第61話:思わぬ拾い物
ヨナが賞金の小切手を受け取って控室から出ると、薄暗い廊下の向こうに少女が佇んでいた。
ヨナは片眉を上げる。
どうやらあの試合を見て訪れた熱狂的なファンではなさそうだ。
「賞金狙い、じゃねェな。何の用だ?」
ヨナの問いに、くすんだ臙脂色のフードを目深に被った少女は静かに口を開いた。
影の奥できらりと金色の光が見えた気がした。
「……忠告しに来たのです。今更かもしれないけれど、ここで顔を晒すのは控えた方が良いですわ」
エルフは人さらいに狙われやすい。そういう意味での忠告だろうとヨナは思った。
歴代最高賞金の5億ルクスを受け取った今なら、なおさらだ。
昔、地下街を歩いていた時に襲われたことがある。もっとも、あの時は返り討ちにしたが。
「ハッ。さっきの試合見ただろ?敵なしだ」
「いいえ、その心配はしていません。もっと別の意味ですわ、ロヴェーンの御方」
少女は地下街に似つかわしい上品さでカーテシーをした。
「……てめェ何者だ?」
ヨナの眼光が鋭く細められる。
クロとエーギルは関係者用の入り口の前で待っていた。
ちょうどクロが山盛りポテトの最後の数本を頬張ったとき、ドアが開いた。
「お、ヨナが来たぞ。ん?後ろのやつは誰だ?」
ヨナの後ろにはフードを被った少女がいた。年は16ほどだろうか。
その少女は、光の勇者エーギルの姿に驚いて言葉が出ないようだった。
「面倒なやつを拾っちまった。さっさとホテルに戻るぞ。詳しい話はそれからだ」
クロとエーギルは首を傾げた。
◇◇◇◇◇◇
王都に住む人々なら誰もが知っている、老舗の高級ホテルのスイートルームの一室。
滑らかな光沢の真っ白なソファに、一人の少女が居心地が悪そうに腰掛けている。
「はじめまして、俺はエーギル。こっちはクロ。よろしくね」
「おう!クロだ。よろしくな」
「イリス……と申します。お目にかかれて光栄です、光の勇者様」
イリスはそう言ってそっとフードを脱いだ。
くすんだ臙脂色のフードの下から現れたのは、艶やかな薔薇色の髪と金色の瞳が美しい少女だった。
「ありがとう、イリス。そんなにかしこまらなくていいよ。普通に話してくれた方が嬉しいな」
明らかに緊張しているイリスに、エーギルはしゃがんで目線を合わせて勇者スマイルで微笑みかける。
しかしそれは逆効果だったようで、イリスはますます緊張で固まってしまった。
「で、でも……」
「ヨナ、さっきお前は面倒なやつを拾ったって言ってたよな。何があったんだ?」
「ああ……こいつ地下街の奴にしちゃァ、妙に所作も言葉遣いも綺麗だろ」
「確かに。もしかして家出した貴族の子とかかい?」
「そう思うだろ?気になって話を聞いてみたらどうやら王族らしい」
「王族ぅ!?!?!?」
「バカ!!声がでけェ!」
驚きのあまり思わず叫んでしまったクロの頭に、ヨナの容赦ない拳骨が飛ぶ。
「す、すまん……なら、なんであんなところにいたんだ?」
クロはイリスを改めて見た。
髪はぼさぼさで、彼女の赤い外套はかなり着古されていて所々につぎはぎがある。おまけに、シャツやブーツはどう見ても男物だ。
王族どころか、変装して家出した貴族少女にも見えない。
けれど彼女の目には、地下街で見た人々とは違う気高い知性の輝きがあった。
「追放されたんだとさ。10年くらい前だそうだ」
「かなり最近だね。ヨナも知らなかったのかい?」
(エルフの感覚だと最近なのか……)とイリスとクロは思わず顔を見合わせる。
どうやら思っていることは同じらしい、と気づいた二人は無言で頷きあった。
「ああ。俺の情報網に引っ掛からなかったって事は、秘密裏に追放された可能性が高ェ」
「そうか……それにしてもこんな小さな子を追放するなんてひどいな」
「何か事情があったんだろ。どのみち放っておけねェ。せめてルーカスが来るまではここで保護するつもりだ。構わねェか、ギル?」
