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第71話 込み上げる男と逃げる女

「あ、あのー……幻中会長、そ、そろそろ……」



 一刀が終わらせようとしていたのはまるの胸を揉む時間。

 時間としては十数秒ではあったが一刀にとってはとんでもなく長い時間に感じられた。


 田舎から出てきて、『女子に対し男子は恐怖心を抱いているもの』という都会の常識を知らない一刀にとっては恥ずかしくも有難い時間ではあったが、後ろからとてつもない冷気を忍が発しているのを感じ、慌てていた。

 だが、まるは離れようとした一刀の手を両手で強く握りしめ自分の胸へと再び強く押し当てる。



「やだー!! もう少しだけ!! もう少しだけならいいでしょ!! ね!!?」


「は、はぃ……って、熱っ!?」



 一刀は自分の右手から伝わる熱に目を見開く。さっきまではとにかく女子の胸を揉まされるという驚きの事態に気が動転しており、手が感じる熱さは自分の照れからかと思っていたがそうではなかった。一度離しかけて気付く。

 これは彼女の身体が発する熱。



「ふふ、わたしの【オリジナル】である【イチガン・ヒノマル】は超圧縮された火球を放つ魔法。その為に身体を強化変化させる必要があってね!! ヒノマルの場合は全身の発熱機能を強化させると同時に耐熱強度も上げる!! それにより、あの強大な魔力を生み出すことが出来るんだ!!」



 【イチガン】を放ってから少し時間は空いているにも関わらず、人間の体温としてはあり得ないほどの熱のこもったまるの身体。一刀はその熱を感じた事でどれほどの魔力があの小さな太陽に込められていたのかを理解する。



「その魔力をあんな小さな火球に変えるってすごい、ですね……」


「そうでしょ!!? でも、さっきも言ったようにわたしだけの力じゃない!! この銃型魔道具のおかげだよ……!! わたしは強い、強かった。中学校時代は本当にライバルと言えるようなひとはいなかったんだー!! そして、近寄ってくる人も……!!」



 そこで初めてまるの顔に少しだけ陰が差したような気がした。だが、すぐに明るい先ほどまでと同じような笑みを浮かべる。



「でね!! ここに、東魔学園に来てわたしは、井の中のかえるだって知ったんだ!! まあ、力は入学当初からさいきょーだったけど!! 『戦う』とは力だけで決まるものではないとわかった!! そして、周りに助けてもらう事でもっともっと強くなれることがわかった!!」



 まるは手に持っていた銃を見て微笑む。手に持っていた銃の重さを、感触を確かめながら強く握りしめる。そして、高々と掲げ一刀を見つめる。



「この銃はね!! わたしの魔力を暴発しないように抑える鞘のようなもの。そして、鋭い一撃を放つためのもの!! わたしの願いの通り道を作ってくれる最高の相棒なんだ!!」



 一刀は自分の身体も熱くなっていることに気付き、笑う。まるの魔力が熱く燃えるような魔力。それでいて、その炎のようなあふれ出る欲望を一つの願いをかなえる為におさえつけている強い力があった。

 それもまた思い。一番の願いを叶える為に他を押さえつけたいという思い、誰かの力を借りてでも叶えたいという思い。全てに熱く狂気じみた思いに溢れ一刀は圧倒される。


(これが……ウチの……生徒会長!)



 一刀は必死で押さえつける。この熱と欲望の向け方を忘れないようにと力を込める。ぎゅっと。



「あんっ……!」



 こぼれた声はまるの口からだった。可愛らしい声が聞こえ一刀は自分が全身に力を込めていたことを理解する。そう、勿論まるの胸を揉んでいた手にも力が入っていることを。



「ふふ……厳島くん。ようやく熱が入ってきたようだね!! さあ!! 遠慮なく好きなだけ揉んでよ!! わたしはどこまでもオッケーだよ!!」



(や、や、やらかしたー!)



 身体中の熱がパアンという音と同時に駆け巡り、汗腺という汗腺を目覚めさせ一刀は滝のような汗を流し始める。


 一刀の都会にやってきた大きな目標は嫁探し。それも、ばあちゃんも喜んでくれるような素敵で強い女性。そういう意味ではまるも結婚相手にはふさわしい。

 だが、一刀は恋愛結婚がしたかった。まだまるを知らないし、なにより一刀は田舎にあった漫画のデートや恋愛イベントなどをしたいという思春期丸出し少年。故に、すぐに結論は出せない。それに……背後ではまだ夏も近づき始めている季節にも関わらず冬の気配があった。



「ま~る~……! いつまで胸を揉ませているのかしら? それとも何? 見せつけてる? 私に? 二重の意味で、見せつけてるの? ねえ?」



 身体中に熱がこもっている上に、汗を噴き出させた一刀はぴきぴきと全身が凍っていく感覚に襲われる。だが、この場をうまくおさめる言葉など思い浮かばない。

 視線を宙に彷徨わせた一刀がふとまるを見た時、彼女の影が彼女の動きに反して揺れるのを見た。



「あー……!! いいところでもう!!」



 そう言い終わるか否かでまるは胸を揉んでいた一刀の手を離し、手に持っていた銃を真横に放つとその反動で逆側に飛んでいく。まるのいた場所に入れ替わるように飛び込んできた影の正体は狼女と化した雪市だった。



