第62話:いざ王都観光へ
貴族区は整然として清潔で美しいものの、観光にはあまり向かないエリアだった。
ホテル周辺は東門が近いため、それなりに往来も多く賑わっている。
少し歩いて住宅エリアに入ると、途端に静かになった。
建物よりも生垣や塀が目立ち、どこか排他的で無機質な印象を与える。
「どいつもこいつもでけえ家だな……ここらへんにあるのは全部家なのか」
クロが感心したように見回す。
「ええ。ここからもう少し北のほうへいくと、もっと大きなお屋敷がたくさん見られますよ」
「クロも大きなお屋敷に住みたいかい?」
エーギルのその言葉には、クロが望むならなんでも用意しようという熱意が滲んでいた。
それに気づいているのかいないのか、クロは首を横に振る。
「いや、ほどほどの家で十分だ。いらん」
なんの未練もなく、すっぱりと言い切った。
「ええ?意外だな……大きなベッドに寝転がったり、プールで水浴びとかしたくないの?」
「そういうのはたまにやるからこそ良いんだ。広すぎると移動が面倒だろ」
エーギルは自分の親友が筋金入りの怠け者だということを改めて思い出し、しばらく言葉を失ってしまった。
「……食べ物のためならいくらでも動けるし、歩くのも嫌いではないと言っていたよね。それとは違うのかい?」
「それはそれ、これはこれだ。家では最小限の移動でぐうたらしたい」
「なるほど……奥が深いんだね」
クロのぐうたら理論を真剣に聞くエーギルの横で、ヨナは呆れたようにため息をつく。
「ハァ……お前、そのうち太るぞ?丸くなる前に少しでも運動しろ」
「ドラゴンは太らないぞ……多分な」
「本当かァ?」
「確かに太ったドラゴンは見たことがないな……」
そんな彼らのやりとりに、イリスは苦笑するしかなかった。どこからどう突っ込めばいいのか。
伝説の光の勇者とその従魔、そして亡国のエルフ王族が、こんなしょうもない会話をするとは思わなかった。
イリスはまだ17歳の少女。彼らに多少の幻想を抱いていたことは否定できない。
「そろそろ旧市街区の門に到着しますよ……あら?あの方は……」
イリスが足を止めて駆け寄ったその先には──ロマンスグレーの髪を上品に流し、仕立ての良い紺色のコートを纏った紳士がいた。
陽光を受けて銀縁眼鏡が輝いている。
ちょうどこれから馬車に乗り込もうとしていたところだった。
「おじさま!」
イリスの声に気づいたその紳士は足を止めて、ゆっくりと彼女のほうへ振り返る。
「おお……もしかしてイリスか?久しぶりだな」
彼はラルツィレ支部ギルドマスター、ガブリエル・ドランヴェル。ヨナの上司にあたる人物だ。
「ガブさん!」
「おっガブさん!」
「げっ!?なんでここにお前が……!」
「おお……!よもやこのようなところで光の勇者と再会するとは!」
ガブリエルは嬉しそうに両腕を大きく広げた。
「てか、今おじさまって言ってなかったか?」
クロが首を傾げる。
「ええ、ガブリエル様は私の叔父に当たる方なのです」
「……ってことはガブさんも王族ってことか」
「元、にはなるがね。自ら放棄した身分だ」
そう言ってガブリエルが眼鏡を外すと、灰色の髪と青い瞳が金色へ変わった。先ほどと印象がかなり変わって、ずっと若く見える。
「その目と髪の色は魔術だったのか」
「この金の瞳は王族の証だ。私のこの眼鏡やイリスの赤いフードは余計な面倒を避けるためでね。黙っていたことは許してほしい」
ガブリエルは軽くウィンクしながら眼鏡を掛け直す。
「ヨナ、知っていたのかい?」
「……いや」
ヨナは苦虫を噛み潰したような顔で首を横に振る。
「ちょうどこれからギルドの会合へ行くところだ。一緒にどうかね?」
「ついでに報告書も出していくか。ルーカスを待とうかと思ってたが、ガブリエルがいるなら別だ。早く済ませられるには越したことはねェ」
ギルド本部のギルドマスターに会うには、本来なら事前の約束と紹介状が必要になる。
だが、ラルツィレ支部のギルドマスターであるガブリエルが同行しているなら、話は早い。
そうしてクロ一行は二手に分かれることになった。
