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第48話:デリッツダムへの帰還


 「やっぱりこれ恥ずかしいな……本当にこれで行くのか?」

 

 「ごめんね、これを運ぶにはこの方法しかないんだ」

 

 「目立っていいだろ?いい宣伝になるぜ」


 

 

 

 


 翌朝、クロ一行はデリッツダムへ帰還した。



 「光の勇者がとんでもねェものを連れて帰ってきたぞぉぉぉおお!!!!」

 ドワーフの野太い声が街に響く。

 それを聞いた人々が何事かと外へ出る。

 

 

 突如現れた上空を覆う巨大な影に、デリッツダムは大騒ぎになった。

 その影を落としていたのは、黒く巨大なドラゴン──クロだった。

 

 黒いドラゴンの背の上で、エーギルの蒼穹色のマントがふわりと翻る。

 エーギルの美しい金色のまなざしが、柔らかな陽光のように地上に注がれる。


 その隣には、ヨナ。

 そして、そのうしろにはラクダを連れたラーミル商団の面々。

 


 「おい……あれ、まさか……あの予言に出てくる黒竜か?」

 

 「あれは光の勇者の従魔らしい。勇者ともなれば、従魔も違うのか……」

 

 「その隣にいるのはヨナ坊じゃねェか?」

 

 「なんでドラゴンにラクダが乗っているんだァ?」

 

 「なんだか夢でも見ているみたいだわ」


 「──それよりもあのドラゴン、目が4つあるぞ。あんなのは見たことがねェ」

 

 「なんて禍々しい……不吉だ」

 

 「光の勇者の従魔だそうだが、本当に大丈夫なのか?」

 


 ざわめきと歓声が一層大きくなる。

 


 「騒ぐなァ!!ただの従魔だ!!!」

 落雷のようなヨナの怒号に、広場が一瞬で静まり返った。

 

 本当によく通る声だ。

 威風凛然とした美貌に、見上げるほどの長身、さらにその声量。ドスが効いた荒っぽいデリッツダム訛り。

 荒っぽい冒険者が多いギルドで一目置かれるのも、この威圧感あってこそだろう。

 

 ルーカスが絶妙なタイミングで飛び降り、クロの着地地点を確保しに動く。

 


 「さすがヨナ。すげえ迫力だな」

 「こういう時のヨナは頼もしいね」

 人々がひしめき合う広場を見下ろしながら、上空でのんびりと交わされるクロとエーギルの会話。


 

 「それよりもよ……それよりも、だ。アレが首からぶら下げているのは、まさか……!」

 酒臭い赤っ鼻のドワーフが目を見開き、震える手で空を指差した。

 その震えは酒のせいか、それとも興奮か、それとも畏れか。


 クロの首からは、赤燐の死骸が吊るされていた。

 遠目から見ても傷が少なく、状態良好であることは明らかだった。

 死してもなお、その赤い鱗は珊瑚のように美しく鮮やかだった。 

 

 それを見た地上のドワーフ職人達がどよめく。

 酒瓶や仕事道具を握ったまま、感嘆の息を漏らして食い入るように見上げた。

 


 「あれを倒したのか?さすが竜殺し……首以外ほとんど無傷じゃねェか」

 

 「あれ一頭で国が買えるぞ……」

 

 商人たちが次々と望遠鏡を取り出し、熱心に覗き込む。


 「ちょっと今から銀行に行ってくる」

 

 「わしもわしも」

 

 思惑はさまざまに、人々は期待と不安を胸に、空を見上げる。


 

 クロはヨナの合図に合わせてゆっくりと高度を下げていく。


 着地したのはギルドに最も近い広場だった。

 広場の入り口には、ルーカスとギルド職員によって立ち入り禁止のバリケードが張られていた。

 

 そこでクロ一行を出迎えたのは、デリッツダム王国行政院参謀長グロッタだった。

 エーギル達へ秘密裏にハリムの捜索依頼を出した依頼人でもある。


 クロの背からぞろぞろと降りてくるラーミル商団の後ろにハリムの姿を見た瞬間、グロッタの目が驚きで見開かれた。


 あえてラーミル商団をラクダごと連れてきたのは、ヨナの策だった。

 ハリムを極力目立たせないようにするための。


 それにグロッタも気づいたのだろう。ひとつ頷いて、豊富な髭の下で笑みを浮かべる。

 「……いやはや、これは予想以上ですな」


 グロッタの見立てでは、一週間以上かかるか、見つからないか、もしくはすでに冷たくなっているか……そのどれかだった。

 魔物や盗賊が多い砂漠では、遺体すら見つからないことも珍しくない。

 今回のハリム捜索依頼は、彼にとって一つの賭けだった。


 「さすがは光の勇者殿。()()()()については、ただちに手配いたしましょう」


 ヨナはフンと鼻を鳴らすと、ラーミル商団一行とハリムを連れてグロッタのもとへ向かった。


 

 クロとエーギルは、最後の一仕事だ。

 

 クロは人姿になり、エーギルと一緒に赤鱗をギルドの解体場へ運び込んでいく。

 赤鱗を運ぶためにあらかじめ手配された、力自慢のギルド職員たちに驚きの目で見送られながら。

 