「雪市先生!?」


「厳島クン! 話はあとです! ちょっと離れていてください。汗のにおいで興奮しちゃうので!」



 そう告げて雪市は個別ルームの壁を踏みしめるまるをじっと見つめ魔力を練り始める。



「皆さん! 対幻中さんフォーメーションです!」



 叫ぶ雪市。その声で一刀は気づく。この個別ルームにいつの間にか教師たちがやってきており、まるを囲み、個別ルームの出口を塞いで陣形をとっていることに。



「厳島君、こっちだよ」



 ふわりと香る桜の香りに振り向くと忍が。一刀の手をとってルームの奥へと連れていき、ふうと小さく溜息をつく。



「あ、あのー、これは……」


「ああ、いつものことだよ」


「いつもの、こと……?」



 そこからは激闘だった。

 幸いにも一刀は忍の作り出した氷壁によって安全な場所で守られており、その状況を教えてもらうだけにすんだ。



「まず、彼女は最強であり、最悪のトラブルメーカーなんだ。物を壊す、誰かともめ事を起こすなんてのは日常茶飯事でね。その度に先生方が駆り出される。だからね、先生も慣れたもんだよ」



 忍が顎で指すと一刀は今正に行われている生徒会長対教師達の『おにごっこ』を見つめる。鬼7人で逃げる人間が一人なので鬼ごっこといってよいのか分からないがとにかくまるを教師が追いかけ、互いに魔法を駆使する壮絶な戦いが行われていた。


 銃を使って一直線ながら高速移動で逃げるまるを5人の教師がじりじりと追い詰めていく。残った二人のうち一人は唯一のドアをの前に粘着性のありそうなどろどろの壁を生み出し門番と化していた。どう見てもまるが圧倒的に不利。だが、彼女は笑っていた。



「生徒会長……笑ってますね」


「……彼女が何故最強かというと、彼女には強い意志がある。絶対に自分のやりたいことをやるという強い意志が。欲望や意志の強さが魔法の強さ。生徒会長は君に伝えたいことがあった。それを伝える為には天井を壊す必要が……彼女にはあった、らしい。だから、罰を受ける覚悟はあるんだよ。ただ、出来るだけ全力で逃げることには挑んでから、ね」



 教師たちの繰り出してくる魔法は実に多彩だった。植物を高速成長させる魔法や鞭を操る魔法、魔法自体を反射させる魔法を使ってピンボールのように魔法を跳ねさせたり、近づくと発動する地雷のような魔法を使ったり。だが、その全てにまるは受けて立ち抵抗してみせた。



「彼女は彼女の願いの為に力を欲している。具体的なことははぐらかされるけど、彼女の願いがとてつもなく大きいことは3年ならみんな知っている。そして、先生だって使って強くなろうとしていることを」



 流石にこの程度では生徒を傷つけられない教師たちには制限がかけられていた。それでも、適切なフォーメーションをとり、まるを誘い込む。雪市の射程範囲に。



「……はい、捕まえた」


「ん~~~!! くっそー!! つかまったかー!!」



 途中までまるの視界に入るように移動していた雪市は、まるの意識が逸らされた瞬間を狙って不規則な移動をし、視界の外に。そして、誘い込まれたまるを、まさしく人間離れした筋力で近づき捕らえた。捕らえられたまるも掴まれた瞬間は目を見開いていたが、暴れることなく負けを認め脱力の姿勢となった。だが。



「さあ、幻中さん。いつものお説教の時間です。今日は『巽』さんも幻中さんとお話したいということですから」



 雪市の口からその名が出てきた瞬間、まるの顔色が一変する。



「……え? たっつみー先輩が、来てるんですか……?」



 がたがたと震え先ほどの一刀以上に汗を流しだすまる。そして、一刀は初めてまるの怯えた表情を見た。今にも泣きそうなまるが暴れ出すが教師陣の対処は早かった。



「は~い、幻中さん。幻中さんが先月虫取りの為に学校中に使った強粘着性の魔力物質だよ☆ 動けないようにいっぱい体にぬりぬりしとくよ~☆」


「そして、しばらく大人しくしてもらう為に魔力を吸っちゃいますね。幻中さんが魔道具研究会でこっそり作っていた魔吸器使わせてもらいます。ああ、大丈夫ですよ。貴方が外していたリミッターはつけ直したので、『冬の魔道具研究室爆破事件』のようなことは起きません」


「念には念を入れて、生徒会長が学校指定ダンジョンでこっそり育てていたのと同じマガラツタで巻いておきましょうね。ワタクシがちゃんと操るので力加減はばっちりですからね。安心してね、巻かれましょうね」



 何やらそれぞれ、まるに対しただならぬ思いがあるらしい3人の教師がまるを拘束すると担いで楽しそうに去っていく。かつがれ連れていかれるまるが涙目でこちらを見ていて、一刀の脳内ではドナドナが流れ、そして、静かにフェードアウトし、まると共に消えていった。

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