第72話 倒す男と倒される女たち
個別ルームに残されたのは忍と一刀だけとなった。
先ほどまでまるの大声が響き渡っていた分、生まれる静かな空間。個別ルームの壁が白で統一されている為その静けさをより際立たせると同時に、壁の白よりも美しい肌と輝く黒髪を持ち学園内でもトップクラスの美女である忍と二人きりで個室にいるという状況をしっかりと認識した一刀は挙動不審になり始める。
「あ、あ、ああの、本日はお日柄もよく……」
「ふふ……そんなに身構えないでよ。ちなみに、巽先輩というのは去年の卒業生で、まるのお目付け役的な存在だった人だよ。今は警察官になっているんだけど、見ての通りまるは巽先輩には頭が上がらなくてね。一週間はしゅんと大人しくなるんじゃないかなあ」
一刀の脳内にはしょんぼりとうなだれ小さな体をさらに小さくさせ丸くなっているまるの姿。それはそれで見てみたいとくすりと笑うと、目の前に忍の大きな瞳。いつもの桜のような香りが鼻をくすぐったせいか鼻の穴の膨らんだ自分がその大きな瞳に映っていて一刀は気恥ずかしさを覚える。
「よしっ、ちょっとはリラックスできたみたいだね。それじゃあ、本題に入ろうか。……といっても君の悩みの答えはまるが言ったことで解決したみたいだし」
「そ、そうですね! それに、あの……さっきの先生たちがま、幻中生徒会長を捕まえる時のが結構参考になりました!」
「え? さっきの対まるのフォーメーションが? あは! ははは! そっか、そうか……それはよかったね」
大きく口を開けて笑う忍に一刀は思いがけず見とれてしまう。
今まで忍は口元を手で隠したり、一刀が嫉妬するほどにかっこよく微笑むことはあってもさっきみたいに無邪気に笑う姿を見ることはなかった。一刀の知らない忍の一面にどきりとし視線を外し首元を触る。
「ん? どうしたの? 厳島君?」
「あ、いえ、その……東雲先輩がめっちゃわらってたんで……そのぅ……か、かわいいなと思いまして!」
「かわっ……!」
気恥ずかしさからか自分の感情をコントロール出来ず思った以上に大声になってしまう一刀。そして、滅多に言われない『かわいい』という言葉を先日の一刀とのお出かけ以来言われた喜びと恥ずかしさとその時の感情を思い出し言葉を詰まらせる忍。
そして、小さな沈黙。
互いにもじもじしていた二人だが、先に動き出したのはやはり忍。こほんと咳払いをし髪を撫でながら口を開く。
「まったくもう……君は本当にまったくもう、だよ。だけど、そうか……めっちゃわらう、か……うん。よしっ……!」
忍は撫でていた手を止めきゅっと拳を握り何かを確認するように頷くと顔を上げ一刀の方に向ける。
「厳島君、これから私の最初に作った【オリジナル】を見せようと思う。これは……反面教師として見ておいて欲しい、かな」
忍はそう小さく呟くと、先ほどまで握っていた手を開き、その掌を一刀に向け広げる。一刀は向けられた掌に意識がいっていたが、ふと視線に気づき、手の向こうの忍を見る。
「……!」
「いくよ……【氷牙騎】」
忍がそう静かに冷たく囁くと、掌に小さな雪の結晶のようなものが生まれはじめ……一気に増殖し忍の手から腕、腕から全身へと一瞬で広がり、そして、ばきばきという音と共に無数の氷の刃が生えた鎧を纏った騎士姿の忍が一刀の前に現れる。
先ほどまるへ放っていた嫉妬めいた冷気とは違う、別の冷たさ、全てを拒絶するかのようなその冷気によって一刀は忍が遠ざかっていく感覚に襲われる。
「これはね……私が最初に生み出した【オリジナル】。ウチは、九十九里さんとはまた違うんだけど家の関係でね。【オリジナル】については家で学んでいたんだ。そして、私が生み出したのがこれ……。当時の私はね、一人で戦える強さが欲しかった。一人になりたかった。そんなことばかり思っていた。だから、生まれたのがこの魔法」
忍が腕を上げただけで冷たい風が吹き、氷の刃に蛍光灯の明かりが反射し冷たく光る。
「氷の刃を纏った鎧による完全防御。氷自体に魔力そのものを十分に込めているから物理だけでなく魔法に対しても抵抗力は高い。当然、回復系にもね」
実のところ、ここまで一刀はそれほど問題のある魔法だとは思わなかった。何故なら、一刀こそソロでダンジョンに潜り、一人で戦っていたから。しかし、忍の最後の言葉を聞き、連携の重要さ、可能性を知った今なら分かる。忍の今の姿は強いが、新しい強さへの可能性は狭い。
そして、なにより……寂しい力だ、と思ってしまった。
そんな凍える感情が瞳に見えたのか、一刀を見ていた忍が悲しそうに笑う。
「うん……そういうこと。これは自分の為だけの魔法。誰も必要としないなんて寂しい意志表示の魔法。【オリジナル】は心を映す。この魔法は周りだけでなく私自身も傷つけ疲弊させた。魔力の消費も早くて……自分自身でも心の奥底では分かってたんだろうね。この魔法は誤魔化しの魔法だって」
忍が氷で作り出された籠手に映る自分の顔を見る。刃が何枚も生えており、自分の顔さえも切り刻まれたように見え、笑う。その笑顔もまた歪ではあるが……忍は嫌いではなかった。
「でもね、まあ、色々あって私は自分の弱さに気付けた。そして、変われたんだ」
ふわりと氷の鎧が雪のように舞い散っていく。一刀の身体をすり抜けていくその冷たさは身体を震わせるようなものではなくどこか心地よい何かを洗い流してくれるようなもの。綿のような雪の中から現れた忍は心からしあわせそうに笑う。
「それに……君に会えた」
雪の精がいたとしたらこんな美女なのではないだろうか。