ヨナとエーギルはガブリエルとともにギルド本部へ、そしてクロとイリスは引き続き王都観光へ。
「夕方になったらホテルで合流だ」
エーギルは名残惜しそうにクロの背中を見つめながら、馬車に乗り込む。
「うう……俺もクロと一緒に観光したかったよ」
「お前はお前の仕事をしろ」
ガブリエルは推しと一緒に行動できることがよほど嬉しいらしく、上機嫌だ。
「昼は私のおすすめの店で食べないか?その店には最近六ツ星を獲得した新鋭パティシエがいてな……」
それを聞いた途端、エーギルの目が輝く。
変わり身の速さにヨナは呆れた。
「従魔が従魔なら、その主も主……なんだかんだで似たもの同士だよなァ」
◇◇◇◇◇◇
王都の南にある旧市街区にて。
狭い通りにひしめき合うようにして飲食店や屋台が並んでいた。辺りには常に美味しそうな匂いが漂う。
果物や日用品、土産物も売られていて大変な活気だった。
「ここは旅人や商人が最初に通る門に近いのです。働く方々も多く行き交いますから、こうして店がずらりと並んでいるのですわ。特にこの辺りは、歩きながらでも食べられるものが多いのです。座って食べるようなレストランは、横道にたくさんありますわ」
「最高だな!さっそく食べ歩きといくか」
クロの目をまず引いたのは、黄金色に輝く様々な形のパンが積まれたパン屋だった。香ばしいバターの香りが漂っている。
その横には串肉屋、その隣には焼き菓子店、さらに腸詰の店、何かのフライを売っている店……。何かお祭りでもやっているのかと思うくらいの賑わいと種類の多さだ。
「すげえ……くそっ目が忙しいな。さすが王都だ」
どこから攻めるか──悩みに悩んだ末、クロは端から端まで全種類食べてみてから、特に美味しかったものを大盛りでお代わりすることにした。
お金はたっぷり手渡されているし、どの店も値段が手頃なものばかりでたくさん食べられるのが嬉しい。
「これうめえ!ただの丸いパンかと思ってたけど、もしや揚げパンか!?表面はパリパリ、中ははちみつとバターが染み込んでもっちりしていて美味い!」
パン屋で全種類買い込んだクロは、片腕に大きな紙袋を抱えている。
イリスは見ているだけでお腹がいっぱいになりそうだった。
クロはひたすら食べ続けた。
たくさん買っていく上に食べっぷりも良いので、店先ではあれこれとおまけを付けてもらった。おかげで大漁である。
イリスは、そのおまけでもらった果実ジュースを飲んでいる。
「ここまでの店、どれも美味かったな!揚げ物が意外と多いのも驚いたぞ。あと少しで食べ終わっちゃうのか……ん?」
ようやく通りの端まで辿り着く。
その先には、小さな広場があった。
広場には人だかりができていた。
小さな箱型の舞台に張られたクリーム色の幕の上で、色鮮やかな影人形が踊っている。
それを、子供たちが夢中になって見ていた。
ちょうど大きな剣を持った男が、角を生やした巨大な魔族へ立ち向かおうとしている場面だった。
「イリス、あれは何だ?」
「あれは英雄ジークの伝説ですね。200年前、彼が魔王から世界を救ったという話を元にしたものです。とても人気のある演目ですわ」
「ほお……」
「気になるなら、見ていきましょうか?」
──こうして魔王を打ち倒した男は王から讃えられ、英雄となったのでした。
いつの間にかクロは、前方の席で子供たちに混じってすっかり影絵劇に見入っていた。
幕が下りると、周囲の子供たちと一緒に盛大な拍手を送った。
「意外と面白いもんだな!」
劇が終わり、子供達はそろぞろと帰っていく。
何人かはクロの長いしっぽを不思議そうに眺めていた。
クロの視界の片隅に、母親がクロから早く離れるよう子供に注意する姿が映る。
「そういえば王都って全然亜人の住人を見ないな。デリッツダムはいろんな種族がいたのに」
王都ですれ違う獣人やドワーフは見るからに、旅人か遠くから来た商人といった者ばかりだった。亜人の子供は全くと言ってもいいほど見ない。
「ああ……王都はヒューマン至上主義の方が非常に多いですからね。地下街にはたくさんいらっしゃるのですが、地上ではとても珍しいのです」
「ふぅん……」




