見せつけっ……」



 一刀が拳を胸の前で固め、微笑みそう告げると全員がメデューサに見つめられ石化したかのように固まった。しかも、焼け石のように真っ赤で湯気を上げながら。



「う、うんうん、見せつけちゃおうじゃないか!」



 いち早く口を開いたのはろくろ。一刀とコンビネーションをうみだせるという特別感が彼女のテンションを上げ、行動速度を速めた。



(そうだ。見せつけよう。みんなの凄さを)



 この試験で一刀がやることは決まっていたし決めていた。近藤にこのチームの凄さを、強さを見せつける。



(その為に俺は……)



 そして、中間テストが始まった。いつもより高鳴る心臓を抑えながらダンジョンを進む一刀と、心臓がうるさいほど響き必死で押さえつけ足を震わせながらついていく女子達。

 だが、ダンジョンに入り、冷たい空気と魔素を感じると女子達も真剣な表情に変わる。

 そして、すぐに小鬼の集団と会敵する。

 練習通りのフォーメーションを組んだことを確認すると一刀は大きく息を吸い込み……叫んだ。



「よおおし! みんなっ! がんばれええええ!」


「「「「「う、うんっ!」」」」」



 一刀の声を合図に全員が一斉に動き出す。まるで一つの生き物かのように見えるほどの連携だった。ういと共に一刀の後ろであり視界が確保できる場所に動きながらかたりは指示を飛ばす。が、声が小さいかたりの指示を一刀が拡声器となり届ける。



「ののっ! いつもどおり敵を操って! 方向は……右に流れるように!」


「じゃ、じゃあ、いくよ~~~……こっちぃ~!」



 ののが大きな斧を一振り横に薙ぎ相手の警戒心を煽ったうえで、赤紫の魔力を飛び散らせ小鬼たちに張り付き溶け込んでいく。すると、女子達を見て舌なめずりをしていた小鬼たちはののに集中し始める。



(すごい……何度見てもすごい精密なヘイトコントロールや)



 一刀は、小鬼の向きが一斉に変わったのを確認すると一歩後ろに飛びのき、更に視界を広く確保する。その背中越しに聞こえるかたりの声を伝える。



「ダリア! 頼んだよ!」


「ヒャアアアアアアア! オーケー! ダリアいくヨ!」



 すでにヘイトコントロールの動きをいち早く感じ、飛び出していたダリアが一番手前にいた小鬼の首を刈る。

 一見衝動にまかせた動きに見えるが、ののへの信頼と人並外れた察知能力の賜物だと考えれば合点がいく。ののが奪った意識の隙間を縫うようにダリアが駆け抜け切り裂いていく。



「相変わらずの滅茶苦茶な動きだなあ!」


「ろくろ、ナイスフォロー! その調子!」



 そのダリアの流れるような動きとは異なり、不規則な直線的な動きを見せたのはろくろ。

 彼女もまた理解不能な動きに見えたが、セーフティーゾーンから一気に直線に駆け抜けセーフティーゾーンへ。ろくろが実は真面目で変で特別な振りをしたいという願望があることが分かれば、その動きもまた理解できるものとなった。

 その上、ろくろはダリアをフォローするかのようにダリアを襲おうとする小鬼達の手足を的確に槍で突いていく。



「ふ、ふふ……男子にナイスフォローと褒められるわたしは絶対に普通じゃない!」


「羽衣!」


「だ、だいじょうぶ……『疲労』回復魔法、もうかけ終わって、ます」



 メンバーが疲れだし、動きが悪くなる前に羽衣の疲労回復魔法がダリア達を包む。光が解けたダリアはカッと目を開き、振り下ろされた小鬼の一撃を躱す。

 普通のパーティーであれば、受けたダメージを回復させ、敵を倒す。だが、Hチームは傷つかない。傷つかないように動く。それがHチームの戦い方だった。



「流石、うい! ありがとう! なら、かたりは……」


「うん! 強化魔法も全メンバーの能力4%上乗せさせてるから! でも、無理はしないでね」



 一刀は全身に広がる強化魔法を確認する。それは薄い魔力、しっかりと確認しなければ気づけないほどの。だが、確実に力は上がっている。



「お、おお……やっぱすごい。こんな身体に負荷をかけないギリギリラインの強化が出来るなんて……マジで神業や……」



 つぶやいた瞬間、魔導書の向こうでかたりの顔が真っ赤になっていることに一刀は気づかない。


 強化魔法は筋力などを底上げしてくれるが、その分反動がある。だが、かたりの強化魔法は負担をかけないやさしい強化魔法。絶妙な魔力のコントロールは、一刀のばあちゃん達を思わせるほどで、一刀は改めてかたりのすごさを実感する。



「かたり! スッゴイのが近づいてキテル!」



 ダリアの声で一刀は視線を前に向ける。ダンジョンの奥から現れたのは他の小鬼より一回り大きい個体。餓鬼だ。小鬼を4体引き連れ、こちらを値踏みするような目で見ている。だが、すぐににちゃあを口をゆがめ嗤い出す。

 どうやら一刀たちをただの『獲物』だと認識したようだった。確かに餓鬼は3メートル近い個体であり魔力も強い。

 確実に強者。それを即座に理解したかたりはひときわ大きな声で叫ぶ。



「……! 厳島くん! お願いします!」


「わかった!」



 一刀がののの背後から飛び出し、餓鬼の前に出る。黒の剣を横にまっすぐ伸ばして構え、わざと大きく動き存在感を示す。その脇を通ってののの魔力が小鬼に張り付く。餓鬼の指示より先に飛び出していく小鬼をダリアとろくろがすかさず狙いを定め攻撃する。