一刀は真剣にそう思った。
「だから、伝えたかったんだ。君になら伝えられる。君なら伝わると思ったから」
「はい……俺は、先輩の教えてくれたことを決して無駄にしません。絶対、絶対に俺の未来を良くしてくれるものにしてみせます。見せてくれてありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして」
まるの熱。そして、忍の風。
一刀は自分の中で流れる熱くて冷たい何かをしっかりと噛みしめる。与えられたものを大切に未来に繋げること。ばあちゃんから、先生から、先輩から、仲間から貰ったものを未来につなげる。
(【強魔】の力みたいや……)
受け取ったものを自分の力に変え放つ。それが強魔であり、今の自分だと一刀は思う。
であれば、自分に出来ることはもっともっとあるのではないか。もっともっと自分にも可能性が溢れているのだと一刀は確信する。
ぶるりと身体を震わせ込み上げてくる笑い。脳にビリビリと電気のような刺激が奔り心臓が身体が膨らんだのかと錯覚するほど身体を叩く。喜びが身体中に満ち溢れていくこの感覚を得た事を誰かに分け与えたくなる。目の前には忍がいて、優しく微笑んでいる。
思わず、だった。
思わず一刀は忍に駆け寄り強く抱きしめた。
「……ほえ?」
「ありがとうございます……忍先輩。俺、もっともっと強くなります……!」
人によっては事件にもなりえる突発的な行動。もし仮に一刀のポジションが中馬であれば警察が出動する羽目になったかもしれない。だが、忍の一刀への思いは中馬へのそれとは真逆と言えた。
「いいいいいいいいいいいいいっと……くん? え? だだだだだだだかれてる? わ、わたし……?」
興奮状態の一刀に興奮状態で呂律の回っていない忍の声は届かない。そして、僅か数秒。抱かれ続けた忍は思考を放棄し妄想の新婚生活見送りのハグ編に突入する。
一方の一刀は決意の表情を浮かべすぐそばにある忍の白くて美しい耳に思いを囁く。
「俺、がんばります。絶対に負けません」
「うん……がんばって……近藤先生なんかにまけないで……あなた……」
「はい……ん? あなた……? って、し、しののめ先輩ぃいい!?」
忍の妄想から放たれた言葉でようやく我に返った一刀が身体を離し見たのは、薄く微笑みながらしあわせそうに気絶する忍。そして、結果的に救急車が出動する羽目となり、職員室で思考放棄していた藤崎が再び絶叫することになる。
「危険人物ぅううううううううううううううううう!」
そして、時は流れ中間テストが行われ、テスト結果の発表の日を迎える。
近藤はわらっていた。
(ふふ……たのしみねぇ。ちらっと『あの子』から聞いた話だとダンジョン攻略速度はかなり遅かったみたいだし下位は確定っぽいわね)
学園の廊下を歩く足取りは軽く、鼻歌も出てしまうほど。授業も教える側にも関わらず今日は身が入らず、すぐに問題を自分で解けと指示を出し窓の外を見て笑っていた。
(一刀君に何をさせちゃおうかしら~? それにしてもチョロいわね。あの年くらいの男はプライドも高いしすぐに挑発に乗るんだから。あとは……少しずつ少しずつ誘導して最後には……ふふふ! 『アレ』ももうすぐ出来上がるし、我ながらヴェリィグゥね)
職員室のドアを開けると、室内は中間テスト評価後の独特な雰囲気に包まれている。一刀のクラスの担任である藤崎は相変わらず難しい顔をしており、それが近藤にとってはおかしくてたまらない。
「ハローゥエブリワン。中間テストも終わって結果も出て、これからもっと教師としてがんばっていかないとねえ、ねえ? 藤崎先生」
「え……あ、あはは……そうですね。が、ガンバリマス……」
「ところで、藤崎先生。話題のイットー君はダンジョン研修、Hチームで受けたそうですけど、どうだったのぉ~?」
近藤はずいと顔を近づけると藤崎は顔をひくつかせる。その表情を見て近藤は勝利を確信し、にまあ~っと笑う。藤崎の顔は眉間に皺を寄せながら、口角は上がっていく。そして、唇を震わせながら告げる。
「あの……学年…………4位です」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ほわっとぅ?」
「し、しかもぉ……その戦い方が評価か注目かなんかされてぇ、なんかぁ、冒険者協会のぉ、おえらいさんがぁ、話を聞きにくるとかでぇ……1位とか2位とかの話じゃなくて、厳島君のチームの話を聞きたいとかでぇええ、またあの子が注目されてぇ……ど、どうしましょおおおおおおおおおお!」
「し、し、しるかぁああああああああ!」
泣きつく藤崎をひっぺがし、慌てて自分の机のパソコンで成績を確認する。
(嘘よ嘘よ嘘よ! そんなはずないでしょ! 『あの子』が嘘をついたの!? 馬鹿な……! ありえないありえないありえない! 厳島一刀はワタシのものになるのよ! だから、4位なんて)
近藤は血走った目で何度も何度も画面を確認する。だが、数字は当然変わらない。
4位。
「あ、あ、ありえないぃいいいいいいいいいいいいい! なんでぇええええええええ!?」
近藤の甲高い叫び声と藤崎の泣きわめく声の二重奏が職員室に響き渡る。
中間テストダンジョン研修4位、厳島一刀が加わったHチームは紛れもなく学年トップクラスの成績を飾った。そして、それを引き金に新たな波乱が巻き起こる。学園を揺るがす大事件の幕開けだった。
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