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第54話:もふもふの森



 「か、可愛い……!!」


 

 初めて間近で見るオコジョだった。

 その無垢な愛らしさが、クロの心を一瞬で鷲掴みにした。


 動けば逃げてしまうかもしれない。

 あまりにも可愛くて、クロはその場から動けなくなった。


 クロのことをじっと見つめていたオコジョは、やがて喜び狂ったようにクロの足元をぐるぐると走り回り始めた。

 その動きは驚くほど滑らかで、風に乗って滑っているよう。

 妙に動きがすばしっこい。目で追うのがやっとだ。

 

 (野生動物ってみんなこんなに素早いのか……?それとも魔物の類か?)

 

 敵意は全くないようで、クロの足元にまとわりついて離れない。

 ちょっと動いたら踏み潰しそうで怖い。


 オコジョは何もしてこないクロを見て、不思議そうにくりっと首を傾げた。

 二本脚で立ち上がり、クロの方を見上げてちっちっち、と小さく喉を鳴らす。

 ちょこんと下げた短い前脚がなんとも愛らしい。


 (……これは懐かれたのか?)


 目の前の小さな獣と見つめ合うクロ。

 その白くてふわふわでまろやかな毛はいかにも触り心地が良さそうで、抗えない魅力がある。

 

 ──魅惑のもふもふだ。

 クロはもふもふしたものがとにかく大好きだった。

 店先でファーを見かければ、とりあえず触って採点するくらいにもふもふが好きだ。

 このくりくりとした愛らしい顔に、もふもふ生クリームボディ。


 (す、少し触らせてもらうぐらいはいいよな……)


 クロは生唾を飲み込む。

 しゃがみこんで恐る恐る手を伸ばすと、オコジョは流れるように素早い動きでクロの肩の上に飛び乗る。


 「うおっ!」


 オコジョは長い体でクロの首に巻き付くようにして、クロの頬に顔を擦り寄せた。

 

 あたたかく柔らかな毛皮が頬に触れる。

 おどろくほど滑らかな感触に、頬がだらしなく緩んでしまう。


 「うおおお……!!もふもふだぁ……!!」


 クロは思わず感動の声を上げる。

 オコジョをびっくりさせないよう小さな声で。


 「うふふふ!クロは本当にもふもふが好きなんだね。可愛いねえ」


 「オコジョがしゃべった……!その声はまさかエーギルか!?」

 

 「そう俺だよ!よく気づいたね。……無事で本当に良かった」


 ふわふわの体で抱きしめるように擦り寄せながら、オコジョ──エーギルは言った。

 

 「もふもふで最高の姿だな……可愛すぎる。ちょっと吸っていいか?」


 「いいよ!クロが望むならいくらでもどうぞ」

 

 エーギルはするっとクロの手のひらの上へ移動すると、愛らしくコテンと寝転がった。

 無防備に曝け出される、真っ白でもふもふなお腹。

 ふわふわの毛がそよそよと揺れて、本当に触り心地が良さそうだ。


 「すまんな、それじゃ失礼して……」

 早速吸おうとクロが鼻を近づけたところで、低い声が響いた。


 「こんな時でもイチャつきやがって。非常事態なのわかってんのか?」


 霧から現れたのは、緑色の瞳を持つ美しい金狼だった。

 その悠然とした足取りには、王者の風格があった。

 クロの胸元に届くほどの巨体は、狼というにはあまりにも大きい。

 豊かな金毛の下には、しなやかで無駄のない筋肉が息づいていた。

 ともすれば魔物か、あるいは神の御使と見紛うほどの迫力がある。


 神々しいその姿に、クロは思わず息を呑む。


 「まさか……ヨナか……?」


 「ああ俺だ。目が覚めてうろついていたら、こんな姿になっちまってた」

 

 ヨナはフンと鼻を鳴らしながら、不満そうにやや長い尻尾を揺らす。

 その優雅で毛艶の良い尻尾は、ふだんの彼の背中で揺れるポニーテールを思い出させた。


 ぽかんとするクロを横目に、金狼はやれやれと言いたげに悠々と腰を下ろす。

 その動作さえ気品に溢れていた。

 

 金毛は、陽光を浴びた麦穂の海のようにたっぷりと柔らかく揺れている。

 毛の一本一本が黄金そのものでできているかのようだ。

 四肢は靴下を履いたように白い。その対比も相まって、狼のヨナはまさに光り輝くような存在感を放っていた。

 薄暗く湿っぽい森の中にいるのを忘れてしまいそうだ。


 あまりの美しさに、クロは思わず感嘆のため息をこぼした。


 「お前もお前で見事な毛並みだな……ちょっとモフらせてくれないか?」


 「冗談じゃねェ。ギルで我慢しろ」

 金狼は軽く唸る。

 


 結局、クロはエーギルを吸って我慢することにした。


 「なるほど、これは幻覚なんだな」


 「どうしてそう思ったの?」

 

 エーギルはクロの手の上で吸われるがままのへそ天。

 クロの手の暖かさが心地よいらしく、目を細めている。くったりと無抵抗だ。


 「匂いがエーギルのままだ。それなのに、もふもふは本物だ。これはすごい幻覚だぞ」


 クロはオコジョエーギルの毛並みを堪能しつつ、確かめるように頭から尻尾まで触る。

 部位によって毛の柔らかさや密度が異なり、お腹が一番柔らかくて暖かくて触り心地がよかった。

 毛皮の下にはきちんと骨の感触がある。

 小さく愛らしい肉球と爪まであり、クロは少し感動した。

 


 「なんだか恥ずかしいなあ」

 クロに肉球を揉まれながら困ったようにそう言うが、満更でもなさそうだ。


 「正直最高のもふもふだから、ずっとその姿のままでいてほしい……こう、目の上に載せて寝たい」


 「それはちょっと困るかなあ」


 「そういえば、なんで俺だけ人姿なんだろうな?」


 「恐らく元の姿がドラゴンだからだろう。本来とは違う姿を見せる幻なのかもしれねェ」


 ヨナのその言葉を聞いたクロは、試しにドラゴン姿になろうとしたができなかった。


 「なるほど……あっそうだ!エーギルに会ったら頼もうと思っていたことがある」


 「なあに?」


 「腹減った、食いもんくれ」


 「残念ながらそれはできない。この姿では魔法が使えないみたいなんだ……ごめんね」

 オコジョはつぶらな瞳で申し訳なさそうにクロを見上げた。


 「食うためにも俺たちが元の姿に戻って、森から出なきゃならねェ。そういうこった」

 金狼はゆっくりと立ち上がって、霧の向こうを睨む。


 「困ったな……」

 

 


 クロはオコジョをさっと首に巻きつけ、金狼を傍にふたたび歩き出した。

 



 「ひとつだけ聞かせてほしい。どうして俺はクロの襟巻きになるのかな?」

 

 「その白くて小せェ姿だと霧の中で見失っちまうだろうが」


 「せめて元の姿に戻るまで、もふもふを堪能させてくれ」

 


 仕方がないなぁ、そう言ってエーギルはクロの首を柔らかな毛で包んだ。

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