第73話 評価する女と評価しない女
「ちょっと! 平家先生! どういうつもりですか!?」
ダンジョン担当の教官室にある平家の机を両手で思い切り叩いて、近藤は平家を睨みつける。その勢いに一緒についてきた2年9組担当の藤崎が身体をびくりと震わせたにも関わらず、パソコンから視線を外し、顔を上げた平家は眼帯で隠されていない方の眉をぴくりとも動かさず、冷たい目で近藤を見ている。
「いきなり教官室に飛び込んできて、どういうつもりですかとは……こっちの台詞だと思いますが?」
黒のボールペンのノック部分をかちりと押してペン先を納めながらこちらを見る平家に、近藤の背中にいた藤崎は「ひえ……」と声を漏らし、近藤もまた気圧され半歩後ずさる。
「く……テ、テストの点数! ダンジョン研修のテストの点数のことです! ほ、本当に9組のHチームがこんな上位の成績なんですか!?」
9組Hチームが上位に記載されている成績評価シートを突き出し声を張り上げる近藤。
だが、再びボールペンのノック部分を押しかちりと鳴らした平家の音の方が大きく、真っ白な壁の教官室に響き渡っているように藤崎には感じられた。
そもそも藤崎は別に近藤のように平家の評価に対して文句を言うつもりは毛ほどもなかった。ただ、心の平穏の為に、しっかりとした理由が聞きたい。
(それだけだったのに……なんで近藤先生はこんなにイラだってるのお!?)
押され気味ながらも必死で噛みつく近藤と冷静に、だが、確実に相手への呆れを持って見つめ返している平家。
どちらが優勢であるかは一目瞭然。そして、付くべき側はどちらかなど分かり切っている藤崎は少しだけ近藤から離れる。死角で見えない近藤に対し向かい合っている形の平家と藤崎は目が合い、乾いた笑みを浮かべ、平家も圧ある笑顔を藤崎に贈り、視線を近藤に戻す。
「近藤先生、それが何か問題でも?」
「も、問題というより……そ、そう! この成績評価シート! 9組Hチームはダンジョン攻略速度、撃破ポイント共によくないのに、なんでこんな評価なんです!? あの子! 厳島一刀がいるからって媚び売ったんじゃないでしょうね!?」
成績評価シートには何種類かあり、一枚目は学年順位と各項目のチーム評価が並んでいる。ダンジョン攻略速度、チームワーク、魔物撃破ポイント、知識評価、体力評価、技術評価、損耗率など様々な評価が並んでいた。
成績優秀なチームが基本的に高い評価がふたつ。
ひとつは、ダンジョンの規定ポイントまでどのくらいの速さで到達できたか、つまり、罠や魔物をいかに早く攻略できたかというダンジョン攻略速度。
もうひとつは、単純な強さをはかりやすい、魔物を倒した数やどれだけ強い魔物を倒したかを数値化した魔物撃破ポイント。
だが、9組Hチームは、この2項目において学年トップ10の中で最下位。20位以内のチームの中でも高いとはいえない。明らかにおかしい。近藤はそう思っていた。
(いや、そう思っているのはワタシだけじゃないはず! こんな成績でトップ5位内はおかしいわ! 大体、試験前に見た映像では、卯ノ花は回復魔法をあまり使えていなかったし、片桐の強化魔法も弱い。能代はトロいし、段原と蝋山は不規則に動きすぎて混乱を及ぼす。そんな彼女達の成績がここまで高いはずがないわ!)
