第61話 分からない男と分からせる女教師たち・前編
「んん~、ナイス一撃だよう、ゴクウ~」
来迎がダボダボの袖を振り回して、白く光る猿に向かって賞賛の言葉を送ると、猿はうきゃきゃと嬉しそうに踊り出す。
「ら、来迎せんせー。そいつの名前ってゴクウ? さっきはせいてんたいせーって……ていうか、それ生きてんの?」
一刀の後ろに隠れながらも興味津々な様子を見せる杏理。だが、杏理の言葉が何か地雷を踏んだのか、白い猿は怒りの表情を浮かべだだをこねる子供のように足をばたつかせる。その様子を見て、杏理は再び一刀の後ろに下がり、来迎は猿の頭を撫で始める。
「そうだねい、ワタシは生きてる派かねい。で、この子の名前はゴクウ。知ってるかな、お猿のソンゴクウさ。晴天大星ってのはこの子を使った特殊な魔法ってわけだねい」
「え? じゃ、じゃあ、来迎先生の【オリジナル】は、そのゴクウさんなんですか? それとも、晴天大星?」
いつの間にか一刀の左腕を抱きかかえ杏理と同じように一刀に隠れる環奈。
だが、杏理と違い、ちらちらと一刀を見ている上に顔は真っ赤であからさまにどさくさスキンシップを図っていた。そして、出遅れたと気づいた玖須美は手で額を打つ。一刀はそんな二人の行動には気づかないまま、来迎の言葉を待つ。
【オリジナル】とは何なのか。
一刀の予想はゴクウが【オリジナル】。つまり、近藤の霧蛙と同じであり、霧蛙の舌と晴天大星が同じようなものだと考えた。
しかし、来迎は首を振る。
「正確には、ワタシの【オリジナル】は違う。まあ、ゴクウも晴天大星もオリジナルと言えなくはないんだけどねい。まあ、百聞は一見に如かず。出てきねい、ハッカイ。ゴジョウ」
両手を隠すだぼだぼ袖をくるくると来迎が回すと、来迎の後ろ、ゴクウの両側に二人現れ、一刀たちは目を見開く。少し黒ずんだ豚と人が混ざったようなものと青みがかった河童のようなのがじろりと一刀を睨みつけていた。一刀はソンゴクウであれば彼らはとすぐに思い当たる。それは、ばあちゃんに教えてもらった物語の一つ。
「【最遊鬼】。もっとも、あそぶ、おに。それがワタシの【オリジナル】。ワタシはこの物語が大好きでねい。大好きすぎて、魔法で出したくなった。どんな魔法かと言えば、ワタシがちょっとアレンジした登場人物たちが一緒に戦ってくれるってものだねい」
一刀は来迎から後ろにいる三人に視線を移す。よく見れば、ゴクウの頭の輪の上に一本角が、ハッカイには二本、ゴジョウには三本のツノが生えていた。どれも迫力があり、強者の雰囲気を漂わせていた。
「3人も出せるんですか!? すごいですわ!?」
賞賛を浴びせる玖須美に対し、来迎はだぼだぼ袖で口を隠してツインテールを揺らす。そして、その背後では3人が来迎以上に喜んでおり、それを見た一刀も思わず表情を崩す。
「まあ、数が多ければいいってもんじゃないだけどねい。まあ、気分はいいねい。さて、それじゃあ、ワタシ以外も褒めてもらおうかねいっ! レッツデモンストレイション!」
そう言って来迎が合図をすると、サイユウキの三人が雄叫びをあげる。それは、警戒の咆哮。強者の空気を纏う彼らが感じる圧倒的存在が近づいていることを意味する。
どおんという轟音が一刀たちの左前で響いたかと思うとそこにいたのは、ダンジョンにいるモンスター人狼を思わせる長い銀髪の狼人間。
その狼人間に、ゴクウが襲い掛かったかと思うと、狼人間は銀色の光を残しながら地面を這うように手足で高速移動し飛び掛かったゴクウの下を掻い潜る。後ろをとられたかのように見えたゴクウだったが、足元から雲のようなものを生やし空中で180度回転。先ほど玖須美の鉄球を落とした光を放ち狼人間を狙う。
しかし、狼人間はそれよりも早く跳びゴクウの懐に入って爪を振る。一刀にはそれは左右一回ずつに見えたが、切り裂かれたゴクウはまさしく『千切れた』。それは目にもとまらぬ高速の斬撃でゴクウを何十度も切り裂いたことが結果として明らかになる。
ブゴオとハッカイが大きく鼻を鳴らしたのを聞き、一刀たちは右に振り向く。ハッカイが勢いよく飛び出した先に居たのは一刀も見たことがある3年の先生だった。
長い金髪を環奈と同じようにポニーテールにまとめた眼鏡をかけた教師。向かってくるハッカイに対し細く美しい弓に矢をつがえて待ち構えている。
(そんな……あんなほっそい弓の矢じゃ、あんな巨体の突進は……!)