 一瞬戸惑いを見せた餓鬼の隙を見逃さず、一刀は黒剣を伸ばし餓鬼の手を狙う。大きな鉈をもった左手の甲を切り裂き餓鬼は悲鳴を上げる。そして、ゴトンと音を立てて鉈を落とす。

 それを確認すると一刀は叫ぶ。



「よっし! ……逃げるぞ!」



 一刀の声を聞いて頷くかたり達は既にかなり距離をとっていた。

 一刀の攻撃にスイッチした瞬間から全員が後退をし始めている中で、ろくろとののが魔力を高め一刀が戻ってき始めるのを確認すると魔法を放つ。



「オーケー! いくよ! ハチャメチャ魔法! 『手あたり次第』!」


「わたしもぉ、気をそらせるね~えいい~!」



 ろくろは【全魔法適性】による4種の属性の魔法を矢継ぎ早に放つ。色とりどりの魔法は、武器をつかみなおし追いかけようとした餓鬼の意識を奪い足止めさせる。餓鬼に比べ知性が低い小鬼であればただの魔法と考えよけながら追いかけてきたかもしれない。だが、餓鬼は足を止め『判断』をし始める。それに追い打ちをかけるようにののの魔法が思考の阻害として襲い掛かる。


 そして、何のためらいもなく一刀達は駆け出していく。痕跡を消しながら。



「そ、それにしても……い、イツクシマ君であればあのくらい倒せるのに……」


 隣を走るろくろの言葉に一刀は笑う。


「言ったでしょ? 確かに戦えば勝てるとは思うけど、苦戦はするだろうし時間もかかる」


 一刀からすればこのHチームのサポートを受ければ、確実に大怪我無く倒すことが出来るとはわかっていた。だが、もうひとつわかっていた。



「それに、ただ自分で強い奴をただ倒してやったー、じゃなくて、みんなでやったね、がんばったねってなるんが大事やと思うから」



 自分にとって大切なものがなんなのかを一刀は理解し始めていた。そして、それが同時にテストにとっても大事なものであり、評価につながることもうすうす感じ始めていた。その為に、チームで何度も打ち合わせを繰り返し、チームの特性を活かすために徹底したダメージを受けないダンジョン攻略をやっていこうと。そして、その為に声掛けをしっかりとやるなど色々なことを決め合った。その時間は楽しく、それをしっかり実行している今が一刀にとってはたのしかった。一刀の笑顔を間近で見たろくろの身体がぶわりと膨らんだ。そして、



「おっふ」


「おっふ?」



 こぼれた声を一刀が聞き返すと、ろくろはあわてて手を高速に振る。



「いやいやいやいやいや! あの別に、違うんだよ。その、なんていえばいいのか、あの、だから、あーもう! そんな笑顔見せられたらこうなるのは普通でしょ! え? 何? 別に変なことじゃないでしょ? なに!?」



 先ほどまでの少しホラーめいた低音に寄せた声ではないあわてた声。これがろくろの本当の声なのかと思いながら一刀もまた両手を振って何度も小さくうなずく。何を否定し肯定しているのかわからないまま。



(ていうか、普通がいやだったんじゃ……ん?)



 先行くダリアの視線が一刀の後ろを見ていることに気付く。ダリアは、いち早く逃走に遅れているメンバーに気付いていた。



「はぁ……はぁ……!」



 ののだ。身体も大きく、敏捷性が高いわけではない。が、この程度であれば問題がないと考えていたのだが、想定以上にののの足取りが重い。そして、ダリアが駆け出そうとする。その前に、男は動き出していた。



「のの、大丈夫?」


「へ? い、い、いつくしまくん~?」



 一刀はろくろとの並走を辞め、すぐさま後ろに下がりののの元へ。



「体調悪い?」


「あ、あはは~、ごめんね~。ちょっとテストに緊張しちゃって、かな……あまり~、ねむれなくて~」



 走り続けながら息が荒いののは申し訳なさそうに眉間にしわを寄せる。その眉間に手を当て皺を作るのを一刀が阻む。



「謝らなくて大丈夫。頼ってくれたら、いいんだから。ちょっと休憩した方がいいかもね。……とはいえ、移動はした方がいいから。うん!」


「い、いつくしま君、なに、を~? を? を? をををををををを~?」



 ののがたずね終わる前に一刀は流れるようにののの膝裏に腕を押し込みもう一方の腕を肩甲骨あたりに置いて持ち上げる。そして、そのまま駆け出した。わけもわからず自分の身体が動かされていき、ぐいと右半身が上げられそこでののは自分の状態に気付く。



「を、を、おひめさまだっこ~!?」


「よっし、ちょっとこのままみんなに追いつこうか」



 一刀は腕の中の、ののににかっと笑いかけ駆け出す。ダリア達に追いつくために足に力を入れる。だが、やはり一刀はその時気づいていなかった。涎を垂らしながらおいかけるろくろを、先行く3人が顔を真っ赤にしている理由を、そして、ぶるぶる微振動を繰り返しながらどんどん熱を持ち始めるののの気持ちを。

お読みくださりありがとうございます。

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