第64話 前へ進む男と先行く女教師たち・後編
「こ、こほん。じゃ、じゃあ、はじめよっか」
遠い。
と、一刀は思った。
距離にして10M先で雪市が自分の身体を抱きしめながら一刀を見ている。平家は一刀とは2M程度しか離れておらずあきれ顔で雪市を見ている。
「まあ、元々感覚が敏感な上に、【オリジナル】で半狼化した時にお前の匂いを覚えてしまったんだろう。禁断症状が出るだろうが私が抑えるから心配するな」
心配です。
と、一刀は思ったが顔には出さない。勿論、平家が押さえてくれることは信じている。そうではなく、10M先にいる雪市の様子がずっとおかしくて心配になってしまう。
しかし、雪市の心配ばかりしている場合ではない。そう思い直した一刀は出来るだけ頭をゆっくり下げる。
「よろしくお願いします」
「う、うん。じゃあ、まずは、厳島くんも得意な【身体強化】について少しだけおさらいしておこうね。身体強化は、身体の中を巡っている魔力を操作する、ことで身体能力をあげること。腕に魔力を集めて筋力や皮膚の硬くして攻撃力を上げる、とかね。それに、同じように皮膚を硬くして防御力を上げることも、出来る。水や土でも自分の身を護る膜や壁を作って防御力を上げることは出来るし、あっちの方が痛みとか感じなくて済むけど、身体強化の最大の利点は『自分の魔力をそのまま使う』と、いう事。魔力を膜や壁にする物質化は、変換する、こと自体に魔力を使うし、変換したものは元々放出した魔力よりも少ないものになる。発動の早さと消費の少なさ。使い勝手がよいことが【身体強化】の利点、だね」
雪市の説明を聞きながら一刀は何度も頷き、そして、田舎のばあちゃんの言葉を思いだす。
『一刀は、火か……いいことだ。使い勝手がいいってのはそうなんだけど、それ以上に、痛みを感じるのがいいとあたしは思ってる。痛みが分からなくなるってのは怖い事なんだよ。あたしは何人もそういう誤った道を選び傲慢になる人間を見てきた。……あんたは優しい子だからね。神様もきっとわかってくれてたんだねえ』
ばあちゃんがやさしく頭を撫でながら褒めてくれた自分の性質。それを改めて実感し、一刀はぎゅっと拳を握る。
「それで、その【身体強化】を活かす形がいいとは思うんだけど、厳島くんは何か【オリジナル】でやってみたいとかこういうことが出来るようになりたいとかってある、かな?」
雪市にそう問われ、一刀はずっと考えていたことを口にする。一刀の【オリジナル】を求めた動機は、近藤の、大人の圧倒的な魔力に対抗する為だった。だが、一刀にはそもそもの魔力が少ない。その問題をクリアする為に思い付いた一つの方法。
「あの……魔力をぎゅっと抑え込んで、圧縮したら威力は上がったりするん、ですかね?」
少ない魔力を増やす方法も探せばあるかもしれないが、今は自分の引き出しにあるものを強化するのが優先。であれば、と考えたのが魔力の圧縮。一刀の見つけた答えに雪市が笑顔で応える。
「できる、よ。そもそもわたしの如狼でも『魔力の圧縮』は使ってるしね」
「え? そうなんですか?」
雪市の狼人間は確かに強かった。しかし、魔力を凝縮させてぶつけているような様子は一刀には気付けなかった。どこで使われていたのか必死で思い出そうとしていると平家が口を開く。
「厳島、雪市先生の『魔力の圧縮』は攻撃じゃない。移動だ」
平家のその言葉で一刀はハッと気づく。白銀の光を残しながら移動する恐るべき速さ。確かにアレはただ足が速くなったというより、まさしく弾けるように飛び出していた。
「脚部分に圧縮した魔力を作り出しそれを爆発させ地面を蹴るのが、雪市先生の如狼の特徴だ。その衝撃に耐えるには雪市先生にとって狼の足が一番丁度よかったというわけだ」
しなやかで、絞り上げられた強靭な狼の脚。もしかしたら白銀の毛も魔力と何か関係があるのかもしれないと考えているうちに一刀に疑問が浮かぶ。
「あの、それなら全身狼化すればめちゃ強くなれるんじゃ」
「それがね、そう簡単じゃないの。理由はまあ、3つくらいあって。ひとつは、魔力消費と身体への負荷が激しくなること。それと、【オリジナル】は条件を絞れば絞るほど強力になるの」
一つ目の理由は一刀にも分かった。だが、二つ目がよく分からず頭にはてなを浮かべていると、雪市が口元に白い手を当てくすりと笑う。
「自分だけの魔法という特別感が【オリジナル】の力を高めると教えてもらったよね。それと同じように条件を絞ったり難しくした方が威力が上がることが多いの。来迎先生曰く、『苦労した甲斐をつくったほうが人間は達成感がある! 禁欲期間があったほうが解放時に』……じゃなくて! こ、後半は忘れていいから! あ、そ、それに! 来迎先生が言ってたことだからね! とにかく! 威力を出したい場合は、何かしら限定条件を付けた方がいいってこと」
「限定条件……」
雪市は如狼使用時は脚に特化。華弐はオリジナル名からしても矢限定の魔法。月山は声がでなければ使えない魔法だろう。であれば、平家は、来迎は、そして、近藤は……。
(【オリジナル】は万能じゃない方が強い。なら、その分つけいる隙もある?)
