第59話:王都アウレリア
城壁の門の前でヨナが、銀色の懐中時計を掲げる。
それはギルドマスターと副ギルドマスターのみが持つのを許される、特注品だった。
何かと出張が多いギルドマスターには、通行許可証としてそれが与えられる。
ギルドマスターには金色の懐中時計、副ギルドマスターには銀色の懐中時計。
そして蓋には各支部ギルドの紋章の刻印があり、ヨナの懐中時計にあるのはラルツィレ支部の紋章だ。
兵士たちはヨナの顔とそれを見て、かしこまった態度で門を開く。
その門の先では、案内人が深々と頭を下げていた。
手続きのために通された待合室も豪華な設えで、身分の高い者として扱われていることが伝わってくる。
入国手続きは想像以上に簡単なものだった。
渡された書類に目を通し、ヨナがそれに署名をするだけだった。
「ほぼ顔パスかよ……」
「ヨナは副ギルドマスターだからねぇ」
クロの背後で、フードを目深にかぶったエーギルが答えた。
エーギルの勇者の証も同じような使い方ができるが、今は目立つことはなるべく避けたかった。
光の勇者がここにいると知られればたちまち大騒ぎになり、彼を一目見ようと人々が押し寄せてくることは想像に難くない。
そのため手続き中、エーギルはできる限り気配を消していた。
それでも、エーギル達が入国したことは間違いなく王宮の誰かに伝わるだろう。
検問を抜けて広がる、王都の整然とした街並み。
遠くに白亜の城がそびえ立つのが見える。
「ここが王都か……!」
白い石畳を踏みしめながら、クロは辺りを見回す。
道ゆく衛兵達の姿で、クロは王都へ来たのだと実感した。
深い紺色の詰め襟に身を包んだその姿は、一目で王都の衛兵だと分かった。
道もこれまでの街や村とは異なっていた。
美しく整備されていて、街灯も規則正しく並んでおり、王威を肌で感じる。
「思ったより静かなのは気のせいか?」
通りは歩く人々よりも馬車の方が少し多い。
小綺麗な建物や、生垣や塀に囲まれた建物ばかりだ。
ここは市街地というより、住宅街の街並みに近いとクロは思った。
「ここは貴族用の門だ。なるべく目立たねェように、一番人が少ねェ東門を選んだ」
東門は貴族の住宅街が近いため、どの門よりも警備が厳重だが、ヨナ達の身分ならすぐ入れる。
「あと他の門だと、旅行者や平民達も使うからその分行列がすごいんだよ」
「なるほど……」
スケールの大きさにクロは思わず息を呑んだ。
「お店が多いのは、ここより南の方へ下った旧市街区なんだけど──早速行ってみるかい?」
「いや、明日でいい」
「え!?食べ歩きとかしたくないの!?」
「食べ歩きは絶対明日する!とにかく今日は疲れた。ベッドが恋しい」
「ははは……クロらしいといえばクロらしいけどね」
クロの食べ歩きに付き合うついでに、王都のスイーツ巡りをするつもりだったエーギルは密かに落胆した。
「俺も宿探しに賛成だ。予定通りなら、ルーカスと荷物が到着するのは明後日だしな」
「予約していた宿に今日から泊まる事はできないのかな?」
「そうだな……とりあえず相談してみるか」
そこは王都でも名高い老舗の高級ホテルだった。
幸い部屋は空いており、今夜から泊まれるよう手配してもらえた。
「ヨナのおかげで、こういう豪華なところにもだんだん慣れてきたな」
ロビーでクロはゆったりとソファに腰掛けながら、ウェルカムドリンクの紅茶を口に運ぶ。
その紅茶は花のように香り高く、一目見て最高級のものだとわかる琥珀色をしていた。
「本当はクロに贅沢を覚えさせちゃいけないって思うんだけどねえ」
お茶菓子のケーキを一瞬で平らげ、焼き菓子に手を伸ばすエーギル。
その横でさりげなくケーキのおかわりが追加される。
