第68話 危険な男と危険な女達
【女帝】と東魔学園の生徒会長が呼ばれていることは一刀も知っていた。
田舎にあった漫画や小説の女帝と言えば、凛々しく知性溢れ、『大人』というイメージがあった。だが、今、一刀の目の前にいる彼女は……。
「生徒会長……! 今、何を言おうとしてましたかね? ね?」
「あはははは!! あ、そっかー。ごめんごめんしのぶー!!」
忍にじろりと睨まれしかられているにも関わらず気にした様子もなく茶色のボブカットをぽんぽんと叩きながらぺろと舌を出している。
遠目から見れば、高校生の姉に怒られているけど全然きいていない小学生の妹。
それほどまでに可愛らしく幼い印象のある彼女こそが、東魔学園の生徒会長であり、【女帝】と呼ばれる存在であることに一刀は信じられないという表情を浮かべる。
それが目に入ったのか忍は一刀の方に向き直ると前髪を手でなおし一刀に微笑みかける。
「やあ、厳島君。どうしたんだい? 君は今日はお休みだったんじゃ……」
「あ、東雲先輩。こんにちは。そうなんですけど……アドバイスをもらいに行くのはいいんじゃないかと思って……その、東雲先輩を探して……」
「んふんんっ……! そうなんだ……それは、うれしいね。頼ってくれるなんて。じゃあ、向こうで話を聞こうか……」
変なむせ方をした忍は、くるりと一刀に背を向け、個別ルームの方へ促す。一刀からは忍の表情は見えないが、その向こうにいる生徒会長の表情はいたずらっこっぽいにやあっとした顔で忍の顔を下から覗き込んでいた。その生徒会長に対し、忍がまっすぐに近づいていくと生徒会長は声をあげて逃げ始める。
「きゃー!! しのぶの顔真っ赤―!! って、うわ、助けてー!! 厳島くんー!!」
田舎で昔、何度かだけした『ちゃんとした』鬼ごっこ。二人だけではあったが子供同士でした鬼ごっこを思い出す一刀。当時の一刀は小学生低学年で記憶もあいまいだったが、その記憶が重なるほどに生徒会長は無邪気で楽しそうに駆け回り、一刀の背中に回り込む。
「えと、あの……東雲先輩、この方が……生徒会長さん……?」
「はあ……うん、そうだよ。その人がうちの生徒会長である幻中まる」
腰を生徒会長に掴まれたまま一刀がたずねると、悔しそうに足を止めた忍から紹介される。名前を紹介されたまるは腰を掴んだまま顔だけを出し一刀を見上げてにししと笑う。
「はーい!! 幻中まる!! よろしくね!! 厳島くん!!」
元気ではきはきとした声が共有フロアに響き渡り、全員が声の主に注目する。あるものは微笑ましい様子で、ある者は恐れおののきながら、ある者は尊敬の眼差しで彼女を見る。だが、一刀と同じくまるのことを知らなかった女子生徒が『不幸にも』ここにいたらしい。その生徒はまるを見て眼を見開き思わず声に出してしまう。
「え!? あのちっさい小学生がせいとかいちょ……」
「【イチガン・ヒノマル】」
その瞬間だった。
ごおっという轟音が一刀の横をすり抜けたかと思い振り返ると、その生徒の頬ギリギリを真赤な小さな魔力の玉が通り抜けていく。それはまるで小さな太陽だと一刀は思った。東京に来て今まで感じたどの魔力よりも大きく、それでいて無理矢理に凝縮された魔力の塊。
その玉が共有フロアの壁に激突する直前でぶわりと炎に変わり共有フロアを満たしていく。だが、生徒達を避けるように広がる炎。自分たちに当たらないと分かっても荒れ狂う炎の洪水はあまりに恐ろしく誰一人動けないまま身体を震わせただただその炎が通り過ぎるのを待ち続ける。
一刀が目をやると先程発言しかけた女子生徒の周りは特に激しく炎が暴れ回っているように見えた。が、そんなことを言える雰囲気でもなく一刀はじっと耐え続ける。だらだらと流れる汗も拭えないまま、十秒ほど経過すると炎がどんどんと小さくなり最後には何事もなかったかのように全て消えてしまった。
ただ、一刀の後ろでグツグツと煮えたぎった音が聞こえそうな魔力を発する少女がいた。
「……さて、もう一度自己紹介をみんなにしておこうね……!! 東魔学園『3年生』、『17歳』、『今年度卒業予定』の生徒会長、幻中まる、だよ……!! よろしくね、1年生……!!」
ものすごい熱と圧に先ほどの女子生徒は座り込んだまま、コクコクと必死に何度も頷く。そこでようやく恐怖が追いついてきたのか、瞳を潤ませ始めた時、ふわりと冷たい風が吹き抜ける。その風は女子生徒の目の前で吹き止む。風の主である忍が黒い髪を靡かせ、女子生徒の傍に跪く。そして、頬にひんやりとした白い手を当てると静かに話しかけた。