「分かったようだな。【オリジナル】は強力な武器だ。だが、その分限定的なものとなる。相手のオリジナルを封じる、もしくは、不利な状況に追い込み、自分のオリジナルの有利な条件に持ち込んで戦う必要がある。そして、何より【オリジナル】には覚悟が必要だ。自分はこれで戦うんだという覚悟が。ほとんどの生徒が3年で一つ【オリジナル】を自分のものにするのが関の山だ」
「平家先生でも在学中は2つだったそう、ですもんね」
雪市の言葉を聞き、尊敬の眼差しを一刀が向けると照れくさそうに目を人差し指で掻く平家。平家は2つ、【オリジナル】を自分のものにしていた。あの影箱のような凄い魔法を。
「……あ」
その時、一刀は閃く。自分が欲しいものを。手に入れたいものを。
「あ、あの! 考えたんですが、こういう魔法は、可能でしょうか……?」
一刀は自分が思いついた自分だけの【オリジナル】についてたどたどしくも必死に自分の言葉で伝える。だが、言えば言う程二人の表情は、曇っていく。
「厳島……お前、本気か……?」
「厳島くんって、そういう趣味が……」
完全なるドン引きといった二人に一刀は慌てて首を振る。
「いや! 趣味とかじゃなく、ただ……今の自分に出来ることを考えればこれが一番……」
そこまで言いかけて一刀は気づく。自分の口角がうっすら上がっていることに。そして、胸に手を当てると鼓動が早くなっていることに。自分がワクワクしていることに。
来迎の言ったことを思い出す。
(ああ、そうか。これが【オリジナル】にとって大切な……)
ワクワク。そして、欲望。
「これが……この力が、欲しいんです」
一刀は今間違いなくこの魔法を手に入れた自分を想像しワクワクしていた。そして、そうななりたいと思っていた。
「う~ん、いいんじゃないかねい。厳島クンの【強魔】との相性もよさそうだし」
先ほどまで脳内で再生していた来迎の声が実際に自分の後ろで聞こえ慌てて振り返る。
「ら、来迎先生!? あれ? 神原さんは?」
来迎は神崎についていたはず。だが、辺りを見回しても神崎はいない。その疑問を来迎に視線で訴えかけると来迎はだぼだぼ袖で口元を隠し、にやあと目を細める。
「ああ、彼女はもう自分の【オリジナル】を見つけたよ。そして、もう練習に入ってる。ちょっとしばらく一人にしてあげた方がいいと思ってねい。面白そうな気配を感じてやってきたんだけど、ビンゴだねい」
「しかし、雷夏……来迎先生。この【オリジナル】はあまりにも」
「平家センセー。大事なのは、心、愛、欲望、だよ。彼はもう『覚悟』を決めたみたいだ」
一刀の提案に反対の様子を見せていた平家を来迎がいつになく真剣な目で見つめる。平家も、来迎の言わんとすることは理解できるのだろう。口を噤み、一刀を見る。一刀の心は決まっていた。いや、一刀からすればずっと前から決まっていた様な、決められていた様な気がしていた。
(俺は、この力が欲しかったんだ……!)
目を輝かせる一刀を見て、平家が大きな溜息を一度吐く。そして、吐いた以上の空気を吸い、背筋を伸ばし一刀を見据える。
「分かった。では、その方向で進めよう。だが、その【オリジナル】は生半可なことでは得られない。その上、お前も分かっているだろうが大きな弱点がある」
「はい」
それでも一刀は手に入れるつもりだった。今の自分にはこれしかない。
そこまで思っていた。
「……いいだろう。では、【オリジナル】習得に入ろう。そういう意味では丁度いい。雪市先生、『待て』は終わりだ。危なくなったら私が止める。思い切り、獲物で遊ぶといい」
「え?」
平家が小さく口角を上げ、来迎がダボダボ袖で口元を隠すのを一刀が見た次の瞬間、背後から冷たい風が迫るのを感じ、慌てて飛びのく。先ほどまで自分のいた場所で荒い息をしているのは白銀の狼女だった。
「はあ~はあ~……い、いいんですね。いいんですよね? 平家先生が止めてくれるからあ……いいんですよねえ……! ああ~、美味しそうな子羊ちゃん……はあっはあっ……!」
一応のハンデなのか手足のみ狼に変えた雪市だったが、小さく可愛らしい美女の口から涎が零れ落ちそうになっており、犬歯がぎらりと輝く。
「いやあの! 普通こういうんって、なんか段階を踏むとかじゃ……」
「きゃっきゃ! 厳島クン、頭でっかちは駄目だねい。何事もまずは行動だよねい! というわけで、いろんな段階飛び越えて狼女に襲われちゃってー!」
何か言い方がおかしい、とツッコむ暇もなく舌なめずりをする美女が一刀に襲い掛かってくる。
「く……! 【強魔】ぁあああああああああああ! って、はやいはやい! いやああああああ!」
それからしばらくの間、狼の美しくも欲望丸出しな咆哮と男子高校生の悲鳴がトレーニングルームに響き渡り、偶然そこに居合わせた放送部3年はそれをサンプリングしたASMR作品を販売し大儲け、からの厳重注意を後に受けることになる。
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