ここでも光の勇者の甘党ぶりは有名なようで、皿の上のケーキの種類が増えていた。
「そもそもギルは質素すぎるんだよ。宿代と装備代を除いた一ヶ月の生活費が3000ルクスって狂ってるぞ。俺の一回の酒代にもならねェ」
ヨナはそう言って、細身のグラスを傾けた。彼が何を話そうが、ホテルの選び抜かれた調度品を背にすれば、彼自身の白百合のような美貌と相まって、他愛もない仕草でさえ画になる。
「エーギルってそういうとこあるよな。へへ、俺悪いドラゴンだからどんどん贅沢覚えちゃうぞ」
美しく切り盛られたフルーツを前にどれから食べようか悩みつつ、嬉しそうに尻尾を振るクロ。
「まァ、こういう場所にも慣れとくのは大事だ。謁見もあるしな」
「え!?俺たち謁見するのか!?」
「当たり前だろ!お前、自分が誰の従魔か自覚してるのか?それにラルツィレの時にも言ったぞ」
「ぐぅ……困ったな。面倒くさいぞ。……おっ!この味はプロド産の林檎だな」
プロド村との思わぬ再会に、クロは感動した。
それだけあの村の林檎が高品質ということだ。クロはプロド村を守れたことが誇らしくなった。
「──お待たせいたしました。お部屋のご用意ができましたのでご案内いたします」
クロ一行が通されたのは、スイートルームだった。
ゆったりとした間取りに、品の良い調度品。大窓からは王都の街並みが一望できる。
窓際では、花瓶に生けられた花がしっとりと良い香りを放っていた。
「すげえ部屋だな……部屋がいっぱいあるし、どのベッドもでかいぞ。王都のホテルってみんなこんな感じなのか?」
「光の勇者に、ラルツィレ支部の副ギルドマスターだ。下手な部屋には通せねェだろ」
「広すぎて俺は落ち着かないけどね」
「ふふん!役得だな。俺はこの一番でかいベッドの部屋をもらおう。夕食の時間になったら起こしてくれ」
クロは部屋に置かれたクッションを抱えて寝室に入っていった。
数分もしないうちに聞こえてきたクロのいびきに、ヨナは笑った。
「おいおい……もう寝たのかよ。早すぎるだろ」
「迷いの森で色々あったしねぇ。寝つきが良いのはいいことだよ」
「ああ、そうだな……俺は風呂に入ってくる。お前もゆっくり休めよ」
◇◇◇◇◇◇
日が沈み、空には月が浮かんでいた。
エーギルはこの夕食後の穏やかな時間帯が一番好きだった。
一日の終わりに皆が満たされて、あとは寝るだけの幸福な時間。
クロは入浴中だ。浴室の方から石鹸の清潔な香りがほのかに漂う。
窓に目をやると、遠くに聳え立つ王城の灯りに自然と目がいく。
この王都の中で一番高い建物は王城だけだからなのか、それとも、かすかな胸騒ぎのせいからか。
エーギルが思案に沈んでいると、後ろに誰かが立つ気配がした。
振り返ってみると、そこにはいつもよりラフな格好をしたヨナが立っていた。
彼のトレードマークである深緑色のマントは羽織っていない。
「ギル、ちょっと出てくる」
「どこ行くんだい?」
「飲みだよ、飲み。王都は酒が美味ェからなァ」
その声は少し浮かれていた。
ふだんはルーカスが傍に控えていて、副ギルドマスターという役職もあり行動の制限がとても多い。
そんな彼にとって一人で行動できる機会は、そうそうない。
エーギルは微笑した。
「そう。気をつけてね」
今回の王都行きはエーギルとクロはヨナの護衛で申請されているが、それはあくまでも名目上のもの。
ヨナの冒険者ランクはSランクで、ギルド全体でも上位5本指に入る実力の持ち主だ。
大抵の悪漢や魔物は片手でたやすく返り討ちにしてしまうだろう。
はじめからヨナには護衛などいらないのだ。
「ああ。朝には帰ってくるぜ」
涼やかな笑みを残して、ヨナは夜の街へ向かった。




