第63話 前へ進む男と先行く女教師たち・前編
月山が一刀たちの前を歩いているだけ。なのに、一刀たちは背筋を伸ばしまるで軍人のように直立不動で上官が通り過ぎるのを全身全霊で耐えている。着物姿で小柄な女性だが圧倒的な圧と静かな怒りを漲らせ、ゆっくりと一刀たちを舐めるように見ていく。
「……まあ、思春期の子達にみんなの前で自分の夢や理想、好きなモノを語れっていうのは恥ずかしいかしらね~」
手に頬を当て小さな溜息を吐く月山に、『いや、あんたが怖いからや』と思わず出かけた言葉を一刀は飲み込む。
その隣で同じくぴりっと立ち続けたままの杏理がそのままの状態で手だけを必死に持ち上げて発言権を求める。
「あ、のー……そういう話ってひつよーなんですか? あと、じょろじょことか、ハローアローとか口は禍の元とか、名前ってそんな感じのものじゃないと駄目なの……ですか?」
「はいは~い、それにはワタシが答えようねい!」
月山と一刀たちの緊張を感じ取ったのか、はたまた生来の性分か来迎がぴょんと飛び出しトレーニングルームの特殊な素材で出来た床に両足で着地する。
「さっきも言ったように【オリジナル】は自分だけの魔法ってのがとっても重要なんだねい。誰しも、トクベツってのは嬉しいよねい。例えば、異性に『特別だよ……』なんて言われたり、言う時はすごく感情がこもると思うんだねい」
妙に低音のイケボが出たな、と一刀は笑って隣を見るがAチーム女子は、そのシチュエーションを想像しているのか、杏理は両手で頬を挟み顔を真っ赤にし、玖須美は『ああっ、そんな……ですが、九十九里家の女として受け止めましょう……!』と悶える身体を必死で抱きしめ、環奈に至ってはぼーっととても遠い目をしてトレーニングルームの魔光ライト輝く天井を見つめ笑っていた。
(みんなやっぱそういうのに憧れがあるんやなあ……『特別』か。いつか俺も好きな人が出来たら絶対言うぞ、うん!)
「さて、みんながトクベツっていいなゲヘヘって思った所で話を戻すねい。【オリジナル】で重要なのは『思い込み』」
「思い込み?」
「そう。まあ、自分とオリジナルを信じると言ってもいいねい。自分が生み出したオリジナルが強い、がんばって作ったオリジナルが負けるはずがない、世界一のオリジナルだ! そう思い込むことで魔力は増幅するんだねい。これが、『みんなが使っている【ファイアーボール】だ!』となると、安定はするけど威力は出ない。何故ならぁああ、魔法は愛だから!」
だぼだぼの袖を大きく振り回し来迎は恍惚の表情を浮かべくるくると回り出す。魔法は愛という言葉に一刀はなんとなく理解が出来るような気がした。
ばあちゃん達の愛情ある言葉が自分を悪意から守ってくれたことも愛と言えるし、強魔を発動させるときに互いの好意が大事であると言われた事も合致している。その愛を魔法にも込めるということ。
それは一刀に拳を強く握らせ、口角を上げさせる。
「ワクワクしてきたようだねい」
来迎の言葉にハッと顔を上げる。だが、それは一刀だけではない。環奈も玖須美も杏理も笑っていた。そして、欲しいと思っていた。自分だけの【オリジナル】を。何故なら―
「いやあ、3人に来てもらった甲斐があったねい」
「え?」
「まあ、実際は平家センセーとワタシだけでもよかったんだけどねい」
月山が目を細めてにいと口が避けそうなほど笑った気がしたが一刀はそれを確かめることは出来ない。
「直接、先生たちの【オリジナル】を見て感動してワクワクしたほうが学びたくなってくるよねい。ワクワクは大事だよ。もし、これを勉強したら自分はどうなれるのか、自分のなんとなくなりたかったものがはっきりイメージ出来た。……未来をワクワク出来るようになって、学ぶことにワクワク出来たら、効率も上がるし楽しい。いいことばかりだねい」
そうなのだ、と一刀は思った。
オリジナルを求めるのは近藤のような強い大人に対抗する為、負けたくないからという思いだった。それは苦しく、覚悟のいることのように思えた。
だが、今一刀の中にあるのは、高揚感。勿論、苦しい事もあるだろう。傷つくことも悩むこともあるかもしれない。それでも、その先に誇れる自分がいるのなら。
(挑みたい! 学びたい!)
