表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
53/58

第52話:その残照は煉獄のごとく


 「──これは、俺の罪だ」



 傾き始めた日を背に、エーギルは山の上で力なく呟く。

 

 その山は、幾重にも積み重なったドラゴンの死骸だった。

 死骸からははらわたが零れ落ち、溢れた血は大河となって大地を這う。

 血の大河は草原を横切ってどこまでも続く。


 透明な夕日が、すべてを赤く染め上げる。

 

 「俺は、全てのドラゴンを屠らなければいけない」

 

 それは自分に言い聞かせるような言葉だった。その声には悲しみと疲労が滲んでいた。



 ──あと何百年繰り返せば、この悪夢から解放されるのだろうか。



 血海の上で、赤く濡れた槍がきらめく。

 エーギルの体は返り血で真っ赤に染まっていた。

 戦いを終えたばかりの体はまだ熱く、その熱で返り血が生臭くにおい立つ。

 槍を握る手に自然と力が籠る。

 



 「──屠らなければいけない?お主は相変わらず真面目だな」

 

 エーギルの前には、懐かしいドラゴンが立っていた。



 「屠らなければいけない、のではなく、屠るのだ」

 

 その灰色の巨大な老竜は、冷然と言い放つ。優しくさえ聞こえる声で。



 「……オルフェグ」

 

 エーギルは懐かしそうにその名を口にして、死骸の山から飛び降りた。

 槍を握る手は緩めていない。



 「誓いを忘れていないようで何よりだ、エーギル」


 オルフェグと呼ばれた老竜は、エーギルを見つめた。

 やがて、ゆっくりと目を細めて穏やかに喉を鳴らした。

 それは、久しく会っていない親友や家族へするような挨拶だった。



 恐ろしく生臭く、それでいて懐かしい光景に、エーギルは胸の奥を鈍く抉られる。

 エーギルはそれが何がであるか、すでに気づいていた。

 それゆえに、言葉にならない感情が込み上げ、喉が震えそうになる。



 燃え盛るような夕焼け空が、青空を侵食しながら広がっていく。


 夕日を背に、老竜はひとりの竜殺しを見据える。


 「───ところでなぜクロを殺さない?あの小僧だけが特別だと?」


 その言葉を聞いた瞬間、陶酔にも似た郷愁が、さっと冷めていくのを感じた。


 オルフェグのその声音には、どこか拗ねたような響きがあった。

 ──我こそが特別なのだがな、と。


 「ああ、君は特別だ。けれども、同じようにクロも特別だ」


 「ほう。ならば、誓いを破り、槍を折るか?」


 「いいや」

 エーギルは即座に否定した。

 


 「この世から(ドラゴン)を絶つ──それが我の願いだ。そして、お前はそれを叶えると我に誓った」


 オルフェグは長い首を高く掲げ、エーギルを睥睨する。


 

 死骸の山を成していたドラゴン達がゆっくりと動き出した。

 屍たちは血の涙を流しながら、尾を引きずるようにしてエーギルを取り囲んでいく。

 その尾が血の大河を掻き乱し、引き裂かれた赤が波のように広がっていく。

 やがて、ちぎれた大河はエーギルを囲む血海へ変わっていく。


 「お前はあの島で我々を皆殺しにした。それなのに、あの小僧は例外だとでも?」

 深い苔色のドラゴンが口を開く。その声は屍のもの。


 「ならば、我らの死は何だったのだ?」

 煉瓦色のドラゴンが憎々しげに唸る。その声は屍のもの。


 「私たちとの約束を忘れてしまったの?」

 血を失いくすんだ青色のドラゴンが今にも泣きそうな声で訴える。その声は屍のもの。


 「それとも、我らのことなどどうでもよいと?」

 茜色のドラゴンが怒りを露わに牙を剥く。その声もまた、屍のものだった。



 エーギルは唇を強く噛み締めた。

 ガルヴ。シエルダ。ドゥーグ。レヴァーン。そして、エルディオ。ヴェスカ。ラグドー。フィレス……。


 

 (忘れるはずがない。みんな、みんな覚えているとも……)

 エーギルの目に深い哀惜の色が浮かぶ。



 「疾く、疾く、疾くあの小僧を殺せ」

 

 「あの幼子は凶星となる」

 

 「手遅れになる前に」

 

 「そしてすべてのドラゴンを屠れ」

 

 「お前だけが世界の希望なのだ」


 

 屍達がエーギルを責めるように唸る中、オルフェグは厳かに口を開いた。


 「──そう。この世に竜ある限り、この世界は滅ぶ運命(さだめ)にある」


 オルフェグの顎から漏れた業火が、エーギルの頬を撫でた。

 血の海が、煉獄へ変わる。


 「そして竜ある限り、俺は生きることも、死ぬことも、許されない──だろう?」

 

 煉獄の中、光の勇者は老竜を見据えて静かに微笑む。

 右手の聖痕が、業火に呼応するようにじくじくと疼いた。


 

 エーギルは、この悪夢が許せなかった。

 どれもエーギルの知る彼らであり、彼らではない。

 エーギルを苦しめるためだけに歪められた、偽物の世界。

 それはエーギルにとって侮辱に等しい行為だった。

 


 

 火花混じりの熱風が、エーギルを煽るように吹きつけた。

 

 「わかっている。……ああ、わかっているとも!」

 

 エーギルは煉獄の只中へ、槍を強く突き立てる。

 次の瞬間、目を灼くような閃光が世界を呑み込んだ。


 

 燃え盛っていた炎が、白霧へ変わっていく。

 エーギルの横顔には、怒りと疲労の色が浮かんでいた。

 聖痕の力で、幻覚を力任せに打ち破ったのだ。


 「……まったく悪夢とはいえ、悪趣味な幻だねギムレット?」


 返事はなかった。

 ただ白い霧の向こうから、くっくっくっと笑い声が聞こえるだけだった。


 エーギルの傍には、ヨナが倒れていた。

 その額には脂汗が滲んでいる。きっと全員が悪夢を見せられているのだろう。


 クロが近くにいないということは、意図的に引き離されたと考えていい。


 「俺はこの森が嫌いだなあ……早くクロを探してこの森から出ないと」

 エーギルはふだん、何かを嫌いだとはっきりと口にすることはない。


 

 エーギルはヨナを抱えて歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