一刀が飛び出そうと足に魔力を溜め矢を引く教師を見ると、目が合う。そして、『大丈夫』と目で合図するとゆっくりと視線をハッカイに戻し、ぶつかるまであと1秒もないというところで矢を放つ。
急所に命中すればもしかしたらと考えた一刀だったがハッカイは口から大きな氷塊を吐き出しそこに矢を刺さらせる。そして、そのまま氷を咥えたまま前進しようと足を動かす。
だが、一向に前に進まないどころか、じりじりと後ろへと下がっていく。
一度矢の勢いを止めたにも関わらず、矢に押し返されているハッカイの姿を見て、杏理は訳が分からないと一刀の肩を揺らす。しかし、一刀にも分からない。
目を凝らし、氷に刺さったまま、一刀の倍以上の巨体を押し返している矢を見ようとしたその時だった。無数の矢が田舎でやったロケット花火のように縦横無尽に不規則に飛び回り、そして、集合場所を決めてあったかのようにハッカイの恐らく心臓があるであろう位置に四方八方から突き刺さる。
断末魔をあげながら消えていくハッカイに今度は雨が降り注ぐ。いや、ハッカイだけではなく屋根があるはずのトレーニングルーム全体に雨が降り注ぐ。青黒い雨が。
その雨の不気味さに環奈が全員に呼びかけようとし、思いとどまる。環奈を含めたAチームのいる場所だけ四角く雨が降り注いていない。見れば、いつの間にか平家が玖須美の傍に立っていて、影魔法で作った先ほどの影箱のような壁を頭上に作り出していた。
「これはゴジョウの【瞼憐大青】だねい。鉄をも溶かす酸の魔力を持つ雨を降らす魔法」
環奈の後ろから声がする。それは間違いなく来迎のもの。環奈は前衛である自分が後ろをとられた事への悔しさで歯噛みする。そして、一刀にも来迎の声は届いていた。その口ぶりからして来迎は自分の意思でゴジョウに魔法を使わせたわけではなく、勝手にゴジョウ自身が使っている。
(どういうことや!? 魔法が勝手に動く!? いや、魔法が魔法を使う?!)
とてつもない広範囲を襲う災害のような雨だが、狼人間は毛を銀色に光らせ何でもないように立っている。金髪の弓使いの頭上には矢が何本も重なり屋根を作り出していた。
そして、そんな雨の中、ゆっくりと歩いてくる着物姿の女性が一人。
「あらら~、随分荒々しくて素敵な雨ですこと。けれど、『二階から目薬』。降ってくるものはわたしには当たりませんよ~」
何重もの札を浮かばせたその女が一枚だけ手に持った札を雨に向かって掲げながらゆっくりと歩いてくる。激しい勢いで降る雨だが、ゆっくりゆっくりと歩くその女には当たらない。避けるように降り注ぐ。
「本当にお元気で何より。けれど、まだ勝てると思っているポジティブ思考がうらやましいですね~」
雨の向こうにいる着物の女の姿が一刀にもはっきり見えてくる。それは一刀も良く知る、学校の先生、国語担当のおっとりしたやさしげな教師、月山だった。
月山は雨を全く気にすることなく自身の周りで浮かぶ札をぱんと叩き、月山を睨み続けるゴジョウに飛ばす。
「幽霊の浜風。あなたのような蛮勇さんは知らなくてもいい言葉ですかね~」
ざくり、と札がゴジョウの青黒い身体に刺さると巨大な竜巻がゴジョウを包み雨を吸い上げていく。
雨が全て吸い込まれ竜巻が小さく小さく圧縮されていくと、最後にはふわりと風が吹き、月山の美しい黒髪を撫でる。
「さて、先生方の登場だ。これから君達に【オリジナル】の可能性をたっぷり教え導いてくれるからね。しっかり教えを乞うようにねい」
立て続けに起こる信じられない出来事に環奈たちは戸惑いを隠せず立ち尽くす。
笑う来迎の後ろには悔しそうな表情を浮かべるゴクウたちが再び現れる。
気付かれることなく玖須美の横から消え、来迎の隣に現れる平家。
銀髪の狼人間は美しい長身の女性に。
金髪教師の頭上にあった矢は矢筒に勝手に収まっていく。
そして、月山はこてんと首を傾げ、頬に手を当て微笑む。
「返事もしないなんて大物ですね~」
「「「「は、はい!」」」」
優秀な守護女子達が後に地獄だったと評する『授業』が始まろうとしていた。
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