前を向ける。笑える。
一刀は自然と前へと踏み出していた。『先生』達の元に。自分たちの先を生きる自分たちの未来を照らしてくれる人たちの元に。
いや、それは一刀だけではなかった。環奈も、玖須美も、杏理も踏み出していた。
「いい表情ですね~。きっとその表情のままいてくださいますわよね~。それでは、赤城杏理さん、一緒に頑張りましょうか」
『ご指名』を受け目を見開く杏理だが、そんなことは気にも留めずに月山が手を引く。
「え? え? なんでアタシが?」
「大丈夫ですよ~。まずは、平家先生と来迎先生が皆さんの能力や適性を見て割り振っただけですから~。私は水寄りではありますが風の属性も持っていますし、赤城さんは風の方が強いけれど水の属性も持っている。相性は悪くないはずですよ~」
「いや! 相性は悪くないかもだけど! けど~!」
助けを求める目で見つめてくる杏理に一刀は両手を合わせ謝る。ドナドナが一刀の脳内で聞こえる中、杏理は月山に連れられ個別のトレーニングルームに入っていく。
「まあ、という感じで個別で面談をしつつ、オリジナルを考えていきたいと思うんだよねい。ワタシはまずは……」
「私、ですよね?」
来迎の前に進み出る環奈。それを見て来迎は声を上げ笑う。
「きゃっきゃ! 察しがいいねえ。そう、風と火の間、雷魔法。ワタシも同じ魔法を使えるからねい。ビリビリとするような刺激的な提案よろしくねい」
「じゃあ、わたくしは……平家先生ですね?」
「いや、お前は華弐先生にまずは見てもらえ」
平家に視線を送り笑った玖須美はあっさりと否定され、華弐が玖須美の肩を叩く。玖須美の顔が真っ赤なのに気づくと、華弐は玖須美の両頬に白い手を当てる。
「あーちょっと恥ずかしかったねー。ごめんねー。『彼』はちょっと難しそうだから二人がかりって話でねー。さ、気を取り直して一緒に考えよー」
俯いたまま華弐に手を引かれる玖須美を見送った一刀は二人に向き直り、姿勢を正す。
「平家先生! 雪市先生! よろしくお願いします!」
目を掻きながら頷く平家と一刀の目をじっと見つめてくる雪市。
「ああ。私は土持ちだし、火については雪市先生がピカイチだ。じっくりお前のオリジナルを考えていこう」
「はい! お願いします!」
勢いよく頭を下げようとする一刀だったが、バンという音を鳴らし近づいてきた雪市がその頭を止める。下げかけていた頭を上げると雪市が険しい表情で一刀を見つめていた。
「そう、簡単に……頭を下げない……!」
「あ、す、すみま……!」
その時、一刀は見た。真っ白な雪市の肌に朱がさし、赤い舌が雪市の鋭そうな犬歯を撫でまわすのを。
「シャンプーの匂いがしたら襲っちゃうかもしれないじゃないか……!」
そう言って雪市は鼻をひくつかせながらぷるぷると口元を歪ませる。
「あー! そういえばねいー! 風は声フェチ、水は血管フェチ、土は筋肉フェチ、火は匂いフェチが多いよー! それじゃあ!」
遠くで来迎の声が聞こえ、一刀はゆっくりと動きだす。そして、大きく深呼吸。
すぅうううう、はぁああああああ。
「よし……!」
前を見れば、鼻息荒い雪市を宥める平家。だが、彼女の獣のような目は一刀を捉えて離さない。
「この先生も『すごい』なあ……」
そんなこんなで一刀の【オリジナル】づくりが動き出す。
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