第46話:変わらないもの
闇が晴れて、闘技場から戻った人姿のクロ。
その背後から勢いよく何かが飛びついた。
「クロ!!!こんなにボロボロになって……!!」
振り向く間もなく、エーギルに強く抱きしめられる。
自分の服がクロの血で汚れることも構わずに。
「っぐぅ……!!急に飛び出すなバカ!痛いぞ!」
先ほどの戦いで負った傷が痛む。
「おう、クロ。無事に戻ってよかったぜ。お疲れさん」
ヨナが声をかける。後ろでハリムがそっと手を上げた。
クロは軽く手を上げて応えた。
「俺のせいでごめんね……俺のために戦ってくれてありがとう」
エーギルはクロの胸に顔を埋めたまま、涙声で言う。
クロがここまで負傷するのは、クロ自身にとっても、エーギルにとっても、これが初めてだった。
クロを大切に思うエーギルにとっては、かなり衝撃的だったに違いない。
「お前と俺の仲だろ?当然のことだ」
その言葉に、エーギルはぱっと顔を上げる。
「クロ……!!デリッツダムに戻ったら、最高の薬を作ってあげるからね。傷があっという間に治るよ!」
「おお、それはとてもよく効きそうだな!ぜひ頼む」
「……いや、それは……まあいいか」
「ドラゴンならば大丈夫だろう。あれは死ぬようなものではない。少なくとも」
妙に歯切れの悪いヨナとハリム。
クロはそんな2人の様子に首を傾げた。
「んー?」
ネヘブは、エーギルを静かに見つめていた。
交わる二つの金色の瞳。
ネヘブのそれは満月のように無機質で冷たく、エーギルのそれは金細工のように華やかで温かい。
「……光の勇者でありながら、かような呪いを身に受けているとは。よほど竜に愛されているのだな」
一拍置き、ため息混じりで続ける。
「かくも深き呪いは見たことがない……その耳飾りはそのためか」
「これは、せめてもの詫びだ。光の勇者よ」
ネヘブが杖を叩く。
溢れる闇の泉から、小さな青く透き通った鉱石が姿を現した。
「呪いそのものは解けぬ。だが、助けにはなるだろう。これで新しい耳飾りを作るとよい」
それは、エーギルの新しいアミュレットの材料となるものだった。
今つけている耳飾りの宝石よりも、遥かに深い青。
まるで海の色と光のゆらめきを、そのまま切り取ったような輝きだった。
一目で質の高さがわかり、エーギルとヨナは思わず息をのむ。
そしてネヘブの背後に、遺跡からの出口と思しき扉が静かに開いた。
扉の先には、暗闇の中で上へと伸びる長い螺旋階段が続いていた。
閉じていく扉の向こうで、ネヘブが仁王立ちのままこちらを見つめていた。
名残惜しそうにも見え、あるいは何の感情も抱いていないようにも見える。
二、三度瞬きすると、その姿はいつの間にか黒い石像へと変わっていた。
クロ一同は息を呑んだ。
「この地下遺跡に来られても、この霊廟への扉はもう二度と開かないのだろうな……」
まもなく閉じる扉を見ながら、ハリムが静かに呟いた。
所々に蝋燭の炎が灯る薄暗い螺旋階段を、先頭からエーギル、クロ、ハリム、ヨナの順に登っていく。
ふいに、ヨナが口を開いた。
「なあ、クロが闇神の生まれ変わりっていうのは本当なのか?」
闘技場での会話は全て聞こえていたらしい。
「俺にもよくわからんが、どうやらそうらしい。困ったな」
クロは軽く肩をすくめる。
「困ったな、じゃねェぞ……!」
ヨナは頭を掻きむしる。
「いいか?光の勇者の従魔がドラゴンで、神。しかも闇神だぞ。世界がひっくり返るレベルだ」
螺旋階段じゅうにヨナの声が反響する。
霊廟ではネヘブがいたため、あの場では聞けずにいたのだろう。
「……事実関係としては、否定しようがないだろうな」
ハリムが苦い声で付け加える。
「神の因子というものはよくわからないが、少なくとも神性を宿しているのは確かだ」
ハリムは片目を閉じて思案する。
クロがネヘブから神の因子を受け取った直後に、彼の魔力がわずかに増加しているのを感じていた。
それとは別に、何かが段階をひとつ上げたような違和感もある。
自分たちとは明確に異なる存在へと、近づいている──そう理解できる感覚だった。
「そんなに大事かぁ?」
クロは眉間に皺を寄せながら首を傾げる。
「大事に決まってんだろ!!」
ヨナは一歩踏み出す。
「闇神なんざ、この世界に戦争をもたらしたルドバキ族の信仰対象──災厄の象徴だぞ。それを従魔にしてる勇者?処刑どころか、国ごと焼かれるぞ」
「あとは、”闇神復活を望む者”の過激派に目をつけられる可能性もあるな。偽経典のとおり、闇神が復活してしまったのだから。……また世界大戦の引き金になってもおかしくない」
神学者であり、ルドバキ族をよく知るハリムの言葉には、重みがあった。
「……それは困るな」
「とりあえず神であることは秘匿すべきだろう。記録にも残すべきではない。知る者は最小限に」
「当然だ。口が滑ったら終わりだぞ」
「あー俺、黙ってるのあまり得意じゃないんだが。あとドラゴン姿になるのもダメなのか?」
「得意じゃないで済む話じゃねェ!!」
「ドラゴン姿そのものは問題ないと思う。幸い、闇神教に関わる資料はほぼ焼失している。」
ハリムは一呼吸おいて続ける。
「加えて、あの大壁画は君が壊した。──よって闇神の外見に関する記録はほとんど無いはずだ。新種か突然変異でやり過ごす、という手もあるだろう」
「壊して良かった!ふう、危なかったぜ」
小さくガッツポーズをとるクロ。
「……できれば壊さないで欲しかったのだがね」
ヨナは顎に手を当てながら、クロを眺めて口を開いた。
「むしろドラゴン姿は隠さないほうがいいかもしれねェな……隠す方がよっぽど怪しい。見せて誤魔化した方が安全だ」
そのやり取りを、エーギルは静かに聞いていた。
「……そんなに難しく考えなくてもいいんじゃないかな
それを聞いた三人が一斉に振り向く。
「皆が知られなければ問題ない──それだけの話だろう?極端な話、俺たちが忘れてしまえばいい」
「軽く言うなよ……死んでも忘れられるか、こんな爆弾」
おそらくこの中で一番記憶力がいいヨナが恨めしそうに言う。
「ごめん。俺が言いたかったのは──とにかくクロが何者であっても、やることは変わらないってことだよ」
エーギルはクロを見る。
「……そうかぁ?」
「そうだとも!クロはずっとぐうたらしたいんだろう?」
クロはこくりと頷く。
「なら、お腹が空いたらご飯を食べる。眠ければ寝る。目の前に敵がいれば、倒す。それだけでいいんだよ」
「つまり、いつも通り全力でぐうたらすればいいってわけだな」
エーギルは微笑んで頷いた。
「うん。何かあったら俺が全力で守るよ。クロも、世界も。」
「さすが俺の主、光の勇者!頼もしいな」
「それに、もし本当にクロが神様になったとしても、きっと優しくて良い神様になれるしね」
「神になるつもりはないぞ?」
「それでもいいよ。クロはクロだからね」
「……お前らなァ」
「僕は合理的だと思う。エーギルの友として、できる限り協力しよう」
そんな彼らを見回して、ヨナは大きくため息をついた。
「──とにかく、この話は口外法度だ。いいな?」
その言葉に全員が頷いた。