 「あんなデカブツをたった二人で、鶏でも運ぶような調子で軽々と運んでいっちまった」

 

 「あの黒い男は勇者様の従魔のドラゴンだったのか」

 

 「やっぱり光の勇者はちげえや……二人とも汗ひとつかいてねえ」

 


 赤鱗が熟練のギルド職員達の手によって、手際よく解体されていく。

 その様子をクロはうきうき顔で眺めていた。


 「赤鱗、すげー高く売れるって聞いたぞ。なんでも国一つは買えるらしいな?」


 「ああ……それだけど、俺がドラゴン討伐で得た報酬や素材類は全部王国のものになるんだ」

 

 「な、なんだって…!?」

 

 「そういう契約だからなあ……勇者の証のおかげでお金には困らないけど」

 

 「金持ちなんだかそうでないんだかよくわかんねぇな……あーあ、一回でもいいから金貨の重みを感じてみたかったぜ」

  重いため息をつくクロ。ドラゴンは金銀財宝が大好きなのだ。

 

 「お金はもらえないけど、肉ならもらえるよ」

 

 「それを早く言え!肉は全部俺がもらう!!」

 

 「かわいいねぇ。そう言うと思って、肉は全部レストランに運ぶようヨナが手を回してくれたよ」


 「つまり……?」

 

 「今夜はデリッツダムの最高級レストランで、ドラゴン肉フルコースさ!」

 ──もちろん貸切だよ、とウィンクするエーギル。

 

 「いやったあああ!!!」

 クロは嬉しさのあまりその場で小踊りする。アイマスクの目まで輝いている。


 「今まで砂漠で我慢してた分、今夜はいっぱいお食べ!」

 

 「おう、食うぞ!!っと、その前に昼飯だな。腹減った……」

 今まで上機嫌で揺れていたしっぽが、急に萎びて床にぺたりと落ちた。

 クロは本当にいつも食べ物のことで忙しい。食欲も表情も豊かなドラゴンだ。

 エーギルはそんなクロが微笑ましくて、くすくすと笑った。


 「お昼は『黄金のフライパン亭』を予約してるってルーカスが言ってたよ」

  

 「あのドワーフの夫婦の店か。楽しみだな!」

 先日食べたときミートローフが美味しくて気に入ったので、今日はそれを特に大盛りにしてもらいたいらしい。

 クロは本当にかわいいねぇ、とエーギルの頬が緩む。

 


 ◇◇◇◇◇◇


 時は少し遡って数十分前、ギルドへ赤鱗を引き渡す手続きをしていた時のこと。


 「肉を全部あの有名店に?正直、ヨナにしては甘やかしすぎじゃないかい?」

 そう思ったエーギルが、こっそりヨナに尋ねた。


 ヨナは肩をすくめた。 

 「ほら、ドラゴン様を怒らせちゃあ、おっかねェからなァ」

 

 

 「それに、その方が合理的だからだ。──まず高級店ほど口が固い。アイツの胃袋も舌も満たせるし、俺らも美味ェもんが食える。酒もな。それに材料はこっち持ちだから、店側も困らねェ。……ほら、合理的だろ?」


 「ははは、わかったよ。そういうことにしておこう」


 

 エーギルが頷いたのを見ると、ヨナはレストランへの伝達に向かうルーカスへこう伝えた。

 「店代は王国宛に請求しとけ。もし手続きに勇者の証がいるなら後でギルに言え」



 「かしこまりました。では、そのように」

 彼の忠実な青髪の執事、ルーカスは微笑んだ。


 

 ──どうやらヨナ様本人もドラゴン肉を楽しみにしているらしい。

 ヨナ様の好物は酒と肉だ。まったく、この美貌でエルフらしからぬ嗜好だ。


 本来ならば、今回の依頼はもっと長引くはずだった。

 それをほとんどクロ様一人で、わずか数日で片付けてしまったようなものだ。

 口には出さないが、ヨナ様はそれを評価しておられるのだろう。

 

 

 たとえば、エーギル様ひとりの手柄として処理すると、報酬も赤鱗の素材も全て王国に押収されてしまう。

 従魔は武器と同じ扱いなので、当然報酬はない。

 

 (それを、ヨナ様自ら動いて処理したということは)

 

 ヨナ様も依頼に関与した形にすれば、報酬は分配される。

 赤鱗の分配についても、勇者の証を掲げればエーギル様の裁量として通る。

 

 つまり、ヨナ様は半ば職権濫用で介入して、クロ様の報酬を確保したということだ。

 また、気に入らない王国の財務大臣レナートへの意趣返しでもあるのだろう。


 ルーカスは内心驚いていた。


 ヨナ様は商人気質で世渡りは上手いが、同時に無関心で規則にも厳しい。

 人の名を覚えることすら、商品や薬草の名前を覚えるのと変わらないと言うほどだ。

 

 彼はエルフらしい合理的な無関心さで境界線を引いている。

 エーギル様以外の事柄にはあまり関心がなく、仕事以外で誰かのために動くことは滅多にない。

 

 そんなヨナ様さえ動かしてしまうとは。

 


 (──相変わらず、あのドラゴンは色々な意味で規格外だ)


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