「もちろん!部屋も余ってるし、一人増えたくらいどうってことないよ」
「おい、イリス。これ食うか?その様子だとろくなもん食えてないだろ」
クロは懐からりんごを取り出した。
当の本人を置いてあれよあれよと話が進んでいく。
予想もしなかった展開にイリスは言葉を失った。
そんな彼女にヨナが声をかける。
「イリス、俺の部屋の隣に使用人用の部屋があるからそこを使え。2階だ」
使用人用の部屋といっても、それなりに整えられた広い部屋だった。浴室もトイレもある。
イリスは部屋を呆然と眺めた。
部屋には生花の香りがほのかに漂っている。
地下街に落ちて久しいイリスにとって、その香りはとても懐かしいものだった。
「私、とんでもないことに巻き込まれてしまったのかしら……」
◇◇◇◇◇◇
翌日。ルーカスが来るまであと1日だ。
ホテルにイリスを一人残しておくわけにもいかず、どうするかヨナ達が話し合っていたところ──。
「王都を観光されるのなら、私が案内しますわ。まずは南にある旧市街区のほうが良いでしょうか?」
イリスはクロをチラリと見た。
今朝の食事でクロの底なしの食欲と華麗なテーブルマナーに驚かされたばかりだ。
「そうだね……王都は久しぶりだし、ガイドをお願いしてもいいんじゃないかな?」
ホテルを出ると、エーギルは青いマントを外した。
光の勇者がすぐそばにいるのに、行き交う人々は誰もエーギルを気に留めない。
「こんなに気づかれなくなるなんて……何か隠蔽スキルや魔術でも使っているのですか?」
イリスは不思議そうにエーギルを眺めた。
イリスは王族の証である金色の瞳を隠すために、瞳の色を変える魔術が施された眼鏡をかけていた。
服と靴も、昨日とは違って清潔できちんとしたものに着替えている。どれもヨナが手配したものだ。
薔薇色の髪もしっかり整えられ、綺麗な三つ編みにしておろしている。
昨日までのみすぼらしい姿とは大違いだ。黙って立っているだけでも華やかで、どこかの商人の娘と言われても違和感がない。
表向きはヨナの知り合いのとある大商人の娘ということにして、イリスに王都を案内してもらうことになっている。
エーギルは外したマントを収納魔法にしまいながら答えた。
「むしろその逆さ。俺は元々存在感が薄いんだ。このマントには人の注目を集める魔術がかけられているんだよ」
「え?マントに?なぜですか?」
「こんなんでも勇者だろ。ある程度目立たねェと何かと不便だし、いいように汚名を被せようとする奴もいるからな」
「汚名だって?そんなやつがいるのか?」
クロは屋台で買ったパンをさっそく頬張りながら尋ねる。
「昔ギルの偽物が悪事を働きまくって、大騒ぎになったことがあったんだよ」
それを聞いてイリスの目がにわかに輝く。
「……もしかして、それは第756幕のブラックプラント事件でしょうか?」
「え!?まさかあの話まで歌になってるの?」
「あれは大事件だったからなァ。歌にならねェ方がおかしいだろ」
「偽物はどうやって見分けたんだ?ドラゴンと戦わせたのか?」
「山盛りの甘味にブラックプラントの実を紛れさせて、ふたりに食べさせたのです」
「ほぉ、ブラックプラントの実?うまいのか?」
「やめとけ、ドラゴン退治にも使われる猛毒だ。偽物はその場で血を吐いて死んだ」
それを聞いたクロはパンを食べる口が止まってしまった。
「光の勇者様は光神の加護で毒が効きませんからね。あの事件以来、王城に招く際は必ず出されるようになったそうです」
「えぇ……偽物を見分けるためにそこまでするか?死ねって言ってるようなものだろ」
「この国じゃ身分のある者を偽るのは極刑だ。あれ以来ギルの偽物は出てねェ」
「ブラックプラントって独特の風味ですごく美味しいんだよ。あれを使ったスイーツが食べてみたいんだけど、猛毒だから誰も作れないんだよね……本当にもったいない」
本当に悔しそうに拳を固めるエーギル。
「お前もお前でどうかと思うがな……」