目を血走らせた近藤の突き出した成績評価シートをじっと見つめる平家。その様子を見て近藤は、平家が自身の間違いに気付いたかと思い嗤う。
だが、違っていた。平家は、自分が『とある項目』についてもしかして表記ミスをしていたのではないか。だからこそ、近藤はここまでヒステリックに叫んでいるのではないかと。
しかし、平家の片目で何度か確認してもその数字は自分や他の教官が確認してつけたもので間違いなかった。であれば、近藤の甲高い叫びは平家にとって『聞き損』なものでしかない。
「はあ……近藤先生。厳島に媚びを売る? 私がそんなことをするようにお思いですか? それに……ダンジョン研修の評価は2人が評価。そして、それ以外の1人が不正などないかのチェックをおこなっています。そんな中で贔屓なんてできるわけないでしょう?」
「ぐ……し、しかし!」
「それより、藤崎先生。貴方も、ではないですよねえ?」
近藤の『誤った評価』に確信を持った平家にとって近藤は文字通り眼中にない。しかし、気にかけている後輩教師が、もしこの近藤と同じ考えを持っていたらと藤崎をじろりと見つめる。
「わたしは、その……厳島君が何をして、協会の方が来ることになったのかを知りたくて……その、それだけのことをしたってことですよね?」
「!! そう! そうだわ! 何をしたらこんな評価になるのか、高評価の根拠を教えなさい!」
(藤崎先生の言いたいことはそういうことではないだろうに。相変わらず自分の都合のいい解釈しか出来ない人だな、近藤先生は……。だが、ここまで偏った成績は、確かに異例中の異例。今後の教育や評価への意識も変わっていくだろうし……)
平家は二人を見て小さく頷くと、近藤から成績評価シートを奪う。
「あ……! ちょっと……!」
成績評価シートをとられただけでもヒステリーを起こしていた近藤にとってはストレスだったようで声を荒げ、平家に迫ろうとする。
しかしそれより早くシートを裏返し、近藤の目の前に突き出すことで沈黙を生み出す平家。そして、シートの向こうから顔を出し、かちかちと鳴らしていたボールペンの先を9組Hチームと書かれたところにとんと置く。
「よく見て下さいね。9組Hチームの成績は確かに、他のチームに比べ、圧倒的に低い」
そのままペン先を横に動かしながら評価項目をなぞっていく平家。その言葉を聞いて勝ち誇るような表情で何かを言おうとする近藤を平家は視線で制す。そして、そのままペン先を移動させていく。
「だが、この評価自体が私は現在の学校教育の問題点なのではないかと思っています。ダンジョン攻略速度やモンスター撃破ポイントという分かりやすく評価出来るところに重きを置きすぎている。現場を経験した人間であれば、誰しも感じることが『学校評価の高い人間が現場で活躍できるわけではない』ということ」
そう言った平家が学生時代だった時のダンジョン研修成績は、圧倒的一位ではあった。
だが、多くのダンジョン攻略で様々なチームを見てきた平家は感じていた。
早く攻略出来る事、多くモンスターを倒せる、強いモンスターを倒せる、そういったチームが全て強いわけではないこと。むしろ、学校評価が低くても協会内での評価が高く活躍しているチームはあった。
そして、平家は教官になってそういったチームたちの多くが『とある数値』が高いのではないかと気付いた。
平家のペン先が各評価項目の中でも最後の欄にたどりつきぴたりと止まる。それは、数年前平家を含めたダンジョン教官達が相談し、学校側に入れてもらった評価。
ダンジョンでは、回復用のマジックアイテムや回復魔法が使えるので傷は治る。武器や防具も消耗品だ。
しかし、攻略難易度の高いダンジョンにおいて大切なのは、強さだけではなく、『長さ』だと平家は考える。平家がペン先を止めた項目を見てわけがわからないと眉間に皺を寄せる近藤に対し、藤崎ははっと息を呑み眼鏡を直す。
「その項目って……」
「今回の試験において、厳島を加えた9組Hチームはうまくかみ合った。そして、彼女達の本来の力を発揮することが出来た。その結果、彼女達はこの項目を加えて数年の間でトップの数値を叩き出したのです。あの『最強の女帝』幻中まるよりも高い数値を」
「はあ? その項目が……『損耗率』ぅう?」
平家が視線をうつしたパソコンの画面には、ほぼ無傷で元気そうに笑う9組Hチームの面々がうつっていた。
「魔力消費量、ダメージ量、武具の損耗率、アイテムの消費量……それらを総合的に評価した数字が損耗率です。この数字が圧倒的一位。つまり、彼女達は2年の誰よりも長く深く潜ることが出来る可能性を秘めている」
試験時間を終えた彼と彼女達は、けろりとした顔で今回の反省をおこなっていた。それを見て平家は不思議と興奮が溢れて来た。それを思い出しまた笑う。
「まあ、百聞は一見に如かず。ちゃんとその両目で見て評価してあげてください。彼女達のがんばりを」
かちりと平家がマウスをクリックする。
頭だしされたその映像の中、中間試験のダンジョン入り口で円陣を組む彼女達と一刀がいた。
「それじゃあ、試験。がんばろう! 俺達のやり方でやってやろう!」
「「「「「うん!」」」」」
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