「君、人の容姿について発言する時は、しっかりと言葉を選ぼうね。幻中生徒会長も怒っているわけじゃない。注意を促しただけ。その証拠に君には火傷も何もないでしょう?」
ゆっくりと諭すようにかけられた静かな声に女子生徒はゆっくりと頷く。そして、そこでようやく大きく息を吸い、冷たい空気を肺に入れるとすくっと立ち上がる。
「あの! 大変失礼しました! 今後気を付けていきたいと思います! 幻中生徒会長!」
立ち上がった勢いのまま、大声で叫び、90度に上半身を折り曲げ頭を下げた女子生徒。彼女の謝罪を受け取るか否か、一刀が確かめようと再びまるの方にゆっくりと振り返る。
「うん!! いーよ!! 今度から気を付けてねー!!」
一刀が見たのはあっけらかんとしたまるの笑顔。先ほどの強烈な炎を同じく何事もなかったかのように笑うまるを見て一刀は唖然とする。
「それより、君!! 1年4組の小園さんでしょ! 火属性練習してたよね!!? 外気法でやってたけど、君の場合内気法が得意なんでしょ? さっきも純度の高い魔力練れてたし。なら、内気法で魔力を練ってから外気を引き寄せるって形にした方が外気法を掴みやすいと思うよー!!」
そう言いながらいつの間にか手に持っていた銃のような魔道具を振り回しながらアドバイスを始めるまる。女子生徒は助言されていることに気付くと、目を輝かせまるに駆け寄りふんふんと頷き話を熱心に聞き始める。
そんな二人を横目に忍が一刀の元に歩み寄り苦笑いを浮かべる。
「いやあ、ごめんね。ウチの生徒会長が。とりあえず、立話もなんだし、あっちで話を聞こうか」
個別ルームの方へ歩いていく忍を追いかけながら、一刀は声を掛ける。
「あの、なんか、すごいですね。生徒会長さん」
「ああ……とんでもないでしょう? あの人が入学時から常にトップを走り続けた天才中の天才とは思えないよね。すごいのはすごいんだけど、色んな意味ですごすぎてね。もうまさに暴君って感じ」
暴君。その恐ろしい響きに一刀が曖昧な笑みを浮かべていると、忍が笑い、くるりと方向転換するとそのまま進んできた一刀の肩に顔を置き、耳元で囁く。
「……【女帝】っていうのはさ、彼女がそう呼べって言って無理矢理広めたものなんだよ。暴君は子どもっぽくていやなんだって」
小さな声で囁く忍のひんやりと気持ちの良い冷気を感じながらも一刀は耳元が熱くなるのに気づき身体を硬直させる。動けない一刀の耳に「くす」と小さな笑い声が聞こえたかと思うと、再び忍が一刀の耳元に口を寄せる。
「子どもっぽくていやだなんて、それこそ、本当におこちゃま、だよね……?」
妙に低く吐息交じりの声に戸惑う一刀が何か言おうとした次の瞬間、先ほど耳にした、忍の囁き声をかき消す轟音が響き渡る。そして、顔のすぐ横で感じていた忍の気配が遠ざかったかと思うとそれを追うように炎の魔力が後ろから通り抜けていく。その炎の魔力が追いかけるのは飛びさがった忍。忍は氷柱を3本生み出し蹴りながら下がると青白い魔力を凝縮させ叫ぶ。
「【氷騎士】!」
忍が足場に使った3本の氷柱、それをいとも簡単に溶かし忍に迫る真っ赤な魔力球に対し忍がとった対抗策は、先ほど見せた【オリジナル】。氷の鎧兜を纏い、盾と剣を持った氷の騎士。
「私を守って! お願い!」
忍がそう叫ぶと、氷の騎士は剣と盾で防御の態勢に入る。
強力な魔力球は騎士の剣と盾に直撃し、そのまま貫くように見えたが、ギリギリのところで忍が氷騎士の背から直接魔力を流し込むことで盾と剣の超速再生を可能にする。
「くぅう! ……やっぱり思い入れが凄すぎるねえ……!! ていうかさ、わたしのこと、おこちゃまっていうけど、しのぶなんて、わたしより胸ない絶壁のくせにっ!!」
「……は?」
次の瞬間、熱風と冷気がトレーニングルーム全体に吹き荒れ、生徒たちは吹き飛ばされまいと身体を地面に伏せ防御に魔力を全振りする。同じく一刀も咄嗟に取り出した黒剣の刃の部分を大きく広げなんとか凌ぐ。
「え、えぇええええ……?」
その場に立っているのはたった3人。一刀と、目の笑っていない笑顔で見つめ合う二人。
「ははははは」
「ははははは!!」
「は、はは……」
その時トレーニングルーム共有フロアのドアが開き入ってくる人物が。
ズレた眼鏡のまま、息を切らしやってきたのは、藤崎だった。
そして、共有フロアの惨状を見てわなわなと身体を震わせ叫ぶ。
「や、や、やっぱり危険人物ぅうううううう!」
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